3月29日夜、昭和から令和まで、老若男女を笑わせ続けたコントの天才、志村けんさんが新型コロナウイルスによる肺炎で亡くなりました。日本人が愛したコメディアンの死を読売、毎日、東京の3紙がそれぞれ看板コラムで取り上げています。メルマガ『uttiiの電子版ウォッチ DELUXE』で、ジャーナリストの内田誠さんは、各紙が伝えた逸話を紹介。「忖度」などない子どもたちを虜にした偉大なコメディアンの死を惜しんでいます。
読売、毎日、東京の看板コラムが志村けんさんを追悼
ラインナップ
◆1面トップの見出しから……。
《朝日》…五輪、来年7月23日開幕決定
《読売》…東京五輪来年7月23日
《毎日》…五輪開幕 来年7月23日
《東京》…夜の酒場 入店自粛要請
◆解説面の見出しから……。
《朝日》…「若いから軽症」の先にある危機
《読売》…早期に資金集中投入
《毎日》…森守る理念いずこ
《東京》…現金給付で直接救済を
【プロフィール】
■「変なおじさん」の優しさ■《読売》
■ウイルスは人を区別せず■《毎日》
■名コメディアンの死■《東京》
「変なおじさん」の優しさ
【読売】は「編集手帳」。亡くなった志村けんさんの自著『変なおじさん 完全版』から。志村さんが100歳のお婆さんを突然訪問して誕生日を祝うという企画で、志村さんが「お誕生日おめでとう!」と声を掛けたが返事がない。一計を案じて、コントでやっているお婆さんの声で言い直すと「はいっ!」とカワイイ声が返ってきたのだという。
uttiiの眼
お婆さんは3年後に亡くなり、家族から志村さんの所に「いい思い出ができました」とお礼の手紙が届いたという。凄い話だ。想像だが、100歳のお婆さん、テレビで志村さんのお婆さんの演技を見て面白がっていたのだろう。100歳のお婆さんと志村さん演ずるお婆さんは、話が通じる関係、「仲良し」だったと想像できる。
手帳子はもう1つ、知的障害を持つ詩人くりすあきらさんと志村さんの文通についても触れている。くりすさんの「ありがとう」という言葉について書いた詩が一番好きだといって、口ずさんでいたらしい。最後に手帳子は「国民的コメディアンの「「変なおじさん」は底抜けに優しい人だった」とまとめている。
ウイルスは人を区別せず
【毎日】は「余録」。スペイン風邪では、詩人のアポリネール、画家のエゴン・シーレにクリムト、社会学者のマックス・ヴェーバーも犠牲になった。日本では劇作家の島村抱月が亡くなり、女優の松井須磨子が後追い自殺を遂げた。
志村けんさんは、昭和から平成に掛け、コントの芸で「お茶の間のテレビ」の笑いの頂点を極めた人だとする。これから、映画の初主演、NHK朝ドラ出演で新境地を開こうという矢先のコロナ禍。余録子は「人々が不安を抱えて家にこもる今、家族を一つにする笑いが求められるさなかに奪われたコント王の才である」と悔しがっている。
uttiiの眼
コロナ禍は様々な分野で才能を持つ有名人の命も奪っていく。だが、有名人ではない市井の犠牲者も、唯一の存在として、それぞれの社会的役割を担っていた人たちであり、何らかの意味で家族や社会を支えた人たちだった。有名人の死に打ちひしがれながら、そのことをも想起したいと思う。
名コメディアンの死
【東京】は「筆洗」。同様「七つの子」の替え歌のエピソードから。例の「カラスの勝手でしょ」は、子どもたちの間で流行っていることを演出家の久世光彦さんがいかりや長介さんに伝えたのだという。
筆洗子は志村さんを「笑いに真剣に取り組み、昭和、平成、令和の長きにわたって、日本をくすぐり続けた人だろう」という。「東村山音頭」「ヒゲダンス」「だっふんだ」などのナンセンスさが「それぞれ時代の憂いを束の間吹き飛ばしてくれた」とも。
こんなコントがあった。暗い夜道を歩く志村さんにお化けが忍び寄るが志村さんは気付かない。客席の子どもたちは「志村、うしろ、うしろ」と危機を伝えようとする。筆洗子が「助かってほしかった」というのは、コントのことなのか、それとも新型コロナウイルスのことなのか…。お化けとウイルスが二重写しに見える。最後に、「新型コロナの勝手にカラスが声をあげて泣く」と。
uttiiの眼
替え歌の分析というのも野暮な話だが、「カラスの勝手でしょ」が今もなお爆笑を誘うには深い理由があるような気がする。「カラスはなぜ鳴くのか」という問いに対して、「科学」とか「理論」、「分析」「説明」「教育」「論理」といった枠組みで答えるのが普通だろうが、子供はいい加減そんなやり取りに疲れていて、問いそのものを崩壊させるような応答をした結果が「勝手でしょ」。「そんなこと聞いて何になるの?」「何がしたいの?」ということだろうか。この感覚は、老若男女、今も昔も人々の気持ちを見事に写し取っているように感じる。
【あとがき】
以上、いかがでしたでしょうか。
人にもよるとは思いますが、大人になると急に物分かりがよくなり、「ここは笑うところですよ」というシグナルがあると、笑うようになっていきます。協調性…と言えばそれまでですが、「忖度」でもありますね。しかし、笑ってはみたものの、よく考えると本当に面白いのかどうか分からない。そんなことが大人の社会ではよくあります。
そんな大人と比べると、子供はもっとずっと厳しい。本当に愉快でないと笑ってくれない。その子どもたちを圧倒的な力で引きつけたドリフターズと志村けんさんはやはり偉大な人たちでした。
お笑いは有り難い芸能文化です。思わず吹き出してしまうような笑いで免疫力を上げ、ウイルスとの戦いに、せめて善戦くらいはしたいものです。毎度申し上げていますが…健闘をお祈りします。
image by: Ogiyoshisan / CC BY-SA