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日本と核兵器のベストな距離感。核の傘と核禁止条約の矛盾はこう解決せよ

唯一の被爆国でありながら、3年前に国連が採択した核兵器禁止条約に今なお加盟する姿勢を見せない日本政府。今年の広島・長崎での式典でも同条約に言及することのなかった安倍首相に対する批判が高まりを見せていますが、そもそもなぜ日本政府は核禁条約への不参加を貫いているのでしょうか。米国在住作家の冷泉彰彦さんは今回、自身のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』でその理由を3点指摘するとともに、今後我が国は核とどう向き合うかについて考察しています。

戦後75年に考える「被爆国日本」の本音と建て前

2017年7月7日に国連は核兵器禁止条約(核禁条約)を採択しました。これを受けて、核保有国である米英仏各国は、条約に加盟しない方針を発表、日本も政府もこれ以来、同様の姿勢を取ってきています。

一方で日本は、1960年代から70年代にかけて、佐藤栄作政権が国際社会に働きかけて「核不拡散条約(NPT)」を各国が調印するように尽力、自国も批准することでNPT体制の実現に貢献しました。また日本は、過去長い間ずっと国連の本会議に対して「核兵器廃絶決議案」を提出し続けていますし、非核三原則を国是として堅持していることは、内外に強く主張し続けています。

にもかかわらず、この核禁条約に関しては、これまで日本は「反対」で一貫して来ました。そのために、日本国内ではまるで現在の政府が核廃絶に消極的であるかのような印象が広がり、そうした政府の姿勢を批判する動きも続いています。

例えば、今回の広島、長崎における原爆慰霊式典に参加した安倍総理の演説が「コピペ」であるなどということも含めて、漠然とですが、現在の日本政府、つまり自民党の安倍政権は核廃絶に不熱心だという批判があります。その批判の中核には、核禁条約「不参加」という問題があるようです。では、そもそもどうして日本政府は核禁止条約に反対しているのでしょうか?

日本だけがバカ正直。核の傘と核禁条約は矛盾しない

これまでの政府の言動からは、3つの理由が指摘できます。まず1つ目には、核禁止条約は「現実を無視している」、つまり事実上は相互の核抑止力や核の傘がこの世界の安全を守っているという安全保障の現実を踏まえていないから反対ということのようです。

2点目として、日本は「核保有国と、非保有国の双方が協力して取り組めるものしか参加しない」というのを基本方針にしているそうです。従って、あらゆる核の使用を非合法化して、現在の保有国に廃棄を迫る核禁止条約には参加できないということのようです。

3点目としては、北朝鮮危機のような現在進行形で発生している核拡散問題については、核禁条約はこうした具体的な拡散防止策には役に立たないという理由です。

以上の3つがいわば外交のタテマエであるならば、その奥のホンネの部分には、現在の日本は、核の傘に入っているのだから、報復核攻撃を合法化しておかないと、核の傘は有効にならないというロジックがあると考えられます。

そんなわけで、核禁止条約には入らないというのですが、どうも、この姿勢はバカ正直というもので、そんな論理的整合性に意味があるのかどうか疑わしいように思います。

「大人の国」同士でしか、相互確証破壊は成立しない

というのは、核の傘という問題の意味が変化しているからです。従来の核抑止力というのは、一種の恐怖の均衡として成立していました。例えば、ソ連の指導者は仮の話としてアメリカや欧州に大規模な戦略核攻撃を仕掛ければ、世界征服ができるかもしれないが、その場合に生き残った原潜などから戦略核での報復を受ければ国民の多くが死亡する壊滅的な破壊を受ける、従ってその恐怖により先制攻撃を控えるというのが、そのストーリーです。

そこには、たとえ非民主国であってもソ連の国家指導者は、少なくとも自国民が大量殺害されるような事態は「恐怖」と認識する、つまり他国民はともかく、自国民の生命を守ることには最低限の責任感があるだろうという、暗黙の前提、あるいは暗黙の信頼があったわけです。

ですが、現在の核の脅威はこれとは異なります。例えばアル・カイダ系のテロリストが小型の核兵器を使用してテロを行った場合、その報復としてサウジであるとか、エジプト、アフガンなどの無関係な一般市民に対する核攻撃を示唆するということが抑止力になるかというと、ならないと思います。

テロリストに「核による報復」は通用しない

仮にサウジ出身でアフガンで訓練を行い、エジプトに潜伏していたアルカイダの指導者が関与した核テロで、アメリカで大きな被害が出たとして、サウジ、エジプト、アフガンに対して報復核攻撃を行えば、それこそアルカイダの思う壺だからです。これら各国の反米意識は頂点に達し、これにイスラム各国が同調して世界大戦になり、しかも非人道的という汚名によって米国を追い詰めることが可能になるからです。

北朝鮮も同様です。例えばですが、白昼堂々と在日米軍の基地と日本の人口密集地域に戦略核攻撃を行って大量殺戮を行い、金王朝とその側近だけは地下深い核シェルターもしくは、第三国の原潜などに潜んでいる中で、北朝鮮に対して大規模な報復核攻撃を行って、民間人犠牲を大量に出してしまえば、日本とアメリカは国際社会における政治的な勝利からは遠ざかります。

自国民の犠牲に対する責任感のない利己的な独裁者、仲間の生命も顧みずに混乱の拡大だけを狙うテロリストには、恐怖の均衡という理論は当てはまらないのです。言い方を変えれば、独裁者やテロリストの被害者でしかない、その国の非戦闘員に対する報復を示唆しても抑止力にはならないのです。

日本は、バカ正直者ではなく大人になれ

ということを考えると、21世紀における、核の安全ということを考えたときに、次の点が指摘できます。

まず確認したいのは、核禁条約イコール即時核廃絶ではないということです。つまり5大国に関しては、相互に「自国民の生命を人質に取られれば自制する」だけの文明的な判断力を持っていることを前提に、当面の保有が相互に「恐怖の均衡という安全」を実現している、これは当面残さざるを得ないと考えられます。その一方で、5大国以外の拡散についてはNPTの原点に帰って、強く禁止するということです。

その上で核拡散の防止を補完する意味で、核禁条約を幅広く締結して核の使用を厳しく制限するということは有効と思われます。つまり「5大国以外が持つことを禁止するだけでなく、使うことへの厳しいまでの禁止」を行うことで、核拡散と万が一の使用を抑止するという考え方です。

論理矛盾という指摘はあると思います。ですが、核の使用が違法だと報復ができず、そのために恐怖の均衡が成立しないなどというバカ正直な理論と比べれば、遥かにマシと思うのですが、いかがでしょうか?

image by: Shutterstock.com

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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