MAG2 NEWS MENU

米国と日本は手を取り合って“心中”か。岸田「アメリカ議会演説」の時代錯誤と決定的な誤り

国賓待遇で訪米し、アメリカ連邦議会上下両院合同会議での演説で拍手喝采を浴びた岸田首相。しかしその内容はあまりにも「時代錯誤的」とする指摘も少なくないようです。今回のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』では著者でジャーナリストの高野さんが、その内容を精査するとともに美辞麗句が並べ立てられた演説が「虚しい」理由を考察。さらに首相が演説の中で行った「アメリカへの進言」が誤りでしかない理由を解説しています。

※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:岸田訪米が示した日米首脳の究極の「時代遅れ」/滅びゆくアメリカ帝国への挽歌

プロフィール高野孟たかのはじめ
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。

岸田「究極の時代遅れ」。“ただの大国”に成り下がったアメリカとともに沈む日本

岸田文雄首相は4月11日、米議会で演説し、米国はこれまで「ほぼ独力で国際秩序を維持してきた」が、「日本は国家安保戦略を改定し……かつて米国の地域パートナーであったが今やグローバルなパートナーとなっ」て「米国の最も近い同盟国として……共に大きな責任を担ってい」くことを「ここに誓います」などと述べ、15回以上ものスタンディング・オベーションを浴びた。

拍手喝采を浴びた「岸田演説」を整理する

ここに示されている時代観を、もう少し言葉を補いながら整理すれば、こうである。

● 首相演説全文=官邸HP:米国連邦議会上下両院合同会議における岸田内閣総理大臣演説

▼法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を維持する中心は依然として米国である

▼その国際秩序は、全く異なる価値観を持つ権威主義的な国家による脅威にさらされる一方、米国民の心の内には米国が引き続きそのような中心的な役割を果たし続けるかどうかについて自己疑念が生じている

▼とりわけ日本の近隣では、中国の対外的な姿勢や軍事動向が、日本の平和と安全だけでなく国際社会の平和と安定にとっても、これまでにない最大の戦略的挑戦をもたらしており、また北朝鮮の核・ミサイル脅威、ロシアのウクライナへの不当で残酷な侵略などがあり、今日のウクライナは明日の東アジアかもしれない

▼米国が、たった一人で、国際秩序を守ることを強いられる理由はない。日本は既に、米国と肩を組んで共に立ち上がっている。日本は、第2次世界大戦の荒廃から立ち直った控えめな同盟国から、外の世界に目を向け、強く、コミットした同盟国へと自らを変革してきた。国家安保戦略を改定し、防衛予算をGDPの2%に達するよう増額し、反撃能力を保有すると発表した

▼両国のパートナーシップは2国間にとどまらず、米日韓豪印比による3カ国・4カ国間協力、G7協力、ASEANとの協力など、多層的な地域枠組みが生まれ、「自由で開かれたインド太平洋」の実現を目指している

▼日本は米国の最も近い同盟国であり、私は日本が米国のグローバル・パートナーとして堅固な同盟と不朽の友好をここに誓う……

この記事の著者・高野孟さんのメルマガ

初月無料で読む

岸田「アメリカ頑張れ、日本が支える」という心中宣言

この度の過ぎた美辞麗句の散乱が虚しいのは、すでに冷戦が終わって3分の1世紀が過ぎて、本質論の次元で言えば、もはや「自由民主主義」と「独裁権威主義」とで世界を二分する「陣営」は存在せず、従ってまたその片方の陣営内においても、予め「仮想敵」を設定しそれに立ち向かうため「盟主」とその下に結束する「同盟国」とで「敵対的軍事同盟」を結成するという観念も意味を失ってしまったというのに、今頃になって「米国はまだ頑張って下さい、日本が世界の誰よりも忠実な同盟国として貴方を支えますから」と申し出ているという、そのどうにもならない時代錯誤性にある。

米国民の中に米国のみが国際秩序の守り手として頑張らなければならないのかという「自己疑念」が生じている、と。岸田さん、この演説の中で一番正しいのはこの一文ですよ。冷戦が終わって西側陣営の「盟主」すなわち世界資本主義の先頭に立つ「覇権国」というポジションが消失して、しかしそれでもまだ十分に世界最大の経済力と軍事力を持つ米国は冷戦後の世界の中で果たしてどのように自分の役割を定義して上手に振る舞って行けばいいのか、よく分からない。

これが米国にとって最大の悩みで、例えばバイデン政権の姿勢を見ても、ウクライナに戦争をやれやれとけし掛けておいて途中から支援を止めたり、イスラエルのガザ虐殺を支持するかのことを言いながら余りに酷くなると抑えにかかったり、オロオロしているのは単なるバイデンの優柔不断とかいう話ではなく、米国が世界の中で何をすればいいのか分からなくなっているという表れなのである。

その時に岸田はこの演説で、「いや、悩むことなんかないですよ。冷戦時代と同様に堂々と『盟主』として振る舞ってくれればいいんですよ。今度は日本が脇に付いてとことん支えますから」と言っているのである。

しかしこの進言は間違っており、米国の悩みをますます解決不能に導く危険がある。しかもそのようにしてますます間違って行く米国という老いた駄馬の沓を取って走ろうとするのだから、日本も一緒になって間違えて、手に手を取り合って心中するようなことになりかねない。

この記事の著者・高野孟さんのメルマガ

初月無料で読む

冷戦終了後も「盟主」の座を降りる術を知らないアメリカ

世界はもはや「自由陣営」vs「独裁(旧共産)陣営」に分かれてなどいない。

英紙「フィナンシャル・タイムズ(FT)」の今年1月27日号にギデオン・ラックマンが書いているところでは、実際のグローバルな影響力をめぐるレトリック(説得力)の戦いの軸は「RBIO」vs「多極化」である。

RBIOは《rules-besed international order》の頭文字で、岸田が言う「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序」。米国が呪文のように唱えるこの決まり文句を、英メディアでは「またそれか!」という感じで頭文字で表すことがある。それに対してロシアや中国が好むのは「多極化世界(multipolar world)」だが、インドのジャイシャンカル外相が意図して使う用語は「多国間による法の支配に基づく国際秩序」で、これはその両者に橋を掛けるという同国の独特の立ち位置を表している。なお「多極化世界」論は、FT論説ではそう書かれていないが、露中の専売ではなく、インドのその変化球も含めグローバル・サウスの世界では常識である。

米国や西欧は、RBIOこそ平和と安定の元であり、領土主権と国際法、少数民族や弱小国家の権利、民主主義規範や世界貿易システムの遵守などがそこに含まれる。ところがロシアや中国に言わせればそれは偽善であり、結局、米国がルールとその運用を決定して他国に押し付ける一方、自分が都合が悪い時にはそれを無視する。

ロシアや中国の考えでは、米国のグローバル・パワーとしての衰えは必然的かつ不可避的であり、それに代わって米国だけでなくいくつものパワー中心が作動する多極化した世界が出現する。そこでは、各センターはワシントンの顔色ばかりを窺うのではなく、それぞれ自分のルールを持った諸文明として自立しつつ共存することが認められるだろう。これは、しかし米欧はそれに懐疑的で、ロシアや中国はそれぞれに自分の影響圏を確保しようとしているだけだと見る。

米欧が疑心暗鬼に陥るのも無理はない一面もあるけれども、露中の側もまた疑心暗鬼になる理由がある。例えば、1989年に冷戦が終結し、当然のこととしてゴルバチョフが東側の軍事同盟「ワルシャワ条約機構」を解散した際に、米欧がそれに応じてNATOを解散していれば――そしてそれを旧東欧から旧ソ連の一部であるバルト3国からウクライナにまで東へ東へと加盟国拡大の手を伸ばさなければ――当たり前の話だが、ウクライナ戦争は起きていない。

冷戦が終わったにも関わらず、米国は自ら「盟主」の座を降りる術を知らず、聴衆が一人去り二人去り、ほとんど誰もいなくなったというのに(いや、よく見ると隅の方にまだ日本がいたか!)、まだ演壇で大声を上げ続けているといった風情である。

この記事の著者・高野孟さんのメルマガ

初月無料で読む

「米国となら世界の果てまでも」でアメリカと共倒れする日本

私は、2006年に出版した『滅びゆくアメリカ帝国』(にんげん出版)の終章でこう書いた。

▼米国がパックスアメリカーナを維持しようとすれば、“唯一超大国”である米国を頂点として欧州とアジアを左右に従えたピラミッド型の支配秩序をあくまで追い求めなければならないが、そんな目標は幻想的で、私が繰り返し言ってきたように、米国は「超のつかない、しかし十分に世界最大の経済を持つ、普通の大国の1つ」へと軟着陸を遂げなければ大破綻を避けることが出来ない。

▼しかし、米国が欧州の主導するネットワーク組織論に立つ「多国間協調主義」、国連はじめ国際機関重視の流れに屈するなどということがありうるのか。

▼このような状況で、日本はこれからどうするのか。憲法を改正するか解釈を変えるかして「集団的自衛権」を解禁し、日米安保の枠組みの下、「米国となら世界の果てまでも」出て行こうとするのか。果たしてそれが日本にとって唯一の選択なのか。それは、米国の戦争中毒にどこまでも付き合って、その結果、日本がアジアで居場所を失うだけでなく、結果的には米国の普通の国への軟着陸を遅らせて米国のためにもならない、日米共倒れの道ではないのだろうか……。

これから18年経って、日米両国が依然としてこの難題にまるっきり対応できていないどころか、ますますその問題を見失いつつあることに愕然とするのである。

(メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2024年4月22日号より一部抜粋・文中敬称略。ご興味をお持ちの方はご登録の上お楽しみください。初月無料です)

この記事の著者・高野孟さんのメルマガ

初月無料で読む

高野孟さんの最近の記事

 

初月無料購読ですぐ読める! 4月配信済みバックナンバー

※2024年4月中に初月無料の定期購読手続きを完了すると、4月分のメルマガがすべてすぐに届きます。

  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.648]岸田訪米が示した日米首脳の究極の「時代遅れ」(4/22)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.647]「花粉症」は花粉が原因ではない?(4/15)
  • 【再配信】[高野孟のTHE JOURNAL:Vol.646]民主主義の古くて新しい形──議会の機能不全を救う「ミニ・パブリックス」の挑戦(4/8)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.645]アベノミクス「規制緩和」路線の落とし子としての「機能性表示食品」(4/1)

いますぐ初月無料購読!

<こちらも必読! 月単位で購入できるバックナンバー>

初月無料の定期購読のほか、1ヶ月単位でバックナンバーをご購入いただけます(1ヶ月分:税込880円)。

2024年3月配信分
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.644]裏口からコソコソと出て闇に紛れて消えていくアベノミクス(3/25)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.643]米大統領選/ロバート・ケネディJrという第3の選択は?(3/18)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.642]何を言っているのか分からない自衛隊OBの台湾有事論(3/11)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.641]イラク戦争は米国が嵌った「罠」だったのか/米記者が描くサダム・フセイン側からの開戦の内幕(3/4)

2024年3月のバックナンバーを購入する

2024年2月配信分
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.640]ロシアのウクライナ侵攻から2年/泥沼の戦争に出口はあるのにどうして気がつかないのか?(2/26)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.639]「食料自給率」で迷走する農水省(2/19)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.638]米国の検察は自国の大統領に何ということを言うのか?(2/12)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.637]なぜこんなところに米軍が駐在していたのか(2/5)

2024年2月のバックナンバーを購入する

2024年1月配信分
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.636]ジャーナリストになりたい君へ《その1》(1/29)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.635]日本の「下からの民主主義」の原点としての中江兆民(1/22)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.634]イアン・ブレマーの「今年の10大リスク」を読む(1/15)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.633]今年は「選挙の年」、世界各国で次々に大統領選や総選挙(1/8)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.632]明けましておめでとうございます!(1/1)

2024年1月のバックナンバーを購入する

image by: 首相官邸

高野孟この著者の記事一覧

早稲田大学文学部卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。現在は半農半ジャーナリストとしてとして活動中。メルマガを読めば日本の置かれている立場が一目瞭然、今なすべきことが見えてくる。

有料メルマガ好評配信中

  初月無料お試し登録はこちらから  

この記事が気に入ったら登録!しよう 『 高野孟のTHE JOURNAL 』

【著者】 高野孟 【月額】 初月無料!月額880円(税込) 【発行周期】 毎週月曜日

print

シェアランキング

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MAG2 NEWSの最新情報をお届け