日本人サラリーマンの給料が「安すぎる」という問題はことあるごとに話題となっていますが、その根本原因は一体何でしょうか? メルマガ『ブラック企業アナリスト 新田 龍のブラック事件簿』の著者で働き方改革コンサルタントの新田龍さんは、日本人の正社員の給料が安すぎる原因は単純ではなく、複雑な事情が絡み合った結果であるとして、その理由を詳しく丁寧に解説しています。
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日本人の「給料安すぎ問題」について
「東洋経済オンライン」で公開された、デービッド・アトキンソン氏による記事の影響で、「日本人の給料安すぎ問題」が話題になっていたようだ。
記事の概要としては、
- 労働者を雇う会社側の力が強くなりすぎ、労働者が「安く買い叩かれる」状態(モノプソニー)にあることが、問題の原因
- それによって、小規模で先端技術も活用できないような会社が生き延び、結果的に輸出も伸びず、全体的な生産性も低下する
- そうならないための方策として、「小規模事業者の統廃合」「中堅企業の育成」「最低賃金の引き上げ」が有効
という考え方である。
氏の意見には大いに賛成だ。ただし、日本において長年給料が上がらない原因については、上記以外にも多くの要素が複雑に絡み合っている。私自身、給料が低く抑えられ、従業員が使い潰されるようなブラック企業に勤め、かつ長きにわたって関わりを持ってきたため、個人的に思い当たる要素がいろいろある。更に原因を追記していこう。
(1)高い社会保険料率
会社勤めをしている人であればご存知の通り、毎月の給料から「健康保険」「厚生年金保険」「介護保険」「雇用保険」にかかる社会保険料が天引きされているはずだ。
厚生年金保険料率は18.3%、健康保険料率と介護保険料率は都道府県毎で異なるが、健康保険料率は概ね10%前後、介護保険料率は概ね1.5%前後だ。
消費税なら1%上がるだけでも大きく報道されるが、こちらの社会保険料率は労使合わせて30%以上で、しかも毎年静かに上がり続けてきた。天引きされる金額だけでも負担が大きいことはもちろんだが、給料を上げるとそれに比例して企業側の負担分も増してしまうため、昇給を躊躇する要因となる。しかも、企業が保険料の半分を負担していることについて従業員からまったく感謝されない点も、経営者にとっては忌々しいところだろう。
また保険制度自体の設計から、生産活動の中心となる現役世代を直撃する負担であるところも経済へのネガティブインパクトが大きい。個人的には、すべての世代に均等に負荷を求める消費税の割合をより増やし、こちらの社会保険料率を低下させるなどのバランス確保を期待したいところである。
(2)一度給与を上げたら下げにくい、日本的雇用慣行
本来、業績が芳しくない従業員の給与を下げることは企業の人事権として当然のことであるはずだ。しかし日本においては「年功序列で給与が上がっていく」という前提で雇用され、賞与や社会保険料、退職金等は基本給をベースに決まるため、賃下げに対して労働者や組合は猛反発する。また労基法でも賃下げは「不利益変更」扱いとなるため、よほど根回しをしっかりとおこない、丁寧に説明しないことには簡単に下げられないのだ。
給与が機動的に下げられない以上、給与アップにも慎重になってしまう、という悪循環が起きてしまうわけである。
(3)株主重視の姿勢
企業が生み出した利益は、給与など人件費に投資するよりも、株主への配当原資や設備投資など「成長資金」という名目にするほうが株主からのウケがよいという事情もある。
(4)厳しい解雇規制&金銭解決困難な仕組み
たとえばアメリカの場合、社員は日本と同じ無期雇用でありながら、「At willの原則」があるため、成果を出せなかったり、素行が悪かったりする従業員を企業は自由にクビにできる。一方で日本は解雇について大変厳しく、「人員整理の必要性」「解雇回避努力義務の履行」「被解雇者選定の合理性」「手続の妥当性」という4つの要件を満たし、「客観的に合理的」と認められない限り実質的に解雇不可である。
正社員の解雇が難しいとなると、リスクヘッジのため高い給料は払えない。またクビにできないからこそ「間違いない人材だけを厳選して採用したい」となるため正社員の採用ハードルも上がる。そして再就職が難しければ、たとえ薄給のブラック企業でもクビにならないようしがみつこうと努力してしまう。すべてが悪循環になってしまうのだ。結果的に、クビにしやすく、給料も安くて済む非正規へと雇用が流れてしまうのである。
また、解雇を金銭的に解決(一定のお金を払うことで円満解雇に至ること)ができればまだ話が早いのだが、現行の法律ではそれも不可能である。日本の労働法においては、解雇の金銭解決制度がないため、裁判では「解雇が無効である」と主張して会社と争うことになる。そのうえで仮に解雇が無効になったのであれば、問題社員との雇用契約はずっと残っていたことになり、会社は解雇してから、解雇無効の判決が出るまでのすべての賃金を払い、しかも問題社員は会社に職場復帰(復職)することになってしまうのである。
実際の裁判では最終的に金銭で和解をするケースが多いのだが、一旦「会社への復職を求めるフリ」をしないと和解金額が大幅に下がってしまうため、本音ではその気が全くなくとも、復職を希望しないといけないという茶番劇が必要なのだ。
これではお互いにお金も時間もムダになってしまう。なんとか前向きな円満解決を促す制度ができてほしいところだ。
(5)高収益ビジネスを創出できない、経営者の能力不足
これはもう単純なお話で、儲からないから給与アップできない、ということだ。
付加価値が高く、世界中からニーズを獲得する魅力的な製品、サービスを生み出し、適正な利潤を得られれば、充分な給料が支払えるはずである。
このように、給料が上がらない要因は多数あり、制度面の不具合については私自身も国に働きかけて続けてはいる。一方、各企業で打てる手立てもあるため、ぜひできるところから着手していきたいものである。取り急ぎ当社においても、付加価値の高い事業を運営し、関係する皆さまには高い報酬をお支払いできるよう尽力する所存である。
※本記事はメルマガ『ブラック企業アナリスト 新田 龍のブラック事件簿』の2020年6月26日号に掲載されたものの一部です。2021年1月中のお試し購読スタートで、1月分の全コンテンツを無料(0円)でお読みいただけます。
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