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日本のアパレルを薄利多売から脱却させる「一点モノ」の潜在能力

大量生産と薄利多売のビジネスモデルにより苦しい状況が続く日本のアパレル業界。その打開策を探りさまざまな提案を続けるファッションビジネスコンサルタントの坂口昌章さんは、今回のメルマガ『j-fashion journal』で、「デジタル時代のオート・クチュール(高級注文服)」として、服を一点モノのアートと捉えて展開するビジネルモデルを提示。安く売ることばかり考えず、いかに高く売るかを考えた先に、コレクター向けなど、オークションを利用する可能性にも言及しています。

デジタル時代のオート・クチュール

1.オート・クチュールはアート!

オート・クチュールは「高級注文服」と訳される。オートは高級という意味で、クチュールは仕立て品、縫製品という意味だが、そのルーツはフランス貴族のお抱え仕立て師である。フランス革命で貴族階級が消滅し、仕立て師は貴族の屋敷から町に出て、当時の富裕層であるブルジョアジーのための服を作るようになった。その店をメゾンと呼び、店主をクチュリエと呼ぶ。クチュリエは仕立て工房の親方であり、デザイナーであり、経営者でもある。

オート・クチュールの特徴は以下の通りである。

  1. 完全なオリジナルであること。既に存在するプロトタイプから作るのではなく、ゼロから創造する。
  2. 専属デザイナーの創作であること。複数のデザイナーではなく、一人のデザイナーがコレクション全てを統括する。一人の目でチェックすることにより、ブランドの統一したイメージが作られる。
  3. 複製は作らない。オート・クチュールはあくまで一点ものである。
  4. 日本で言えば、伝統工芸のような高度な手仕事により作られること。イブニングドレスが中心であり、ミシン縫いは全体の1割程度で、ほとんどが手縫いだった。
  5. 顧客の体型を再現したボディを作り、それを土台にドレーピングしていた。また、帽子を作るために顧客の頭型も用意されていた。
  6. 何度も仮縫いを繰り返して製作する。トワルの半身から始まって、トワル両身、実際の生地での仮縫いを何度も行っていた。多い場合は10回以上も仮縫いすることがあったという。

このように、オート・クチュールは世界一点だけの完全に顧客に合った服をつくり出す。服によるアートと言ってもいいだろう。

2.服をアートに例えると?

服をアートに例えると、オート・クチュールはタブロー(キャンバスに描かれた油絵)である。時間を掛け、手間を惜しまず、妥協することなく一枚だけの最高の作品を作り上げるのである。

オート・クチュールの技術を生かし、量産したものをプレタポルテという。高級既製服と訳されるが、通常のレディメイド、既製服とは全く異なる。オート・クチュールのように、専属デザイナーがデザインし、オート・クチュールの技術が生かされた複製芸術である。オート・クチュールが油絵だとすれば、プレタポルテは版画である。量産されるが、芸術的な価値が残っている服だ。

一般の既製服は大量生産された印刷物に等しい。そこに芸術的な価値はなく、実用品である。もちろん、印刷物にも美術印刷から簡便なチラシのような印刷物もある。既製服にも同様の違いがあるが、芸術品とは言えないものだ。

残念ながら、日本のファッション業界は、モードの芸術的価値よりも、ブランドの売上規模や利益に興味が強いようだ。芸術品と印刷物を区別せずに、売上という数字で評価してしまう。アートに原価率や利益率という言葉は似合わない。というか、関係ないものだ。しかし、芸術は難解であり、それを評価する評論家がいなければ、一般の人に価値を判断することはできない。ファッションも同様である。

ファッションをアートとして評価するには、プロの評論家が必要なのだ。評論家が存在しない都市でコレクションを発表しても、そのブランドの価値が高まることはない。東京がコレクションの舞台として認知されず、日本人デザイナーがパリを目指すのも、プロの評論家によるブランドの格付けにある。

3.アートの価格戦略と商品企画

服をアートとして考えることは、大量生産と薄利多売ビジネスからの脱却につながるのではないか。これまでの価格戦略は、原価から積み上げて小売価格を設定するか、市場価格の相場から素材や工賃を決めるか、という二択だった。油絵の価格を絵具とキャンバスから積み上げることはないと思うだろうが、実際には原価から積み上げる安売りの絵画もある。ビジネスホテルの客室に飾られている抽象絵画は、中国で大量生産されていることが多い。手間をかけずに、それらしく見えるアクリル絵画を量産しているのだ。

最早、アパレル市場も偽物を大量生産している状況かもしれないが、日本国内でビジネスを行うならば、アートとしての製品を考えるべきではないか。例えば、時計や自動車で考えてみよう。日本のメーカーは最初から量産品を生産していたので、ブランド価値が低い。しかし、オート・クチュールのような一点ものを作ることでブランド価値が上がるかもしれない。

たとえば自動車メーカーが特別な工房を作り、一点もののコレクションを発表する。一人のデザイナーが、車全体のデザインを統括し、細部まで妥協を許さないモノ作りを行う。それを半年に1台ずつ発表することができれば、コレクションとして発表する。価格は最低一億からのオークションを行うのはどうか。売れなければ、自動車メーカーのコレクションとして保管しておく。

その一台がオートクチュールで、その技術を生かしたプレタポルテも作る。これも完全受注生産で数量限定とする。こちらは、通常の車の5~10倍程度の価格に設定する。その下に、高級車の量産品が展開されるということだ。そして、量産品にもブランド価値が付加されるのである。

4.アート服のビジネスを考えよう

服でもこういう考え方はできないだろうか。最初から量産品を作るのではなく、一点もの、少量生産、量産の三段階を考える。ファッション専門学校の卒業製作やデザインコンテストに登場する服は、実用には適さない一点ものである。こうした服をアートとして販売、あるいはレンタルすることはできないだろうか。

例えば、服を「人間が着られる柔らかい彫刻」と定義する。そうなれば、鎧のような金属製の服から、小林幸子の舞台装置のような衣装、コスプレに近い衣装まで、幅が広がる。金属、皮革、プラスチック、シリコン、和紙、ゴム、石など、様々な素材を駆使した着られる彫刻である。この彫刻をボディに着せて、現代絵画や彫刻のようにビルの入口に並べる。あるいは、高級ホテルのエレベーター口の横に配置する。建築の一つの要素としての服である。

あるいは、収集対象としてのコレクションを想定した服はどうだろう。一部のロリータファッションはコレクション用に購入されているらしい。この場合、例えば、人形が着るようなミニチュアでも良いのかもしれない。

服がアートとして成立するか否かは、リセールの価格で決まるだろう。例えば、プレミアがついて、最初の価格より高く流通するようになれば、アート投資の対象になる。海外生産で安く作って安く売ることばかりを考えずに、いかに高く売るかを考えることが必要だと思う。ファッションが再びアート価値を持てば、新たなファッションビジネスが生れるに違いない。

編集後記「締めの都々逸」

「オート・クチュール 見たことないが 何やらきれいで ありがたい」

現代社会って、一点モノを作ることはほとんどないですよね。必ず複製品を大量に作る。しかも、再現性を求めるんです。大量に作らないと、流通に乗らない。しかし、ネット社会ならば、一点モノでもいいですよね。できれば、最低価格を決めてオークションを行う。落札者がいなければ、売らなければいいのです。

そういえば、東京コレクションのスポンサーって楽天ですよね。楽天オークションでコレクションの一点ものを販売すれば面白いのにね。高値で落札されれば、それもニュースになるし。そもそも、プロの評論家がいない東京コレクションでブランド価値が出るとしたらオークションしかないんじゃないかな。(坂口昌章)

image by:Alena Vezza / Shutterstock.com

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