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人民より軍優先。金正日が土地に適さぬ窒素肥料を支援要求した裏事情

1990年代以降、毎年のように食糧危機が伝えられる北朝鮮ですが、「金王朝」にとって優先すべきは国民の命ではなく、あくまで軍事力のようです。今回のメルマガ『宮塚利雄の朝鮮半島ゼミ「中朝国境から朝鮮半島を管見する!」』では北朝鮮研究の第一人者であり、北の「農業と食糧」問題を40年以上に渡り追跡してきたという宮塚利雄さんが、金正日前総書記が韓国からの人道支援物資に、自国の土地に適さない窒素肥料を求めた理由を暴露。さらに、一部の政府関係者を除いては知らないという、日本から北へのコメ支援に関する「ある事実」をリークしています。

金正日が土壌に適さない窒素肥料支援を求めたワケ

北朝鮮は、今「モネギチョントゥ(田植え戦闘)」の真っ最中である。例年ならこの田植え戦闘に国中あげて田植え作業に励んでいる様子を伝えるのだが、今年はいつもと違ってこの田植え戦闘のニュースが伝わってこない。

購読している朝鮮新報の最新号にもこの田植え作業の様子が出ていない(見落とすはずはない)。延辺朝鮮族自治州にいる定点観測者に聞いても「今は国境沿いに行くこともできない。以前なら北朝鮮がよく見える丘の上から田植え風景をよく見たんだがね、ただ、昨年あたりからマスクして田植え作業をしているようだよ」とのこと。

韓国にいる知り合いの北朝鮮農業専門家に聞いてみても、「このコロナ禍の影響で、中朝国境の厳格な防疫体制によって物流が途絶えていたので、中国から肥料や農業資材などが入ってきたのが4月に入ってからだと言われているので、田植えも遅れているのではないか、ともかく互いに情報交換を密にしよう」と電話を切った。

私は北朝鮮問題でも特に「農業と食糧」問題を40年以上にわたって追跡してきたが、今年は例年以上に増して厳しい田植え戦闘が繰り広げられていることだろう。

稲作の生産においては「種・土壌・肥料」の3大要素に、自然条件(気象)が大きく作用する。北朝鮮は戦前、日本の朝鮮窒素肥料株式会社が肥料生産などの一大化学コンビナートを形成し、世界各国に輸出していたが、金日成の統治下に入ってからは、この一大企業群での肥料生産が激減し、金正日の時代には本来ならば敵国であるはずの韓国から、人道的な支援ということで肥料を何十万トンも支援してもらうまでになった。

北朝鮮はそのときに「窒素・リン酸・加里」肥料の中でも特に窒素肥料の支援を求めたと、ある脱北者から聞いたことがある。彼によれば、北朝鮮の土壌に適した加里肥料が最も必要であったのだが、金正日は窒素肥料=爆薬の原料ということで、窒素肥料の優先支援を求めたとのこと。また、農村出身者の若者が軍隊に入隊し、軍事演習などで爆薬をふんだんに使っている現場に遭遇したとき、「この爆薬を作るくらいなら、我が農村に肥料として配給してくれたらどんなにか生産が上がることだろう」、と述懐している脱北者の手記を見たときに、私が聞き書きした脱北者の話を実感した。

良好な土壌を造成するには、その土壌に適した肥料を散布し、土壌と気候に適した作物の種を播種(はしゅ)することである。しかし、北朝鮮の金王朝は戦前、日本の農業専門家と篤(とく)農家などが改良・発明した種籾(たねもみ)類をそのまま改良することもなく長年にわたり使い続けてきた。生産性が激減したにもかかわらず、種籾などの新たな品種の開発は、決して進んでいるとは思えない。よく言われるように、新品種の開発には10年以上もかかるとされる。しかし、北朝鮮の農業研究では、このような地道な作業を天職として真っ向から取り組んでいる農業学者は少ない。

今から30年近く前の話であるが、北朝鮮から日本に「農業研修団」という名目で、農業問題の専門家たちが来たことがある。彼らは青森県のある農業試験場で「我が国の東海岸部の稲作地帯では、日本でいう“やませ”の被害が大きいです。当試験場はこの冷害に強い“藤坂5号”を発明したと聞いております。ぜひ、その種籾を寄贈願えないでしょうか?」と聞いてきたので、試験場では「種籾も一種の武器類にあたります。国と相談しなければなりませんが、たぶんダメでしょう」と、種籾の供与を断ったことがあった。

私はこの研修団がこの試験場を訪れた1か月後に行って、試験場の場長などからこの一行の視察動向などを聞いたことがある。どうやら、彼らは当然のごとく種籾を供与してくれるものと思っていたらしく、拒否されたときには、気まずい雰囲気だったとのこと。

後に私が日本中を講演で回るようになったとき、種苗で有名な“Tイ種苗”の社長さんからだったか、「いやあ、先生、あの国に大量の種苗を寄贈したんだが、ありがとうの一言もなかったです」と言われたことある。

「米は共産主義」「米櫃に米が足りてこそ共産主義革命は達成する」「農業第1主義」などと喧伝してきたが、金王朝がまともに農業問題に対処してきたとは思えない。

最後に日本人はもとより、日本政府関係者も一部の者を除いては知らない事実を一言。日本政府は平成7(1995)年6月、10月に計35万トンの有償コメ支援を実施し、最初の10年間はコメ代金の利息分のみを支払い、その後、20年間で元利返済すると契約した。しかし、北朝鮮は翌1996年に8,400万円を支払ったのみで、それ以降は毎年約1億1,000万円の利息分が未払いとなっており、その利息にかかる延滞利息を加算した結果、滞納総額は2001年8月末までに5億9,000万円に達した、と東京新聞は伝えている。

食糧庁は、北朝鮮の支払い窓口である国際貿易促進委員会に対し、これまで毎月1回、計53回の督促状を出しているが、返答はないとのこと。日本の北朝鮮への米の支援は1996年以降は国連世界食糧計画(国連WFP)を経由して行われているが、このWFPの事務所も今年3月には平壌を引き払ってしまった。北朝鮮はこれからどこから食糧支援を受けるというのか。

アジアプレスに「北朝鮮内部からの報告──<北朝鮮内部>全国一斉に『堆肥戦闘』に突入 金正恩氏の号令に幹部ピリピリ 人糞泥棒まで出現」(2021年1月28日)とあった。さらに、同アジアプレスは「<北朝鮮>文大統領を『アホ』『口に糞を注ぎたい』と激しく罵倒 入手文書に明記 住民に増悪を教育」(2020年8月17日)と、人糞に例えて文在寅大統領を非難しているようだが、私も「空にはミサイル弾を、田んぼには糞尿弾を」という言葉をよく使っている。北朝鮮の今年の食糧難は、誰もがお見通しのことと思う。(宮塚コリア研究所代表 宮塚利雄)

image by: Astrelok / Shutterstock.com

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元山梨学院大学教授の宮塚利雄が、甲府に立ち上げた宮塚コリア研究所から送るメールマガジンです。北朝鮮情勢を中心にアジア全般を含めた情勢分析を独特の切り口で披露します。また朝鮮半島と日本の関わりや話題についてもゼミ、そして雑感もふくめ展開していきます。テレビなどのメディアでは決して話せないマル秘情報もお届けします。長年の研究対象である焼肉やパチンコだけではなく、ディープな在日朝鮮・韓国社会についての見識や朝鮮総連と民団のイロハなどについても語ります。

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【著者】 宮塚利雄 【月額】 ¥550/月(税込) 初月無料! 【発行周期】 毎月 5日・20日 発行予定

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