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ホンマでっか池田教授が、妻からの「人でなし」呼ばわりを受け入れた理由

コロナ禍により半ば強制的に自炊を始め、料理の楽しさに目覚めた人もいれば、上手くいかずに毎日料理を作ってくれていた親への感謝の気持ちを新たにした人もいるのではないでしょうか。メルマガ『池田清彦のやせ我慢日記』著者でCX系「ホンマでっか!?TV」でもおなじみの池田教授は、定年を機に自分の朝食を作るようになって、原稿書きや虫取りの才能があっても料理を手際よくは作れないと気づいたようです。そして、漫然と出された料理を食べていた過去の自分を思い、奥様から人でなしと言われることにも納得すると、文才を活かして滑らかに綴っています。

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料理を作るのは大変だ

最近、朝飯は自分で作るようになった。結婚するまでは母親が作った料理を食べ、結婚してからは女房が作った料理を食べ、70過ぎまで自分で料理を作ったことはなかった。ところが、定年になった頃から、朝早く起きる必要がなくなって夜更かしになり、生活のリズムが女房とは違ってきた。

女房は私よりはるかに早く起き、私が起きる前に朝飯をすましてしまうことが多い。私は午前9時近くに起きるので、それから私の朝飯を作るのは二度手間になる。かといって、私の分も一緒に作っておくと、私が食べる頃には冷めてしまう。それならば私の分は自分で作ろうと、一念発起して、最近は自分の朝飯は自分で作るようになった。

料理を作って初めて分かったことは、料理を作る才能は、原稿書きや虫採りの才能と全く違うことだ。後者の才能は一つことに集中することができる才能である。私の文章を、思い付きを適当に書いているだけだと思っている人も多いかと思うが(まあ、そうには違いないが)、本一冊書くのも、ショートエッセイを一本書くのも結構集中力がいるのである。

どちらかというと、やさしい文章を書く方が難しい。おおよそのテーマを決めて、起承転結を頭に入れながら、読みやすく、しかもリズムを乱さないように言葉を選ぶのは、結構な集中力を必要とするのである。つづめて言えば、原稿を書くのは面倒くさいのだ。書き始めるときには決心がいる。流れるように読める文章ほど、著者は呻吟しながら書いていることが多いと思う。但し途中で中断することも、長い時間をかけて推敲することもできるので、秒単位の時間に追われることはない。

虫を採るのも集中力を必要とするが、私の一番好きな昆虫であるネキダリス(ホソコバネカミキリの仲間)は飛んでいるところを採ることが多いので、間合いを測りながら、捕虫網を一振りで、仕留めなければならない。視力と機敏さが必要で、同じ集中力と言っても文章を書く集中力とは、全く種類が異なる。この手の集中力は歳と共に衰えるので、虫採りはだんだん下手になる。一方、呆けない限り、歳をとっても文章は余り下手にならない。

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料理の才能は、いくつかのことに同時に気を配るとともに、時間との戦いをうまく制する能力で、これは女房にはまるでかなわない。私が朝飯を作り始めた頃は、まず目玉焼きを作った。フライパンで作る目玉焼きは、低温でゆっくりと焼かないと、白身が焦げてしまう。白身が焦げないようにゆっくり焼きながら、黄身が半熟ぐらいになった頃が一番食べごろである。

しかし、朝飯と雖も、目玉焼きだけで済ますわけにはいかないので、目玉焼きをお皿にとってから、次に味噌汁を作る。鍋に水と粉末のだし(最近は「本枯節の無加塩だし」というのを使っている)を入れて火にかけて、冷凍しておいたナメコやシイタケ、時には生のニンジンやジャガイモを細かく切って放り込み、煮立ってきたら、庭から採ってきた菜っ葉を入れて、最後に味噌を溶かして、出来上がり、なんてことを悠長にやっていると、さっき作った目玉焼きはすっかり冷え切っている。両方とも温かいうちに食べるには、この二つを同時に作らなければならない。

朝飯を作るだけでもこれだけの知恵と手際が要る、という事は自分で作るまでは分からなかった。女房に作ってもらっていた時は、暖かい味噌汁と、温かい卵焼きと、温かいご飯が同時に出てくるのを不思議とも思わずに、ただ食べていただけだった。女房に人でなしと言われるのも無理はない。

自宅の庭の、猫の額ほどの(本当はもう少し広いよ)家庭菜園で、野菜を作っているので、庭から収穫した野菜を味噌汁に入れることが多い。早春まではコマツナが沢山採れたので、味噌汁の具は大概コマツナだった。今はキンジソウ(金時草)だ。この野菜はとても便利で、茎を切って葉っぱを取って、丸坊主の茎を土に挿しておけば、茎から根と葉が出てきて、いくらでも増える。冬は枯れてしまうが、わらでもかけておけば、完全に枯れることはなく、大抵は次の春になると、芽を出してくる。完全無農薬で手間もかからず、しかもお金も一切かからないという真に素晴らしい野菜である。

味噌は市販のものを使っていたが、今は自家製のものを使っている。大豆を茹でて潰し、冷めたら、大豆と麹と塩を均一に混ぜて団子にする。団子を容器に叩きつけながら詰めて、表面をならしてラップをかけ、ビニール袋に塩を適当に入れて重しとして表面に乗せ、そのまま放置し半年後に出来上がりである。これは私が一人で作るのではなく、女房と共同で作る。というよりも女房に指導してもらいながら作るわけだ。自分で作った味噌は市販のものより美味しい気がするのは、文字通り手前味噌だな。

最近は、卵焼きは目玉焼きにせずにオムレツにすることが多い。卵をかき混ぜて卵液を作り、塩を適当に振って最後に牛乳をこれも適当に入れて、四角い小さなフライパンに油を敷いて過熱して卵液を入れるのだが、温度調整が結構難しい。フライパンに卵液を入れたら箸でぐちゃぐちゃにしてから、フライパンの幅と全く同じ幅のへらで、端から巻いて出来上がりだ。うまくいくと長方形の見事なオムレツができるが、失敗するとバラバラになったり焼きすぎになったりする。最近は少し賢くなって、味噌汁と卵焼きを同時に作れるようになった。最初に比べれば長足の進歩だな。

今はIHが主流になりつつあるが、少し前まではほとんどの家庭ではガスコンロを使っていた。年寄りが火を使うのは危険だという事を、身をもって教えてくれたのは、一刀斎の異名を持つ数学者でエッセイストでもあった森毅で、自宅で卵焼きを作っていた時にガスコンロの火が着物に燃え移って大やけどを負い、これがもとで亡くなった。それで私はガスコンロをIHに換えてしまった。(メルマガ『池田清彦のやせ我慢日記』より一部抜粋)

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image by: Shutterstock.com

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