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読売や産経が猛批判キャンペーン。小泉、細川、鳩山ら元首相5人EUあて書簡を「総攻撃」の怪

小泉純一郎氏や菅直人氏ら5人の首相経験者がEUに宛てた脱原発を訴える書簡が、政府や一部メディアから猛批判を受ける状況となっています。彼らが「袋叩き」に遭わなければならない理由はどこにあるのでしょうか。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では著者で元全国紙社会部記者の新 恭さんが、「脱原発」を風評問題にすり替え批判を展開する岸田政権やマスコミの巧妙さを紹介するとともに、裏に見え隠れする「原子力村」の思惑を考察。その上で、元首相たちの書簡に正面から論戦を挑まぬ原発推進派を強く非難しています。

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元首相5人のEUあて脱原発書簡に批判キャンペーンの怪

小泉純一郎氏ら5人の元首相がEU(欧州連合)欧州委員会に送った書簡をめぐって一部のメディアが批判キャンペーンを繰り広げている。

「脱原発・脱炭素は可能です─EUタクソノミーから原発の除外を」とタイトルがつけられたその書簡は、1月27日付でウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長あてに送られた。

差出人は小泉純一郎、細川護熙、菅直人、鳩山由紀夫、村山富市の各氏。いうまでもなく、5人とも日本の元首相である。

タイトルから分かる通り、「脱原発」を欧州委員会に求める内容だが、読売新聞、産経新聞、夕刊フジなどは、「“原発事故で多くの子どもたちが甲状腺がんに苦しんでいる”とする書簡」と、ごく一部分の記述のみ切り取って問題視している。

EUタクソノミーとは、2050年までにカーボンニュートラル(気候中立)を達成すべしというEUの目標に適う企業活動にお墨付きを与えるための基準で、「グリーン」な投資を促進するねらいがある。

欧州委員会は今年に入り、EUタクソノミーに「原子力や天然ガスを含める方向で検討を開始した」と発表した。再生可能エネルギーを中心とする未来エネルギーへの移行を促進するために、原子力や天然ガスも、担うべき役割があるということらしい。

ヨーロッパ諸国の原発に対する姿勢は二つに分かれる。ドイツ、オーストリア、ルクセンブルクなどが原発廃止をめざす一方、原子力への依存度が高いフランス、フィンランドなどは化石燃料からの脱却に原子力は欠かせないと主張する。欧州委員会の新方針は後者の声に押された形だ。

小泉純一郎氏ら元首相5人の書簡には、以下のように反対意見が綴られている。

福島第一原発の事故は、米国のスリーマイル島、旧ソ連のチェルノブイリに続き、原発が「安全」ではありえないということを、膨大な犠牲の上に証明しました。そして、私たちはこの10年間、福島での未曾有の悲劇と汚染を目の当たりにしてきました。何十万人という人々が故郷を追われ、広大な農地と牧場が汚染されました。貯蔵不可能な量の汚染水は今も増え続け、多くの子供たちが甲状腺がんに苦しみ、莫大な国富が消え去りました。この過ちをヨーロッパの皆さんに繰り返して欲しくありません。原発推進は、気候変動から目を背けるのと同様に、未来の世代の生存と存続を脅かす亡国の政策です。(中略)EUタクソノミーに原発が含められることは、処分不能の放射性廃棄物と不可避な重大事故によって地球環境と人類の生存を脅かす原発を、あたかも「持続可能な社会」を作るもののごとく世界に喧伝するものです。

書簡の主眼が、EUタクソノミーで原発推進を容認することへの反対表明にあるのは、一読すれば明らかである。

ところが、山口壮環境相と福島県の内堀雅雄知事は2月初め、「多くの子供たちが甲状腺がんに苦しみ」という記述のみを問題視し、「現時点では放射線の影響とは考えにくいという評価がされている」などと、元首相5人に抗議文書を送付した。

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この動きにメディアの一部が食いつき、騒ぎ始めた。たとえば2月4日の読売新聞。

小泉純一郎、菅直人氏ら首相経験者5人が、東京電力福島第一原発事故で「多くの子どもたちが甲状腺がんに苦しんでいる」とする書簡を欧州連合(EU)の執行機関・欧州委員会に送った。(中略)西銘復興相は4日の記者会見で「誤った情報を広め、いわれのない差別や偏見につながる。適切でない」と批判。山口環境相は5氏に反論する文書を送り、抗議した。福島県内や自民党からも「誤った情報で風評(被害)が広がる」(高市政調会長)と非難の声が上がっている。

この記事だけを読めば誰しも、元首相5人が甲状腺がんの問題で欧州委員会に何らかの訴えかけをしたと判断するだろう。

産経新聞は2月7日の「主張」で、こう論評した。

首相経験者としてあまりにも軽率である。自らの言動が国際的にどのような影響を与えるのかを真剣に考えるべきだ。(中略)書簡で、東京電力福島第1原発事故の影響について「多くの子供たちが甲状腺がんに苦しんでいる」と誤った記述をしていた。専門家による国連委員会などの報告では、そうした影響は確認されていない。

「あまりにも軽率」。なにをもって、そう言うのか。甲状腺がんへの影響が確認されていないというだけで「誤った記述」と断定できるのだろうか。

原発事故前、福島県内では、年間100万人に1~2人しか甲状腺がんにかかる子供はいなかった。事故当時、8歳以下だった38万人のうち、266人がこの10年余で発症し、222人が甲状腺摘出手術を受けていることを、福島県の県民健康調査委員会が明らかにしている。小児甲状腺がんの発症率が原発事故後にケタ外れにハネ上がっている事実を行政はどう説明するのか。メディアが追及すべきはそこだろう。

しかも、5人の書簡における「多くの子供たちが甲状腺がんに苦しみ」という記述は、重要ではあるがごく一部分にすぎない。それを切り取って血祭りにあげ、あたかも書簡の全てであるかのごとく喧伝するのはいかがなものか。

メディアに煽り立てられるように、自民党の高市政調会長は2月10日、佐藤正久外交部会長とともに岸田文雄首相に会い、「輸入規制を撤廃するために努力を続けてきた方々の努力を踏みにじるものだ」と5人の書簡を非難し、風評の払拭を求める決議を手渡した。

EUに対し「脱原発・脱炭素は可能」と訴えた書簡は、こうして、風評の問題にすり替えられ、脱原発派攻撃のために政治利用されているのだ。そこには、ヨーロッパを起点に盛り上がりつつある原発新設・開発の流れを日本で食いとめたくないという“原子力村”の思惑が見え隠れする。

EUは2030年のCO2排出量を1990年比55%減とする目標を掲げており、稼働中のCO2排出がほとんどない原発を新設・開発する流れがヨーロッパで勢いを増している。英国は大型炉の建設を進め、フランスは国内で原発建設を再開することを決めた。

日本でも、菅義偉首相が20年10月26日、「2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」と宣言したのをきっかけに原発再稼働、新設への動きが顕著になっている。

このほど米マイクロソフトの創業者、ビル・ゲイツ氏が会長を務める原子力開発ベンチャー企業、テラパワー社と米エネルギー省の高速炉開発計画に、独立行政法人・日本原子力研究開発機構(JAEA)や三菱重工業が協力することになったが、そこにも、原発復活をねらう日本政府の意思が読み取れる。

いうまでもなく、原子力発電の最大の矛盾は、いつまでも放射能を出し続ける使用済み核燃料の処分方法が確立されていないことだ。小泉元首相らが脱原発の必要性を説く根拠はここにある。

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この矛盾を解決する手段として、使用済み核燃料を再処理し、プルトニウムを取り出して再び使うというサイクル計画が編み出されたが、かなめとなる高速増殖炉「もんじゅ」の廃炉が事実上、決まったことにより、頓挫した。それでも、巨額の国費を投じて「もんじゅ」の開発を進めてきたJAEAはあきらめなかった。米国で持ち上がった高速炉計画に目をつけ、「もんじゅ」に代わるものとして、飛びついたのだ。

高速炉は空気や水に触れると激しく反応するナトリウムを冷却材に使うため、安全管理がきわめて難しい。開発先進国の英独はすでに撤退、フランスも実証炉の建設にまでこぎつけながら、結局は挫折した。米国も開発を中断した経緯がある。失敗した「もんじゅ」の知見をあてにする米国の新高速炉計画が、海の物とも山の物ともつかぬものであることは、言うまでもない。

元首相5人のEUあて書簡に対する批判キャンペーンは、高速炉への再挑戦が現実味を帯び、原発推進派が色めき立つなかで、繰り広げられた。

残念なことに、いまだに福島県産の農水産物などをめぐる風評被害や、人権問題は絶えていないようである。しかし、それを5人の書簡の内容がさらに助長するとは思えない。5人は、原発事故の怖さを体験した国の元首相として、脱原発の必要性を訴えただけである。

原発に関する高い技術があり、原子力関連産業も多い日本で「脱炭素」のため原発を活用しない手はない、というのが原発推進派の言い分だ。それなら正面切って元首相5人の脱原発書簡に論戦を挑めばよいではないか。

唯一の被爆国でありながら、先頭に立つべき核兵器禁止条約に参加せず、史上最悪の原発事故を起こしながら、性懲りもなく原発復活を画策する。核に対するこの国の政治権力の向き合い方は、なんとも不可解と言うほかない。

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image by: Twitter(@菅直人 衆議院議員(府中・小金井・武蔵野) 立憲民主党

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