MAG2 NEWS MENU

1億の個人商店が生む3億人の雇用。李克強首相が語った中国経済の懸念

3月11日に閉幕した中国の全国人民代表大会(全人代)は、ウクライナ情勢などの影響もあり、日本ではほとんど注目されることがありませんでした。当の中国も焦点は秋の党大会での習主席の3期目就任で、そのためにも「人心の安定」重視の姿勢が明らかだったようです。多くの中国関連書を執筆している拓殖大学教授の富坂聰さんは、自身のメルマガ『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』で、「最後の1年」と意味深な発言をした李克強首相が示した中国経済の懸念に言及。雇用と物価、地方の不動産市況の問題に、中国がどう対応しようとしているか伝えています。

中国問題を中心に精力的な取材活動を行う富坂聰さんのメルマガ詳細はコチラ

 

李克強首相が全人代で示した中国経済への懸念

3月11日に閉幕した全国人民代表大会(全人代)は予想通り秋の党大会への通過点で、焦点のぼやけた大会となった。わずかに注目を集めたのは習近平国家主席が退出の際にとった行動と、李克強首相が内外記者との会見で語った言葉だ。

前者は、退出する習主席がわざわざ夏宝龍中国国務院(中央政府)香港マカオ事務弁公室主任の前で立ち止まり、二言三言話しかけた場面だ。おそらく感染拡大に対応する香港への労いの言葉だろうが、予期せぬ出来事に慌てる夏主任の様子が印象に残った。

後者は、李首相が会見のなかで「最後の1年」と任期に言及したことだ。あまり前例のないことで、習主席との対立が反映された行動だったのでは、との憶測を生んだ。

いずれにせよ大きな話題にはならず、相変わらず全人代に向けられた興味は、直近の経済についてだった。すでにメルマガでも触れているが、中国経済は相対的には良好を保っているが、いくつかの難題も抱えている。

足元の懸念については李首相の政府活動報告のなかで、「感染症による世界的な影響は依然として続き、世界経済の回復力も不足している。主要な商品の価格は高止まりしていて、外部環境はより複雑かつ厳しくなり、不確定にもなっている。(中略)我が国の経済発展は、需要の収縮、供給のダメージ、そして弱気な先行き見通しという三つの圧力にさらされている。局部的な感染症の発生が続いていて、消費と投資の回復には遅れが見られ、輸出の安定化はますます厳しくなっている。エネルギーや原材料の供給も依然として偏り不足し、中小零細企業や個体商の生産及び経営を困難にしている」と語ったとおりだ。

人心の安定を重視する中国共産党が最も気にかけているのが雇用であることは言を俟たない。次いで物価の上昇である。まず雇用に関して、国内のメディアから一部の企業で進むリストラや新規雇用の圧力について質問が出た。

李首相はまず雇用の重要性について「2020年、感染拡大の逆風のなか経済成長の目標値を定めなかった年にも新規雇用900万人の目標を定めた」と語り、なかでも子供の学費などの大きな支出が家計にのしかかる9月までの期間、就業問題が解決していることが重要だとの考えを示した。

また就業問題を広く安定させるためには、中小企業や、さらにその下の零細企業と個人商店などの存在が重要になるとの考え方を示し、「わずか1億の個人商店が3億人の雇用を生み出す」とも語った。

中国問題を中心に精力的な取材活動を行う富坂聰さんのメルマガ詳細はコチラ

 

身近にあった個人商店やレストランがつぶれれば人々は敏感に反応する。先行き不透明な感覚が刺戟されるからで、この気持ちの冷え込みは消費にも水を差す。会見でも中国新聞の記者が「通っていた店が閉店になった」という体験をぶつけているのだが、これは政府がこの問題を気にしていて、首相が発言する機会を必要としていたことを示唆している。

李首相は「われわれはすでに40以上の支援策を打ち出してきた。わずかに減税だけとってもレストラン、カフェ、旅游、交通、文化などの業界に計1800億元が出されている」と説明した。

目下、中国の経済テコ入れ策は、減税と企業の負担軽減という2本柱から成っている。企業の負担には起業コストの削減も含まれ、行政手続きの簡素化がメインディッシュだ。大雑把にいえば、前者は短期的な効果を、後者は長期的な効果を期待した対策だと考えられる。

すでに改革により1000以上の行政許可を取り消したり権限移譲を行ったと李首相は胸を張る。事実、「経営許可の取得に必要な日数は過去には数十日。多くは100日以上も待たされていた。しかしいまでは全国平均で4日間で終わり、最も早い地方なら1日でも出る」というのだ。その結果、「個人商店の数は10年で1億店も増えた」というから効果もあったのだろう。

減税に関しては、新型コロナウイルス感染症への対策をきめ細かな減税で乗り切った経験から、中国の最もよく使うテコ入れ策となっている。企業サイドからも減税が好まれているとして、李首相は企業経営者たちとの会合でのエピソードを披露している。それは景気刺激策として3つの選択肢(大規模投資、消費券の配布、減税)から1つを選ばせるという試みだ。結果、すべての経営者が「減税を選んだ」というのである。減税が効果的なのは、弱っているところに確実に届き、かつ直接的だからだという。

雇用や物価と並んで頭の痛い問題である不動産市況の低迷とそれが地方財政へ与える影響については、地方財政への支援策として言及される場面があった。

中央政府から地方への財政的な支援は対前年比で18%も増加される。財源の心配はないという。コロナ禍にあっても減税の効果として増収があったので、財源の問題には悩みがないのだから、そういう選択になるのだろう。しかし不動産業界が従来の勢いを完全に失えば、地方政府のゾンビ化という新たな問題になるのかもしれない。

中国問題を中心に精力的な取材活動を行う富坂聰さんのメルマガ詳細はコチラ

 

image by:Alexander Khitrov/Shutterstock.com

富坂聰この著者の記事一覧

1964年、愛知県生まれ。拓殖大学海外事情研究所教授。ジャーナリスト。北京大学中文系中退。『週刊ポスト』、『週刊文春』記者を経て独立。1994年、第一回21世紀国際ノンフィクション大賞(現在の小学館ノンフィクション大賞)優秀作を「龍の『伝人』たち」で受賞。著書には「中国の地下経済」「中国人民解放軍の内幕」(ともに文春新書)、「中国マネーの正体」(PHPビジネス新書)、「習近平と中国の終焉」(角川SSC新書)、「間違いだらけの対中国戦略」(新人物往来社)、「中国という大難」(新潮文庫)、「中国の論点」(角川Oneテーマ21)、「トランプVS習近平」(角川書店)、「中国がいつまでたっても崩壊しない7つの理由」や「反中亡国論」(ビジネス社)がある。

有料メルマガ好評配信中

  初月無料お試し登録はこちらから  

この記事が気に入ったら登録!しよう 『 富坂聰の「目からうろこの中国解説」 』

【著者】 富坂聰 【月額】 ¥990/月(税込) 初月無料 【発行周期】 毎週 日曜日

print

シェアランキング

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MAG2 NEWSの最新情報をお届け