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プーチンから日本国民を守るのに「憲法改正」が本当に必要なのか?

ウクライナ侵攻というプーチン大統領の蛮行を受け、にわかに大きくなり始めた改憲を唱える人々の声。憲法改正を党是とする自民党も、その実現に向け動きを活発化させています。このような流れに異を唱えるのは、元全国紙社会部記者の新 恭さん。新さんは自身のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』で今回、人の情や恐怖心に訴え改憲の賛同を得ようとする自民のやり口を批判するとともに、彼らが作成した憲法改正草案の内容を疑問視。さらに改憲で全てが解決するかのような議論を強く非難しています。

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幻想の先に待つ国家の破滅。憲法改正で全てが解決するという妄言

憲法記念日の5月3日。改憲派が憲法改正を叫び、護憲派が改正反対を訴えて、それぞれに集会を開く。毎年、繰り返されてきた風景である。だが、今年は改憲派の熱量がいつにも増して凄まじい。

「ウクライナの問題は即、中国に結びつけて考え、準備しなければわが国の命運はどうなるかわからない」

日本会議系の「美しい日本の憲法をつくる国民の会」が開いた「公開憲法フォーラム」で、共同代表の櫻井よしこ氏はそう呼びかけた。

そして、憲法改正が進まない現状を嘆き、「なぜ専守防衛を引きずるのか。どうやって国を守るのか。日本男児ならもっとがんばれ」と檄を飛ばした。

この集会には自民、日本維新の会、国民民主の各党代表が出席した。「日本男児なら」と“女教祖”に尻を叩かれた国会議員の面々である。

岸田首相はビデオメッセージを寄せた。「憲法改正に向けた機運をこれまで以上に高めていきたい」。昨年の菅前首相のそれをほぼ踏襲する内容ではある。

安倍元首相が憲法9条に自衛隊の存在を明記する条文を加えるようビデオメッセージで主張したのは2017年のこの集会だった。

もちろんハト派の「宏池会」を率いてきた岸田首相からは、安倍元首相のような意気込みは感じられないのだが、昨秋の衆院選後、岸田首相が麻生太郎副総裁に漏らした次のひと言が、改憲積極姿勢への転換をあらわすものと受け止められている。

「後世に名を残すことに取り組みたい」。

安倍元首相も「リベラルな姿勢を持つ岸田政権だからこそ、改憲の可能性は高まった」と、岸田首相をけしかけている。

たしかに、毎日新聞の直近の世論調査では、岸田首相の在任中に憲法改正を行うことについて、「賛成」の回答は44%で、「反対」の31%を大きく上回っている。ちなみに安倍政権下での憲法改正について、2020年4月の調査では「賛成」が36%で、「反対」の46%をかなり下回っていた。

自民党は自衛隊明記や緊急事態条項創設など4項目の改憲案を掲げて夏の参院選にのぞむかまえだ。参院選に勝利すれば、国民の信任を得たとして、憲法改正の議論を進めやすくなる。衆院を解散しない限り、次の参院選までの3年間は国政選挙がないのも、好都合だ。

それにしても、なぜそこまで憲法改正に躍起になるのだろう。いまの日本国憲法では国民を守れないというが、果たしてそうだろうか。

日本国憲法は、第一次世界大戦への反省から生まれた多国間の「不戦条約」がもとになっている。

ヨーロッパを中心としたこの戦争は、国のもてる力をあげて取り組む初めての総力戦だった。戦車、飛行機、毒ガスなどの新兵器が投入され、それまでの戦争とは比較にならぬほど夥しい犠牲が出て、人々の生活に深刻な影響をもたらした。

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人類が心底、戦争に懲りて、もう国際紛争を力づくで解決するのはやめようと誓い合ったのが「不戦条約」だ。

第1条 締約国は、国際紛争解決のために戦争に訴えることを非難し、かつ、その相互の関係において国家政策の手段として戦争を放棄することを、その各々の人民の名において厳粛に宣言する。

 

第2条 締約国は、相互間に発生する紛争又は衝突の処理又は解決を、その性質または原因の如何を問わず、平和的手段以外で求めないことを約束する。

戦争を放棄し、紛争は平和的手段で解決すると定めた内容だ。国際社会共通の了解事項となったこの精神は、国連憲章に受け継がれた。国連憲章第2条4項にこう書かれている。

すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも、慎まなければならない。

国際紛争を解決するために武力を使ったり、武力で脅したり、国連の目的である「世界の平和と安全の維持」に反したりする行為を、やめなければならないと言っているのだ。「refrain」という動詞を国連広報センターは「慎む」と訳しているが、「refrain」には「控える、断つ、やめる、我慢する」の意味がある。

あらためて日本国憲法9条を確認しておこう。

日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

 

2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

「永久にこれを放棄」という強い表現はともかく、9条1項はまさに不戦条約や国連憲章に則った内容といえるだろう。

その目的を達するため保持しないという戦力は、不戦条約、国連憲章の系譜を継ぐ以上、自衛力のことではあるまい。正当な権利を防御するためにやむを得ない場合に限り、自衛のための武力行使は許されるはずなのだ。

ところが、自民党は「自衛隊の違憲論争に終止符を打つため」として、9条への自衛隊明記を主張している。

自衛隊違憲論争がそれほど活発だとは思わないが、たしかに共産党などは自衛隊を違憲としつつ、現実を見て「段階的解消」を唱えている。

だが先述した通り、他国から武力攻撃を受けた場合に備えて最小限度の自衛力を持つのはあたりまえであり、これまで現行憲法でなんら不都合はなかったはずである。いまさら自衛隊を憲法に明記することにどれほどの意味があるのだろうか。

言うまでもなく、参院選に向け自民党が提示している改憲4項目、すなわち自衛隊明記▽緊急事態条項▽参議院の合区解消▽教育環境の充実は、国民の理解を得られやすいところから手をつける「お試し改憲」の色合いが濃い。

違憲呼ばわりされて隊員の子供がかわいそうだから自衛隊を憲法に書き入れるとか、大災害が起きたら迅速に対応しなければならないので緊急事態条項が必要だとか、主として人の情や恐怖心に訴えて、賛同を得ようとする。自衛隊も、災害対策も、そのための法律が存在するにも関わらずである。

今後“お試し改憲”に何度か成功すれば、国民の慣れに乗じて、自民党は本来やりたかった改正に突き進むハラなのだ。

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自民党が2012年に作成した憲法改正草案をみると、「天皇」を「日本国の元首」に変更し、国民の責務として「自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない」という条文を加えている。

そして、安全保障に関しては「内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する」とし、自衛隊とは性格の違う実力組織の構築をめざしているのである。

天皇を元首とし、国民に秩序を守れ、責務を果たせと強く求め、軍を設けて「戦争」のできる国にする。まるで明治憲法のイメージに戻そうとしているかのようだ。

このような憲法にすれば、国民を守ることができるというのだろうか。国連憲章の理念と乖離してしまうのではないか。

たしかに、国連の機能不全は深刻だ。安全保障理事会の常任理事国が当事者となって拒否権を振りまわすのでは、どうにもならない。改革をしない限り、国連憲章は空文化してしまうだろう。

しかし、だからといって国連をなくしていいかというと、もちろん「ノー」だ。

かつてフロイトはアインシュタインとの往復書簡にこう記した。「人間のあいだで利害が対立したときに、決着をつけるのは原則として暴力なのです。動物たちはみんなそうしていますし、人間も動物の一種なのです」。

本能として、人間には暴力性がそなわっている。人間は他人を犠牲にしてでも自らの欲望を充たしたいと願う存在だ。だからこそ、平和へのあくなき希求が求められる。

それなのに憲法が、国家統制を強め、武力行使の自制を弱める内容になっては、国民の自由と安全は覚束ない。とことん平和を希求し、国民の自由と権利を保障し、権力が暴走しないための縛りがあればこそ、人間の戦う本能に歯止めをかけることができるのだ。

ついつい人は過去の戦争の悲惨さを忘れ、目の前の脅威や欲望に感情を突き動かされて、敵対者をせん滅する方向に走る。プーチン氏の暴挙はまさにその一例である。そうした一部の破壊者に各国が合わせて、力と力がぶつかり合う世界に戻れば、際限のない軍事力競争と阿鼻叫喚が待っているだけである。

隣の核保有国に重ね合わせ、日本国民が警戒すべきなのは言うまでもないが、基本的には自衛力の強化や外交努力によって対応するしかない。

現行憲法は国民を従わせるためにあるのではなく、為政者を縛るためにある。明治憲法下の日本は、天皇の統帥権を悪用した軍部の暴走とメディアの追随によって、破滅への道を転げ落ちた。憲法改正で全てが解決するかのような議論は、幻想をふりまくだけだ。

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image by: Shutterstock.com

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