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安倍元首相が北方領土返還はないと知りながら露と友好関係を続けた訳

7月14日に開かれた岸田首相の記者会見で、国葬で送られることが発表された安倍晋三元首相。「外交の安倍」とも評された元首相ですが、その実力は世界的戦略家として名高いエドワード・ルトワック氏も絶賛するものでした。今回の無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』では著者で国際関係ジャーナリストの北野幸伯さんが、安倍氏の2つの大きな功績を紹介。さらに岸田首相に対しては、安倍元首相の「大戦略観」と「大局観」の継承を提唱しています。

なぜ安倍元総理は【世界的大戦略家】といえるのか?

安倍総理はまれに見る戦略家だ。

 

(世界一の戦略家エドワード・ルトワックの言葉)

全世界のRPE読者の皆様、こんにちは!北野です。

今回は、故安倍元総理について書かせていただきます。

安倍さんといえば、「アベノミクス」で有名です。しかし、消費税を2回引き上げたことで、経済面は「イマイチだった」といえるでしょう。

とはいえ、安倍さんの時代、株価は上がり、失業率は下がました。失業率は、安倍さんが総理に就任した2012年、4.33%でした。これが2019年には、2.36%まで下がっています。株価は2012年末、1万395円でした。それが、安倍さんが辞任した2020年9月末には2万3.185円になりました。安倍さんの8年で、2.2倍上がっています。

しかし、安倍さんの本領は外交です。

なぜ、「安倍さんは世界的大戦略家」といえるのか?

メルマガ冒頭に、「世界一の戦略家」とよばれているルトワックさんの言葉を引用しました。

安倍総理はまれに見る戦略家だ。

この言葉は、ルトワックさんの名著『戦争にチャンスを与えよ』の63pに載っています(全国民必読の名著です。ぜひご一読ください)。ちなみに安倍さんは、世界一の戦略家ルトワックさんからアドバイスを受けていました。

なぜルトワックさんは、安倍さんを「まれに見る戦略家だ」と絶賛するのでしょうか?このテーマを書き始めたら1冊本ができるぐらいですが、ここでは2つ挙げておきましょう。

現在世界一の問題は、ロシアです。しかし、実をいうと最大の問題は中国です。中国は、「尖閣は、中国固有の領土で核心的利益だ」と主張しているだけではありません。「日本に沖縄の領有権はない!」と宣言しています。

【参考】反日統一共同戦線を呼びかける中国

そして中国は、「南シナ海は全部中国ものだ!」と主張している。2020年には、インドと国境紛争を起こし、インド兵20人を殺した。北朝鮮の金正恩を支援し、核兵器保有を実質容認している。ウイグル人100万人を強制収容所に入れ、ウイグル女性に不妊手術を強制し、「民族絶滅政策」を推進している。

【参考】ウイグル女性に避妊器具や不妊手術を強制──中国政府の「断種」ジェノサイド

この強大な中国に、自由、民主主義陣営は、どう対峙していくのでしょうか?

その大戦略を構築したのが、安倍元総理でした。そう、【自由で開かれたインド太平洋戦略】です。日本、アメリカ、欧州、オーストラリア、インドなどが採用しているこの大戦略。「え?アメリカが考えたんじゃないの?」と思った人もいるでしょう。しかしこれ、安倍さんが2016年に提唱したのです。CNN.co.jp 7月9日を見てみましょう。

「自由で開かれたインド太平洋」──。

 

この言葉はいまや米軍やその一部であるインド太平洋軍のスローガンになった。インド太平洋軍によると、同統合軍が管轄する米軍部隊は36カ国にまたがる地域に関与しており、そこには世界人口の半分以上が暮らしている。

 

米軍の軍艦や軍用機、部隊がこの地域で活動する場合、米軍のプレゼンスの発表に際して必ずといっていいほど「自由で開かれたインド太平洋」への言及がある。

 

だが、この言葉は米国防総省ではなく、8日に銃撃され死亡した日本の安倍晋三元首相が提唱したものだ。

そうなんです。日本の総理大臣が提唱した「対中大戦略」をアメリカも欧州もインドもオーストラリアも採用している。これは、「前代未聞のできごと」です。だから、安倍さんは【世界的大戦略家だった】というのです。

ロシアとの関係

安倍さんといえば、アメリカのオバマさん、トランプさんの二人と親友だったことで知られています。完全リベラルのオバマさん、完全ナショナリストのトランプさん。この二人と仲良くできた首脳は、安倍さん以外にいませんでした。

たとえばメルケルさんは、オバマさんと仲がよく、トランピさんとは仲が悪かった。イスラエルのネタニヤフ首相は、オバマさんと仲が悪く、トランプさんとは良好な関係にありました。

さらに、安倍さんは、オバマ、トランプと仲がよく、同時にプーチンとも仲が良かった。これは驚愕です。

安倍さんの対ロ政策について、「結局北方領土を取り返せなかったから失敗だ」という人がたくさんいます。しかし、私たちリアリストは、違う見方をしています。

北方領土、もちろん返還を実現できれば、最高でしょう。ですが、「プーチンは、そもそも北方領土を返す気が全然ない」。だから、簡単ではありません。

問題は、「プーチンが北方領土を返す気がないことを知りながら、それでもプーチンと仲良くする意味があるか?」です。普通の人は、「ない!」と答えるでしょう。

しかし、私や、他にも「リアリズムの神様」ミアシャイマー教授、世界一の戦略家ルトワックさんなどは、「中国に勝ちたければ、中ロを分断するべきだ!」と考えます。

こちらが「最重要課題」で、領土問題も確かに重要ですが、「2番目の課題」だったのです。だから、領土問題はどうあれ、「ロシアと友好関係を築くことで、中ロを分断し、中国を孤立させること」が戦略的に重要でした。

さて、2016年12月にプーチンが訪日しました。日本国民もマスコミも、何を考えたかといえば、「北方領土返ってくるかな?」です。しかし、中国は、安倍さんの意図を正確に理解していました。時事通信2016年12月16日付を見てみよう。

中国国営新華社通信は日ロ会談に関する論評で「安倍首相はロシアを抱き込み、中国に対する包囲網を強化したい考えだが、中ロ関係の土台を揺るがすのは難しく、もくろみは期待外れとなる」と反発。その上で「(安倍氏の)私益だけを求めた自分勝手な外交思考は、日本が隣国からの信頼を得ることを間違いなく困難にする。ただの一方的な妄想だ」と批判した。

しかし、中国の思惑に反して、当時日ロ関係は劇的に改善され、孤立した中国は、しばらく動けなくなった。そして、2018年ぐらいになると、中国が日本にすり寄ってくるようになったのです。

今、日ロ関係は、再び最悪になっています。しかし、それはロシアがウクライナに侵攻したからで、安倍さんとは全然関係ありません。

というわけで、安倍元総理は、日本だけでなく、アメリカ、欧州、インド、オーストラリアなどで採用されている、「対中大戦略」=【自由で開かされたインド太平洋戦略】を提唱した。在任期間中、中国とロシアを分断し、中国を孤立化させ、おとなしくさせることに成功した。それで、【世界的大戦略家だった】といえるのです。

安倍さんが亡くなられたことで、日本はどうなるのでしょうか?心配ですが、希望もあります。

岸田さんは、2012年から2017年8月まで、安倍内閣で外務大臣でした。安倍さんと共に世界を回り、安倍さんと共に、対中包囲網を築いていった。だから、岸田さんは、「安倍外交を知り尽くした総理」といえるでしょう。

岸田さんは、ロシアのウクライナ侵攻が起こったとき、迷うことなく、欧米、ウクライナの側につきました。現状、正しい道を歩んでいます。

岸田さんが、安倍さんの「大戦略観」「大局観」を引き継ぎ、安倍さんにつづく「偉大な宰相」になることを期待しましょう。

(無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』2022年7月15日号より一部抜粋)

image by: 首相官邸

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【著者】 北野幸伯 【発行周期】 不定期

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