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バイデンは制御できず。ペロシ「訪台強行」に見える米国政治の混乱

ナンシー・ペロシ米下院議長が中国の警告を無視して台湾を訪問。中国はすぐさま台湾近海で連日軍事訓練を実施するなど、激しく反発しています。こうした事態を避けるための米中首脳会談だったはずが、なぜ訪台は強行されたのでしょうか。今回のメルマガ『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』では、著者で拓殖大学教授の富坂聰さんが、米国政治の混乱を指摘。さらに、米政権側の“火消し”も虚しく、中国のSNSで中国政府の弱腰への批判が噴出したことを取り上げ、これこそ中国共産党が最も恐れている圧力と解説しています。

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ペロシ訪台で見えたのは米政治の混乱と民主主義の危うさだった

ナンシー・ペロシ米下院議長は、いったい何のために台湾を訪問したのだろうか。報じられているように「台湾海峡の安全のため」とか、それとも「民主主義を守るため」だろうか。そんな額面通り受け止めているのは、いまや日本人だけかもしれない。

バイデン政権はペロシ氏の強行に対し、明らかに慌てていた。出発前、ペロシ訪台を質問されたジョー・バイデン大統領(7月21日)は「軍は良いとは考えていない」と記者に答え、ロイド・オースティン国防長官もペロシと話し合っていると伝えられた。だがペロシは「大統領は『ネガティブだと答えた』と会見で質されても、それを無視。最終的にホワイトハウスは「(訪台を)決めるのは議長自身」とさじを投げた。

議会では足元の民主党が沈黙気味となるなか、逆にライバルの共和党がいち早く訪台支持をした。不思議な現象だが、これは中間選挙を前に空から降ってきた「敵失」に付け込む動きだとの見方もされている。もちろん超党派という美名の裏でのことだ。

このドタバタを英誌『エコノミスト』(8月2日)は、〈ペロシの訪台はバイデン政権の支離滅裂な戦略の露呈〉と報じている。現政権との齟齬を意識したペロシは、台湾訪問の有無を明言しない戦略に切り替えアジアへと出発した。この行動が習近平政権の猜疑心を刺激したことは言うまでもない。そして警戒心をむき出しにした中国の反応が、メディアの報道を過熱させた。

ペロシ訪台は「アメリカが中国の圧力に屈するか否か」のリトマス試験紙と化し、海峡を舞台に繰り広げられるチキンレースの様相を呈していったのだ。

今回、米中が緊張感を高めた背景には両国関係の基盤が脆弱であったことが挙げられるが、それに加えて問題を見る視点のズレが大きく響いたはずだ。バイデン政権からすれば中国への最低限の配慮はしたというのが言い分だ。米紙『ブルームバーグ』(8月4日)が記事〈訪台計画見直さないペロシに米当局者は激怒、説得に応じずと関係者〉で報じたように、水面下では訪台阻止に動き、それに応じないペロシに不快感を示していたからだ。

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アメリカには本来、7月29日付『フォーリン・アフェアーズ』が記したように、〈ワシントンはペロシ訪台にかかわらず中国との対決に備えるべき〉といったタカ派世論がある。この勢力は当然、中国の台頭に妥協的な姿勢で政権が臨むことを許さない。バイデンも、そうした空気のなかで何とか両国関係の安定に苦慮したとの思いがあったはずだ。

ロイター通信も8月5日の記事〈焦点:台湾巡る緊張、中国との衝突を避けたい米海軍に課題〉で、「ペロシ氏の移動はコントロールできないが、米国の反応はコントロールできる」と語る国防当局者の発言を紹介し、政権の配慮を伝えている。記事には、米軍が「南シナ海を避けた遠回りの飛行ルートを取り、米軍空母もわざわざ南シナ海を避け」中国との衝突回避の努力をしたと解説している。

事実、ペロシの訪台が止められないと分かった瞬間からホワイトハウスは、「議長の訪中は過去に前例がある」、「米政府の『一つの中国』政策の変化を意味するものではない」と火消しに躍起になった。つまりペロシ訪台そのものに「価値はない」と主張することで中国の過剰反応を抑制しようと試みたのだ。

こう聞けば中国が矛を収める理由になるようにも思えるが、現実はそうではない。アメリカはすでに中国人民という中国共産党が最も恐れている圧力を刺激し、目覚めさせてしまったからだ。

ペロシ訪台の一報から世界を駆け巡ってからおよそ30分の間に、中国のSNSを埋め尽くした政権批判は凄まじいものであった。普段はタブー視される中国人民解放軍への批判はもちろん、習近平国家主席を蔑む書き込みまで堰を切ったようにあふれ出たのだ。

「アメリカを直接攻撃しろ!」
「やれ、そうしたら終わる。もし戦いになれば呼ばれなくても行く」
「撃て! オレが最初の戦死者だ。戦い以外に何があるというのか」

こうした反応に混じり、「人民解放軍は紙の虎(絵にかいた=使えない)か」とか、「リーダー失格」といった挑発的な書き込みも次々に湧き出し、放置すればブレーキが効かなくなることが懸念された。華春瑩外交部次官補が「中国人民の愛国は理性的だと信じている」とわざわざ呼びかけたのは象徴的だ。

こうした発信のほとんどは国の弱腰を詰り対米戦争を迫るものだったが、なかには政権の気持ちを代弁した「アメリカという雑種犬には理屈は通じない。何度同じこと言っても無駄だ」といった内容のものも見られた。中国が台湾問題でアメリカに「言行不一致」と不満を口にしてきたことを反映した発信だ。そして、これもまた習近平政権がバイデン政権の理屈を受け入れられない理由の一つだ。

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ペロシ訪台が、タイミングの点からみて最悪だったのは言うまでもない。まず共産党大会を秋に控えた時期だった。さらに3回目の首脳会談が終わった直後であり、建軍記念日とも重なったとなれば二重三重の屈辱だ。「習近平の面子を潰す」という意味ではこれ以上ないタイミングだったわけだ。

訪台が首脳会談直後だったことは習個人の面子と同時に中国共産党の危機感を強く刺激した。この前には元トランプ政権の閣僚から現役の議員まで、次々と台湾を訪れるという流れができていて、中国は「どこかで歯止めをかけなければ『一つの中国政策』が形骸化する」と焦りを募らせていたのだ。

実際、前回の会談(3月18日)から4カ月の間に「3人の米議会議員が訪台し3億2300万ドルの兵器を売却し、3度の米軍艦の台湾海峡の横断、6度の台湾に関わる法案の提出」があったと『環球ネット』(7月22日)は報じている。現役を除いてもマーク・エスパー前国防長官は、あろうことか「一つの中国政策」の変更の必要性に言及している。

つまりバイデン・習近平会談の前には、すでに米中には台湾をめぐる緊張があったということだ。だが首脳会談では「台湾を巡るエスカレートした発言をおおむね避けて通った」(ロイター通信 7月29日)ことで米中は一定の落ち着きを取り戻した。習近平が「火遊びをすれば火傷をする」と語ったと一部のメディアは過剰反応したが、これは実際、従来から何もエスカレートさせていない発言なのだ。
(『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』2022年8月7日号より一部抜粋、続きはご登録の上お楽しみください。初月無料です)

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image by:Kim Wilson/Shutterstock.com

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1964年、愛知県生まれ。拓殖大学海外事情研究所教授。ジャーナリスト。北京大学中文系中退。『週刊ポスト』、『週刊文春』記者を経て独立。1994年、第一回21世紀国際ノンフィクション大賞(現在の小学館ノンフィクション大賞)優秀作を「龍の『伝人』たち」で受賞。著書には「中国の地下経済」「中国人民解放軍の内幕」(ともに文春新書)、「中国マネーの正体」(PHPビジネス新書)、「習近平と中国の終焉」(角川SSC新書)、「間違いだらけの対中国戦略」(新人物往来社)、「中国という大難」(新潮文庫)、「中国の論点」(角川Oneテーマ21)、「トランプVS習近平」(角川書店)、「中国がいつまでたっても崩壊しない7つの理由」や「反中亡国論」(ビジネス社)がある。

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