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保守派の常套句「安倍晋三元首相は土下座外交を終わらせた」の大ウソ

国内よりも海外の方が高いと伝えるメディアも少なくない、安倍晋三元首相を巡る評価。それはある意味事実のようですが、喜んでばかりもいられないのが現状のようです。今回、立命館大学政策科学部教授で政治学者の上久保誠人さんは、その高評価の裏には保守派に連綿と受け継がれてきた「内弁慶気質」が大きく関係していると指摘。さらに「安倍氏が土下座外交を終わらせた」との一部保守論壇の主張に対する疑念を記しています。

プロフィール:上久保誠人(かみくぼ・まさと)
立命館大学政策科学部教授。1968年愛媛県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、伊藤忠商事勤務を経て、英国ウォーリック大学大学院政治・国際学研究科博士課程修了。Ph.D(政治学・国際学、ウォーリック大学)。主な業績は、『逆説の地政学』(晃洋書房)。

国民を分断した「国葬」が終了。安倍氏銃撃事件以降を総括する

安倍晋三元首相の「国葬」が日本武道館で実施された。国内から約3,600人、海外からは約700人が参列した。その多くは各国大使などで、首脳レベルは、米国のカマラ・ハリス副大統領、インドのナレンドラ・モディ首相、オーストラリアのアンソニー・アルバニージー首相、韓国のハン・ドクス(韓悳洙)首相や、カンボジアのフン・セン首相、ベトナムのグエン・スアン・フック国家主席、EU=ヨーロッパ連合のシャルル・ミシェル大統領が出席した。

岸田文雄首相は、国会の閉会内審査で、「国葬」実施の理由の1つに、「諸外国で議会の追悼決議は服喪のほか日本国民への弔意が示された」を挙げた。要は、安倍元首相が世界の首脳たちと深い信頼関係を築き、世界中から慕われていたから国葬をするのだというのだ。

だが、私は「安倍元首相が世界中から慕われていた」ことを、手放しで評価していいのか、疑問に思っている。

私は、以前から安倍元首相を中心とする「保守派」の政治家の「二面性」と「内弁慶」体質を批判してきた。保守派が従軍慰安婦問題などに関して、日本国内で「声高な主張」を繰り広げる一方、彼らの主張を加害国に対してぶつける努力を怠ってきたからだ。

韓国側の主張が世界に広がる中、保守派はこれまで外国の雑誌や新聞に論文を掲載することや、外国の政治家やマスコミを説得するなど、日本の理解者を増やす努力を怠っていた。否、保守派は海外の批判から目を背けて逃げ回ってきたとさえ言えるのだ。

保守派は、国内で隣国に罵声を浴びせるかのような強気な発言を繰り返し、海外の勢力から「国益」を守るとか、「自主防衛」とか主張している。だが、彼らは一歩でも海外に出れば何も言えなくなるのだ。そればかりか、日本の国益を売り渡すようなリップサービスを繰り返してきた。長年にわたる保守派の「内弁慶」な姿勢はまさに、相手国の要求を無条件でのみ続ける「土下座外交」そのものではないだろうか。

「土下座外交」とは、古くからある「日本外交」表現する言葉だ。外交において、相手国の要求を無条件で飲み続けるなど、極端な弱腰の姿勢で臨むことを意味する。逆に、この日本の弱腰の姿勢を外交カードとして諸外国が利用してきた。

例えば、1990年9月の「金丸訪朝団」と呼ばれる自民党、社会党(当時)の政治家の北朝鮮訪問だ。団長の金丸信は、金日成北朝鮮国家主席に対して、国交正常化や統治時代の補償とともに『南北朝鮮分断後45年間についての補償』という約束をした。

しかし、朝鮮半島の南北分断まで日本の責任であるという金日成の主張を受け入れてしまった上に、「大韓航空機爆破事件」の犯人・金賢姫死刑囚の証言により、当時日本国民の関心が高まっていた「日本人拉致問題」にまったく触れなかったことで、「土下座外交」であると批判された。

また、中国とは、日中平和友好条約が調印された後、中国が改革開放政策に踏み切ったことで1979年から「対中ODA(政府開発援助)」が始まった。2022年3月末まで42年間続けられた。この間、「円借款」が約3兆3,165億円、「無償資金協力」は約1,576億円、「技術協力」約1,858億円で、拠出した総額は約3兆6,600億円にのぼっている。

80年代は、円借款による鉄道、空港、港湾、発電所、病院などの多くの大規模インフラが整備された。90年代からは地下鉄建設や内陸部の貧困解消、環境対策などの支援が行われた。対中ODAは、中国が世界第2位の経済大国となる高度経済成長に大きく貢献したといえる。

しかし、中国は次第に自信をつけて、日本に対して強い態度を取るようになった。過去の過ちの謝罪を繰り返し求める「歴史カード」を駆使して外交を有利に進めようとする傾向を強めたのだ。

元々、対中ODAには中国が戦後賠償を放棄した「見返り」という性質があった。だが、中国は露骨に、日本が支援を続けるのは当然だという態度を取るようになった。また、中国政府は、日本のODAを国民に対して周知を怠り、中国国民が日本の支援を知らないという事態も起きた。

さらに、中国は、日本を追い越して世界第2位の経済大国になってからも、日本の支援を受け続けた。それだけではなく、アフリカ、アジア、東欧、南米など新興国への影響力を強化するための経済援助を行った。さまざまな新興国からは中国への謝意が評されている。しかし、これは日本の中国への援助が「中国からの援助」に化けて途上国に渡ったと疑われるものだ。

そして、対中ODAは、中国の軍事費の急拡大による軍事技術の増強に貢献している。直接ODAが軍事費に使われているとはいわない。しかし、ODAが非軍事の経済開発に使われれば、中国が軍事費に回せる予算が増えるのは明らかであり、中国の軍事大国化に間接的ながら貢献してしまう結果となっている。

このような状況で、2006-7年には「一定の役割を終えた」として、無償資金協力と円借款を打ち切った。しかし、技術協力はその後も2022年3月まで続けられた。これが、日本国益を損なう「土下座外交」だと批判されてきたのだ。

安倍元首相は、日本の「土下座外交」を止めようとした人だと言われている。長年続いてきた中国への支援に終止符を打ったとされるからだ。2018年10月に訪中した安倍首相(当時)は、「中国は世界第2位の経済大国に発展し、ODAはその歴史的使命を終えた」と発言し、技術協力を終了する意向を中国に伝えた。そして、22年3月に対中ODAは完全に終了したのだ。

だが、安倍元首相が、「土下座外交」を終わらせたのかどうかは、実際は疑わしい。確かに、対中ODAは終了させた。しかし、安倍首相(当時)は、ODAに代わり、第三国の開発について中国と協議する「開発協力対話」の発足を提案した。これは、中国が推進する巨大経済圏構想「一帯一路」への協力であった。

従来、中国が設立した「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」への不参加を決定するなど、日本政府は一帯一路には非協力的な姿勢であった。安倍首相の発言は、政府方針を大転換させるものであった。

安倍元首相は、習近平中国国家主席に対して、「対中ODAの新規供与終了を踏まえ、今後は開発分野における対話・人材交流や地球規模課題における協力を通じ、両国が肩を並べて地域・世界の安定と繁栄に貢献する時代を築いていきたい」旨を述べたという。

要するに、実質的に「戦後賠償の見返り」だった対中ODAは一旦終了させるが、「戦後賠償の見返り」これからも続けていくと宣言したに等しいのだ。「土下座外交」はやめないということだから、習主席が歓迎したのは当然だ。

また、2020年、世界が新型コロナウイルス感染症のパンデミックに襲われた。その時、習主席の「国賓」としての訪日の実現にこだわり、安倍首相は中国からの入国制限の実行をためらい、感染を拡大させたのではないかと批判された。

当時、日中間には、尖閣諸島周辺での領海侵入、中国本土での日本人の拘束問題、日本産食品・飼料の輸入規制、香港・ウイグルなどの人権問題の4つの懸案があった。だが、これらの解決の目途が立たないまま、安倍首相は習主席の国賓としての訪日実現を粘り強く進めようとした。

結果として、新型コロナの感染拡大で、習主席の訪日は延期となった。だが、実現していれば、国益を損ない「天皇の政治利用」につながる、究極の「土下座外交」になりかねない危険性があった。

安倍政権の外交で特筆すべきは、ウラジーミル・プーチン露大統領と27回の首脳会談を行ったことだ。それは、安倍首相とプーチン大統領の個人的な信頼関係の醸成につながったという。だが、日本側が望んできた「北方領土の返還」や「日露平和友好条約」の締結のための交渉は進展がなかった。

一方、ロシアが長年望んできた、極東開発への日本の協力は実現した。安倍・プーチン両首脳は、「8項目の経済協力」について、民間を含めた80件の案件の具体化で合意した。日本側の経済協力の総額は3,000億円規模となった。

エネルギー分野では、石油や天然ガスなどロシアの地下資源開発での協力や、天然ガス・石油開発「サハリン2」のLNG生産設備増強、丸紅や国際石油開発帝石などがロシア国営石油会社とサハリン沖の炭化水素探査などが盛り込まれた。また、医療・保険分野では、三井物産が製薬大手のアール・ファーム社と資本提携に関わる覚書を交わした。日本側による投融資額は3,000億円規模になり、過去最大規模の対ロシア経済協力となった。

特筆すべきは、この経済協力がロシアにとって切実に必要なものだったことだ。ウクライナ戦争でロシアが受けた経済制裁でも明らかなように、ロシア経済の弱点は、「資源輸出への依存度が高く、資源価格の変化に対して脆弱性が高い」ということだ。

資源に頼らない産業の多角化は、ロシアにとって最重要課題である。現状、冬季になると豪雪等で、極端に稼働率が落ちてしまうという問題がある。私は、ロシア・サハリン州を5回フィールドワークしたことがあるが、サハリン州には、ほとんど製造業がない。

ただし、終戦までの日本統治時代には、製紙工場などが稼働していた。日本の製造業の技術や、工場運営のノウハウがあれば、冬季でも生産性を落とさず、工場を稼働することができるだろう。ロシアには、「日本企業との深い付き合いは、ロシアの製造業大国への近道だ」との強い期待があった。その期待に安倍政権が応えたということだ。

プーチン大統領が、安倍元首相に深い信頼感を持つのは当然だろう。北方領土問題を棚に上げて、ロシア側の切実な要望をすべて聞いてくれたのだから。

一方、岸田首相がウクライナ戦争で、欧米と協調してロシアによる「力による一方的な現状変更」を認めない姿勢を取った時、プーチン大統領は逆切れにも近い激しい非難を日本に浴びせた。

これは、日本はロシアの要求にすべて黙って従うものだということが、ロシアにとって当然であることを示しているのではないか。ロシアからすれば、それが突然破られたから、日本に切れたのだ。要するに、プーチン大統領の安倍元首相への信頼とは「土下座外交」の結果にすぎなかったのではないだろうか。

安倍元首相暗殺犯が、旧統一教会信者の息子だったことをきっかけに、安倍派を中心とする自民党「保守派」の政治家と、旧統一教会の密接な関係が明らかになった。衝撃的なのは、旧統一教会が「韓国を36年間植民地支配した日本は『サタンの国』であり、贖罪(しょくざい)のために日本人は寄付をしなければならない」という協議を説いていたことだ。

つまり「反日」と呼んでも過言ではない教義を説いていた教団から、「愛国」を訴えてきた保守派の政治家が票をもらっていたということだ。

私は、旧統一教会と政治の問題は、日本の保守派が、国内では大きな顔をしながら、外国勢力に対してはまるで弱腰で謝罪を繰り返す「二面性」「内弁慶体質」であることを、垣間見せてくれたのだと考えている。

日本の「土下座外交」は、実はなにも変わっていないのではないか。いや、「国益」を守るために身をささげる存在だと思ってきた保守派こそが、「土下座外交」を率先して進めてきたのではないかと、厳しく問いただすべきだと考える。

image by: 首相官邸

上久保誠人

プロフィール:上久保誠人(かみくぼ・まさと)立命館大学政策科学部教授。1968年愛媛県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、伊藤忠商事勤務を経て、英国ウォーリック大学大学院政治・国際学研究科博士課程修了。Ph.D(政治学・国際学、ウォーリック大学)。主な業績は、『逆説の地政学』(晃洋書房)。

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