今年に入って日本は大幅な円安となり、物価も大きく跳ね上がっています。この状況下でどう儲けを出していけばいいのか、ビジネスマンとしてどう考えていくべきなのかについてメルマガ『j-fashion journal』の著者でファッションビジネスコンサルタントの坂口昌章さんが持論を展開しています。
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インフレ時代のビジネス発想転換
1.デフレ下の在庫は悪
60年代から始まった流通革命により、「問屋無用論」が提唱された。大量生産商品をチェーン展開された小売店が直接仕入れれば、中間流通の問屋は必要ないとされた。
しかし、日本では問屋が流通を支配し、小売店は問屋に依存していた。問屋は原材料の相場や産地の状況を理解し、複数の小売店から市場ニーズを分析し、メーカーにフィードバックしていた。更に、金融、物流の機能を持ち、在庫を備蓄し、迅速な商品供給を実現していた。
実際に問屋が急激に衰退したのは90年代になり、グローバル化と情報化が進展してからだ。情報システムの進化、多頻度少量の物流、海外生産の増加、国際的物流の進化、製造小売業の成長、量販店のPB商品開発等々の変化に問屋は対応できなかった。
小売店は適時適品適量の仕入れが可能になり、いかに在庫を減らすかが課題となった。特に、デフレ時代になると、商品価格が下がり続け、「在庫は悪」と言われた。
2.インフレ下の在庫は儲けの種
今年になり、世界はインフレの時代となった。ロシアのウクライナ侵攻、中国のゼロコロナ政策、世界的な自然災害、世界各国のコロナ不況の財政出動、様々な経済制裁により、供給不足と通貨供給の拡大が同時に起きたのだ。
世界各国の中央銀行は金利を上げ、インフレを抑制しようとしているが、効果は上がっていない。インフレは長期化するだろう。
インフレの時代になると、「在庫は儲けの種」となる。原材料、部品、商品等の価格は上がり続けるのだから、在庫を寝かせておけば価値が上がる。
インフレ下では商品の価値が上がり、通貨の価値は下がるので、現金で持っているより、商品で持っている方が有利だ。商売の常識が180度転換したのだから、商品の仕入れ、商品の販売に関する自分の発想も転換しなければならない。
これまでのような小口発注では商品を調達することはできない。リードタイムを長く設定し、まとまった量を発注すべきだ。そうしないと商品は調達できない。
販売についても、在庫処分を急いで、赤字覚悟でバーゲンセールを行ってはいけない。商品は資産であり大切に売るべきだ。販売期間も長く設定し、トレンド重視ではなく、品質重視に転換するべきだろう。
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3.見本市と問屋機能の見直し
デフレからインフレへの転換と共に、需給バランスも転換した。供給過剰から供給不足に転換したのだ。
供給過多の時代はメーカーより小売店の立場が強かった。商品はいくらでもある。顧客を持っていることが強みだ。しかし、供給不足になれば、メーカーの立場が強くなる。商品を欲しい人はいくらでもいる。商品を確保していることこそ強みになる。
これまでは小売店の都合に合わせてメーカーが商品を生産していたが、今後はメーカーの都合が優先されるだろう。メーカーが設定した時期に発注しないと、商品が調達できなくなる。つまり、欧米の見本市ビジネスのような形態が主流になるのではないか。
日本では見本市ビジネスが成立しないと言われてきたが、それは御用聞きのように、顧客の元に出向いて受注してきたからだ。しかし、御用聞きスタイルが可能なのは、商品が豊富で低コストで商品調達ができる環境が整備されていることが条件だ。
顧客からの注文を待つのではなく、自社で調達した商品を期間で売り切るという発想が必要になる。顧客からの注文を待っていたのでは、原材料の調達ができなくなる。短サイクル生産、多品種少量生産を前提にすることは益々困難になっていくだろう。
現在も、給湯器や水回りの部材が中国から輸入できずに、建築が中断される事例が増えている。今後は、かつての問屋のように需要を予測して部品や商品を在庫する機能が重要になるだろう。
4.地域限定のスローライフスタイル訴求を
世界が分断され、原材料やエネルギーのコストが上昇するにつれ、スピード重視の経営は困難になる。スピードを上げることは、余分なエネルギーを使うことになる。環境問題を重視するなら、スローな経営、スローな生産、スローな生活スタイルが基本になる。
ファッションも短サイクルでトレンドを追いかけるのではなく、顧客の個性に対応したブランディングと、顧客のワードローブを重視した持続可能な商品企画が求められる。
これまでは全ての商品を短期間で売り切ることが基本だったが、今後はロングセラー商品を基本にすべきだ。西欧の食器はデザインを変えないので、カップが壊れたら同じものが購入できる。アパレルでも同様のスタイルが求められるだろう。
顧客の個性も情報で左右される個性ではなく、顧客の環境、生活圏の自然や文化、価値観や美意識、生活スタイルも基づいたものになる。つまり、世界共通のグローバルトレンドではなく、多様な文化、多様な生活スタイルに対応することだ。
例えば、日本国内を見ても、東京、名古屋、大阪、神戸では顧客の好みが違う。こうした違いを重視した商品企画がトレンドより優先されるということだ。そうなると、全国一律の商品を全国展開するのではなく、特定の地域に集中的に出店するドミナント展開が重要になる。
地域を限定することで、地域アイデンティティの訴求、地元の行政や大学、異業種企業との連携が可能になる。また、ファッションに地域性が加われば、観光との相乗効果も期待できる。
ファッションとエンターテインメント、ファッションと食とのコラボといった、これまでのアパレル完結のビジネスではなく、本来のライフスタイル訴求によるビジネスの広がりを目指すべきである。
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編集後記「締めの都々逸」
「金が余って 商品足りぬ 金で買えない 愛がある」
一生懸命勉強して、良い学校に入って、良い会社に就職する。それは何のためかというと、煎じ詰めればお金のためですよね。
「元気があれば何でもできる」と叫んだ人もいましたが、多くの人は「お金があれば何でもできる」と思っています。その大切なお金の価値が下がるのがインフレです。お金があってもモノがない、という事態が起きる。こうなると、やはり元気があった方がいいわけです。
我々は長年、お金第一で生きてきたので、急にお金の価値が下がると言われても「何のこっちゃ」と思うわけです。
でも、お金の価値が下がるというのは大変なことです。商売の基本が変わってしまう。
今、起きていることはインフレだけではありません。戦争、分断、経済制裁という、経済活動を阻害する要因が増えています。経済活動が思ったようにできないということです。
何ができて、何ができないのか。それを冷静に分析し、自分の発想と行動を変えていく必要があります。
でもね、多くの人は世界が激変しても、不思議と自分の仕事は変わらないと思っているンですね。自分の仕事はこれまで通り行えば良いと思っている。そんなはず、ないのにね。(坂口昌章)
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