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もはや限界超えか。ウクライナ難民急増に悲鳴上がるドイツの惨状

EUのリーダーとして、そして人道国家としてウクライナからの難民を積極的に受け入れてきたドイツ。しかしもはやそれも限界に達しつつあるようです。そんなドイツ国内の変化を伝えてくださるのは、作家で現地在住の川口マーン惠美さん。川口さんは今回、ウクライナ難民を巡りキャパシティ・財政ともにパンク状態となっている自治体の惨状と、国民の中に起こりつつある「分断の空気」を紹介しています。

プロフィール:川口 マーン 惠美
作家。日本大学芸術学部音楽学科卒業。ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ドイツ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。ベストセラーになった『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)をはじめ主な著書に『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)、『復興の日本人論』(グッドブックス)、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)がある。

ウ国からの難民「急増」に悲鳴。自治体のタガが外れかけたドイツの惨状

10月25日、EU国の代表、および多くの大企業や投資家がベルリンに集い、ウクライナのため復興援助会議が開催された。音頭を取ったのが、EUの欧州委員会とドイツ政府。ショルツ独首相いわく、これは現在の「マーシャルプラン」。マーシャルプランとは、1947年、第二次世界大戦で疲弊した西ヨーロッパを共産主義から守るため、米国が行ったヨーロッパ経済復興援助計画である。

もちろん今回は米国ではなく、EUが中心となってウクライナの復興を助けるわけで、早い話、そのためのお金を皆で集めましょうということだ。欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長(ドイツ人)は、「すべてのユーロ、すべてのドル、すべてのポンド、すべての円を投資して!」と演壇からアピール。ウクライナのこれまでの損害は、IMFの試算では3,500億ユーロ、ウクライナの試算では7,500億ユーロとされているから、お金はいくらあっても足りない。そして、その匂いに惹きつけられて、早くも多くの投資家や企業がベルリンに集まっている。

ただ、現実として、ウクライナは今、ロシアからの激しい攻撃に晒されており、ドイツでも、ウクライナへもっと殺傷能力の大きい武器を供与することが検討されている最中だ。だから、「なぜ、もう復興?」というのが、国民の素直な疑問。これはおそらくEUとドイツの方針が、ウクライナを徹底抗戦ではなく、停戦に誘導するよう舵を切り換えた証拠ではないか。ショルツ氏は、「ウクライナの復興はヨーロッパ人の背負う世代を超えた課題だ」と言っている。

ドイツが停戦を望む理由はいくつもあるが、中でも一番危急なのがウクライナからの避難民の急増。ウクライナ人は元々ビザなしでEUに入って3ヶ月間滞在できたので、2月のロシアの侵攻以来、何の障害もなくどんどん入ってくる。EU各国は避難してきたウクライナ人を積極的に庇護しているが、ドイツも例外ではなく、ウクライナ人にはこれまでのように3ヶ月ではなく、無条件に1年の滞在許可を認めている。しかも、ウクライナ語を公営放送のニュースの字幕に加えるなど(字幕言語は選択できる)、かなりのサービスだ。

また、ウクライナ人は難民扱いではなく、すぐに就職活動もできれば、子どもたちは託児所や学校に通える。そして、庇護にかかる経費は難民用の予算ではなく、社会福祉費で賄われているというから、最初からほぼ正式な移民扱いだ。

その背景には、ドイツ政府がウクライナ人を労働力として歓迎している事情がある。というのも、ドイツにはすでに戦争前に15万人のウクライナ人が住んでおり、その3分の2が女性で、多くは病院や介護施設、あるいはプライベートの住み込みで介護士として働いていた。それに加えて、ドイツの居住許可は持っていないが、3ヶ月のルーティンで祖国との間を行き来している出稼ぎの人たちが25万人。言うまでもなく、介護は今も人手不足でパニック状態が続いているセクターなので、原因が何であれ、ウクライナ人が増えることは大歓迎なのだ。しかも、ウクライナの場合、男子は出国が禁止されているため、来る人たちはほとんどが女性と子供で、犯罪増加の心配もない。

ウクライナは貧しい国で、かねてよりドイツに移住したい人は多かった。それが今なら、ウクライナ人というだけで最低1年は滞在して働くことができ、さまざまな援助や社会保障も受けられ、さらに、将来もそのまま住めるかもしれないのだから、彼らにしてみてもチャンスだ。

ウクライナでの開戦以来、どれだけのウクライナ人がドイツに入ってきたかというと、独内務省によれば、10月17日の時点で100万8,935人が登録されている。15年、16年の大量流入時を優に超えているわけだ。

登録後、避難民は各州に振り分けられ、それぞれの自治体に委ねられる。ところが現在、多くの自治体が、キャパシティにおいても財政においてもすでにパンク状態で、未曾有の困難に陥っている。それなのに難民を担当する内務相(SPD)はその現実を無視。「2015年の時と違い、我々は準備ができている」と主張、自治体の訴えにまともに取り合ってこなかった。

ところが10月11日、さすがにお尻に火がついたと見え、内務相と州や市町村の首長が一堂に介し、「難民サミット」なるものが開催された。自治体が特に困っているのは宿舎の確保だ。多くの自治体では、ホテル、公民館、廃業した工場など、ありとあらゆる空き家屋を使って宿舎としているが、それでも足りない。困りあぐねて学校の体育館を接収し、衝立を立てて仮の宿舎にするところまで出てきて、市民が抗議し始めた。「子供たちの体育の授業を犠牲にする前に、早く収容施設を作れ!」

また、開戦当時、ウクライナ国民に対する同情心が絶大であったため、住まいに余裕のあった多くのドイツ人が主にウクライナの母子などに部屋を提供したが、半年以上が過ぎ、それもいろいろな意味で限界となっている。

国はこれまで300の不動産(6万4,000人分)を州や自治体に提供し、難民サミットでは、今後、それをさらに56ヶ所(4,000人分)増やすことが決まった。ただ、資金援助については、国はすでに20億ユーロも出しているからと拒否している(11月にもう一度協議とのこと)。つまり、自治体はお金も尽きている。

しかも、間の悪いことに、ドイツは現在、インフレ、エネルギーの急騰、倒産、解雇など、さまざまな深刻な問題が目白押しで、国民の間に先行きの不安が蔓延し始めている。公約であった40万戸の公営住宅建設計画も止まったきり。そんな中、避難民の住宅だけが優先的に整備されたりすれば、不満が膨れる恐れがある。10月19日にはその懸念を裏付けるかの如く、メクレンブルク=フォーポメルン州で、ウクライナ避難民の入居するはずだった集合住宅が放火で全焼するという事件が起こった。

ただ、現在、キエフなどでのインフラ攻撃が続いており、冬を目前に電気も水もガスもいつ止まるかもしれないとなると、避難民はさらに間違いなく増える。EU側とて、この状態で門戸を閉じることはできないだろう。

しかも、EUが警戒しなければならないのはウクライナからの避難民だけではない。実はここのところ、アフガニスタン、シリア、イラクなどからの中東難民も急増している。中東難民の中には、祖国では食べていけず、どうにかしてEUに入りたいという、いわゆる“難民資格を満たさない人々”が多く混ざっているため、できればEUの国境で篩にかけるべきだということは皆、わかっているが、それがうまくいかない。侵入者の方は、どうにかEUに滑り込めば、簡単に行方をくらますことができる。ドイツ政府は現在、オーストリア国境の監視を強めているが(中東難民の大半は、セルビア、ハンガリー、オーストリア経由でドイツに入ってくる)、国境には川があるわけでもなし、かなりザル状態。

現ドイツ政権には、前々から難民は全員受け入れよと主張している緑の党がいる。また、政権を担う社民党も難民にはいたって寛容で、今やそれを大声で主張することはないにせよ、しかし、現実主義に切り替える気もないらしく、ダンマリを決め込んでいる。

そして、肝心のドイツ国民はというと、難民を助け、ウクライナを助け、さらにはマーシャルプランで彼らの復興も助けようというロマンチックな人道派(これが結構多い)と、「もう難民は十分」と思い始めている人々にはっきりと分かれ始めた。ただ、後者は、反人道と叩かれる恐れがあるので、大きな声にはならない。先日、社会福祉予算で優遇されているウクライナ避難民を、「社会福祉ツーリスト」と揶揄したCDU(キリスト教民主同盟)のメルツ党首が激しい非難を浴び、謝罪したという一幕もあった。

思えば戦後のマーシャルプランは西ヨーロッパの復興を助けたが、その結果、世界は東西両陣営に分かれた。21世紀のマーシャルプランには、ドイツ国内を二分する懸念がつきまとう。

プロフィール:川口 マーン 惠美
作家。日本大学芸術学部音楽学科卒業。ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ドイツ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。ベストセラーになった『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)をはじめ主な著書に『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)、『復興の日本人論』(グッドブックス)、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)がある。

image by : Achim Wagner / Shutterstock.com

川口 マーン 惠美

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