日本のビジネスマンの定番、スーツ。通勤電車ではほとんどの人がスーツを着ていると思います。しかし、コロナ禍でリモート勤務が推進されたためスーツを着る機会も少なくなり、新調することも以前ほどではなくなりました。メルマガ『j-fashion journal』の著者でファッションビジネスコンサルタントの坂口昌章さんは、そんなメンズファッション業界を救う鍵は「ブレザー」であるとして、その理由を語っています。
この記事の著者・坂口昌章さんのメルマガ
コロナ禍のリモート一般化でスーツ売り上げ激減。日本のメンズファッションを変えるのは「ブレザー」しかない
1.ジャケット着用はフォーマル
日本のメンズファッションはスーツ偏重です。アメリカ人もヨーロッパ人も日本人ほどスーツを着ていません。多くのビジネスマンは、上下別素材の「ジャケット+パンツ」のスタイルです。スーツを着用するのは、金融業界、法曹業界等の一部に過ぎません。
日本人にとって、スーツはフォーマルウェアではなく、ビジネスユニフォームです。ある意味で、学生服の社会人版といえます。ユニフォームなので、とにかくスーツを着ればいい。それが似合っているかどうかは関係ないし、社会的ステイタスを表現する服という意識もありません。
従って、季節の変化に合わせてユニフォームを変えているだけです。ファッションという意識がないので、トレンドの変化、色や素材の変化を楽しむこともないのです。単なるユニフォームという意識なので、スーツの上にカジュアルなコートやダウンジャケットも平気で合わせます。
本来、スーツはドレスアップであり、フォーマルなスタイリングです。
欧米のビジネスウェアの中心は、既に「シャツ+パンツ」になっています。ネクタイを締めていれば完璧で、ネクタイなしでもドレスシャツを着ていれば問題ありません。
衿のついていないTシャツやフード付きのパーカー等は、さすがにカジュアル過ぎますが、IT系の企業ではOKです。
世界的に見ると、ジャケットを着用すること自体がフォーマルです。欧米の有名ホテルや有名レストラン等のドレスコードの厳しい場所でも多くはジャケット着用で通用します。スーツ以外は認めないというのは、相当に保守的かつフォーマルなシーン以外には考えられません。
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2.スーツの売上増は一旦諦める
スーツ偏重の日本もコロナ禍でリモートワークが一般化すると、スーツを着用する人が減りました。モニターに映るのは上半身だけですし、画像なので素材感まで分かりません。そこで、伸縮性のあるジャージーのスーツが登場し、大ヒットしました。
このままいくと、重衣料を縫製していた紳士服メーカーの仕事がなくなり、カットソー工場に流れてしまいます。
紳士服メーカーでは、重衣料の復権が大きなテーマになっています。この課題について私なりに考えたいと思います。
まず、日本人男性を二つに分類します。スーツを着用しているグループとスーツを着用していないグループです。
スーツを着用している人達は既にスーツを所有しているので、これまで以上の需要は見込めません。スーツを着ていない人にスーツを着せるのはもっと大変です。
従って、スーツの売上を伸ばすには、スーツの単価を上げるしかありません。安物スーツを着ていた人達に、高級スーツの魅力を伝え、グレードアップしてもらうことです。言うは易しですが、消費者の財布を緩めることは非常に難しい。ということで、スーツの売上を上げるという発想を転換することをお勧めしたいと思います。
3.ブレザー戦略と課題
普段、スーツを着用しているビジネスマンも、仕事以外の場面ではスーツは着ません。例えば、旅行やスポーツ観戦ではカットソーやジーンズなどのカジュアルウェアを着用するでしょう。
現在は、スーツというフォーマルウェアと、ジーンズカジュアルの両極端のみが存在しており、その中間のスタイリングが消えてしまいました。リタイアしたシニア層は、スーツを着れなくなって、何を着ていいのか分かりません。また、普段、ジーンズを履いている若者も、ちょっとしたパーティーで何を着ていいのか分かりません。いきなりスーツはフォーマル過ぎるのですが、その他の選択肢がないのです。
そういう人々にブレザーを提案することこそ、紳士服業界の使命ではないでしょうか。
但し、ブレザーを提案するのも大変です。まず、スーツの素材は梳毛ウールタイプが主流ですが、ブレザーは紡毛ウールタイプが主になります。つまり、生地の仕入れが変わります。
また、スーツならばほぼ同じデザイン、縫製仕様、付属で対応できますが、ブレザーはデザインの幅も広く、縫製しようも様々で、付属も多様です。つまり、パターンや縫製仕様が変わります。
また、ブレザーになると、コーディネートが重要になります。ブレザーに合わせるシャツ、パンツも提案しなければなりません。素材も色も異なるものをセンスよく合わせるには、スタイリストのような能力が求められます。
以上のように、ブレザーを提案することは実に面倒です。しかし、この壁を突破しないことには先に進めません。
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4.多様なニーズに対応するブレザー
ブレザーはスーツよりドレスダウンしたアイテムだと言いましたが、フォーマルシーンに対応したブレザーもあります。クリスマスシーズンにZARAが展開するようなタキシード風のブレザーです。パーティーシーンでは、スーツより華やかな印象を与えます。
ビジネス用ブレザーを開発すれば、欧米のような「ジャケット+パンツ」のスタイルにも対応できます。
旅行用ブレザーも有望です。撥水加工や紫外線カットの素材。バッグとのコーディネート。特にシニア層に受けそうです。
山歩きブレザー、マウンテン・ブレザーはどうでしょうか。エベレストに始めて登頂した時の写真を見ると、ツイードのジャケットを着ています。外見はクラシックでも機能性抜群。そんなブレザーがあってもいいと思います。
トロピカルリゾート対応のブレザーもあり得ます。水着の上、Tシャツの上に羽織れるブレザーです。華やかなカラーやプリントで遊び心が表現できます。
日本人の特徴でもある季節感を楽しむようなブレザーも可能です。素材とカラーのバリエーションだけでも季節感を表現できますし、ボタンや裏地の選択による演出も楽しそうです。二十四節気ブレザーもいいかも。
季節感を表現できると、店頭の演出やイベント、ポップアップ出展等でテーマが明確になり、プロモーションもしやすくなります。
以上のように、スーツからブレザーへと発想を転換するだけで、ビジネスの可能性は大いに広がります。
ぜひ、「ブレザー大作戦」に挑戦していただきたいと思います。
編集後記「締めの都々逸」
「ジーンズだろうと チノパンだろと ブレザー羽織れば 決まります」
スーツ屋さんはスーツのことばかり考えています。もっとスーツを作り続けたいんだけど、皆が買ってくれないと嘆いています。
僕は消費者の立場で考えます。スーツは着ないけど、ブレザーは着たいと思います。でも、カッコいいブレザーがありません。ブレザーは素材と色と風合いを楽しむアイテムです。
ブレザーこそ、紳士服衣料の救世主になるのではないでしょうか。欲しいものが市場にないことが、最もビジネスチャンスなのですから。(坂口昌章)
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