MAG2 NEWS MENU

週3回2時間だけ開店する東京・神楽坂「夜のパン屋さん」を取材して見えてきたこと

東京・神楽坂に、週3回、たった2時間しか開いていない「夜のパン屋さん」があるのをご存知でしょうか。このパン屋さん、ただ夜に営業しているだけではありません。実は、コロナ禍以降に問題となっている食品販売店や飲食店の問題を解決するヒントが込められているのです。今回、フリー・エディター&ライターでジャーナリストの長浜淳之介さんが、この「夜のパン屋さん」をはじめ、余ったパンの耳から作る地ビール、あまり野菜の「野菜炒め」で成功している飲食店などを取り上げ、日本の新たな「食品ロスビジネス」の可能性を取材し紹介しています。

プロフィール:長浜淳之介(ながはま・じゅんのすけ)
兵庫県出身。同志社大学法学部卒業。業界紙記者、ビジネス雑誌編集者を経て、角川春樹事務所編集者より1997年にフリーとなる。ビジネス、IT、飲食、流通、歴史、街歩き、サブカルなど多彩な方面で、執筆、編集を行っている。共著に『図解ICタグビジネスのすべて』(日本能率協会マネジメントセンター)、『バカ売れ法則大全』(SBクリエイティブ、行列研究所名儀)など。

東京・神楽坂に2時間だけ開店する「夜のパン屋さん」は、なぜここまで人気なのか?

東京・新宿区の神楽坂商店街に夜7時から9時まで、火曜・木曜・金曜の週に3回、2時間だけ開店するパン屋がある。その名も「夜のパン屋さん」。主に都内の個人営業のベーカリーショップより、その日に売れ残ったパンを調達して、本屋「かもめブックス」の軒先にて販売している。

夜のパン屋さん、神楽坂1号店

東京メトロ東西線・神楽坂駅前、出入口がすぐ近くにあって立地の利便性も高い。

顧客からの反響は上々。「いろんなお店のパンが気軽に買えて楽しい」、「お得な値段で買えるパンセットがある」、「駅前なので、帰宅前に立ち寄れて助かっている」などと、好意的な意見が大半だ。次々に売れて、閉店の頃にはほぼ売り切ってしまう。

販売されているパン

好評につき、飯田橋と田町にも「夜のパン屋さん」が広がっている。飯田橋では集合住宅の駐車場でキッチンカーにて週に1回、火曜の午後5時から8時。田町ではJR田町駅前の新田町ビル、スターバックスコーヒー横でキッチンカーにて週に2回、水曜と木曜の午後5時半から8時まで、販売している。

焼き立てパンを販売するベーカリーショップでは、基本的に売れ残ったパンは、翌日に持ち越さず廃棄する。ラスクなどの商品に再利用されるものもあるが、商品として販売されてしかるべきパンが、毎日無駄に捨てられているのだ。「夜のパン屋さん」はこのような「食品ロス」の解決に、第一歩を踏み出した試みだ。

コロナ禍では需要の予測が立てにくく、感染が拡大して、緊急事態やまん防(まん延防止等重点措置)が発出するのではないかと報道されただけでも、外出を控える人が増えて売れ行きが突然鈍ることがある。

セーフティーネットとして、「夜のパン屋さん」という第二の売場が存在する安心感は、ベーカリーショップにとって非常に大きい。

週に3回、夜に開催する「夜のパン屋さん」神楽坂1号店

生活者は、新型コロナの感染を抑えるため、政府・自治体から外出を極力控え、買物に行く回数を減らすように要請されている。そのため、コストコのような郊外の大規模店に車で出かけて大量に買いだめする、ライフスタイルにシフトした。皮肉なことに感染症対策の観点から、食品の大量生産・大量消費が拡大。新常態で、従来より食品ロスが出やすい社会へと変化した。

新型コロナが撲滅されない限り、ベーカリーショップのみならず、徒歩や自転車で買物に行く小規模な街の商店が苦戦する状況は、感染症に怯える人たちの声に搔き消され、長らく続く模様だ。「夜のパン屋さん」は街の商店の売上を支え、地域コミュニティの崩壊から守っていく注目すべき視点を提起している。

どこが「夜のパン屋さん」を運営しているのか?

「夜のパン屋さん」を経営するのは、有限会社ビッグイシュー日本(本社・大阪市)。良質な雑誌「ビッグイシュー」をホームレス、ネットカフェ難民のような生活困難者が独占的に路上で販売することにより、仕事を提供して、自立を支援する社会事業を行っている。

1991年、英国のロンドンで生まれたビジネスで、日本では2003年より発行している。

ところが2020年になって、コロナ禍により英国で緊急事態が発出されて、ロックダウンにより路上販売ができなくなった。これは日本にも波及すると、路上販売に代わる別の支援事業を考えなければならない局面となった。ちょうど篤志家から、まとまった金額の寄付があり、事業資金に使える幸運に恵まれた。

雑誌の長年の寄稿者で関係団体のNPO法人ビッグイシュー基金の共同代表でもある、料理研究家の枝元なほみ氏に相談。枝元氏は北海道帯広市のベーカリーショップ「ますやパン」が、十勝地方の7店で売れ残ったパンを集めて、夜に本店で売る取り組みをしていることに注目。同じようなことが、東京でできないかとアイデアを出した。ちょうど、SDGsの観点からフードロスが問題視される風潮となって時流にも合っていると、「夜のパン屋さん」のプロジェクトが始まった。

「対面販売が得意な人は売り子に。そうでない人には、売れ残ったパンをピックアップしてもらうという分担で始めました」とビッグイシュー・広報担当の佐野未来氏は振り返る。

オープン日は、「世界食糧デー」の10月16日。

当初は、企画の趣旨をベーカリーショップに説明に行っても、なかなか理解してもらえず、パンの仕入れ先の開拓に苦労した。飛び込み営業で2軒を開拓した以外は、枝元氏の伝手で商品を調達していた。

ところが「夜のパン屋さん」の賑わいや、困窮者支援、食品ロスに取り組む趣旨が報道された効果もあり、今では約20軒のベーカリーショップの賛同を得て、商品を販売するようになった。遠く北海道や静岡県から、冷凍で届くパンもある。

その日にどの店の商品を売るのかは、当日オープン前に、ツイッター、フェースブックで告知される。発表を楽しみに待っていて、お目当てのベーカリーショップの商品を買いに来る常連客もいる。

顧客層は、神楽坂店では通勤、通学の帰りに立ち寄る人が多い。飯田橋店は子供連れの母親に人気で、近隣の住民も訪れる。田町店では、ビルの管理会社から賑わいをつくり出したいからと誘致されたが、好調なので「昼のパン屋さんもできないか」と相談されている。

パンはお得なセットを除いて値引は行わず、売れた分の半分を、仕入先に還元している。商品の調達先は地元で評判の店ばかりなので、ほとんど売れてしまうが、売れ残った場合は子ども食堂や無料学習塾などを中心に、他の団体に届けておいしくいただいてもらう。いずれにしても、食品ロスで廃棄されるパンはゼロとなっている。

2周年記念事業として、2022年10月15、16日の土日には、「代官山T-Site」にてポップアップストアを出店。

また、22年11月5日には、練馬区の「けやきの森の季楽堂」にて、枝元氏のオリジナルランチや夜にパンが楽しめるカフェイベント、第1回の「ヨルパンB&Bカフェ」を開催した。これから月に一度、開催していく計画だ。このプロジェクトは、MINIが取り組む、日本が抱える課題を解決するクリエイティブなアイデアを応援する、「BIG LOVE ACTION」のサポートを受けている。

さらに、11月3日には、札幌市の「Seesaw Books」にトライアルオープン。東京都以外では初出店となった。以降、月に1度のペースで「夜のパン屋さん☆札幌」を開催している。

「夜のパン屋さん」は、食品ロスの解消、貧困の解決、零細ベーカリーショップの経営安定、地域コミュニティの維持など、多くの機能を持った実験的な取り組みだ。今後の発展に期待したい。

 

廃棄されるパンの耳を使った「クラフトビール」

一方で、廃棄されるパンの耳を使って、クラフトビールを製造しているのが、門司港レトロビール(本社・福岡県北九州市)が経営する「門司港地ビール工房」。商品名は「ブレッドヴァイツェン」で、22年7月13日に発売した。

ブレッド ヴァイツェン 出典:門司港レトロビールHP

アルコール度数5.5%の発泡酒で、価格は350ml缶・550円。北九州市内の酒販店や自社サイトの通販を中心に販売されている。

全国地ビール醸造者協議会(JBA)の「JBA全国地ビール品質審査会 最優秀賞」を2019年と21年に2度も受賞するなど、各種品評会で高く評価されている、門司港ビールの代表作「ヴァイツェン」をアレンジした。「ヴァイツェン」は原料の50%以上に小麦麦芽を使っているのが特徴だ。

「ブレッドヴァイツェン」では、小麦麦芽の代替として約1割をパンの耳に変えることで、泡立ちが良く後味がマイルドな逸品に仕上がった。原料のパンの耳は、北九州市小倉北区のクラウン製パンから調達している。

廃棄されるパンの耳がビールに 出典:門司港レトロビールHP

クラウン製パンは学校給食用の食パンを製造しているが、福岡県では、子供にとってパンの耳の部分は硬すぎるとして、給食には出していない。パンの耳は、多い日には1日に100kgにもなり、廃棄するのではなく、有効な活用法を模索していた。焼き上がったパンのブロックで、耳にあたる両端を切り落として、一部を家畜の飼料などに再利用していたが、それでも廃棄が出る。そこで、思いついたのが、ビールの原料にすること。

紀元前3000年頃の古代メソポタミアでは、パンを乾燥させて水を加え、発酵させてビールを製造していたことが、粘土板に記録されている。ビールは「液体のパン」と呼ばれることもあるほどで、ビールとパンには食文化史上、密接な関係があった。

小倉駅前にある、門司港地ビール工房のビアレストラン 出典:門司港レトロビールHP

「ブレッドヴァイツェン」は地元、北九州市の企業が食品ロスの解決のためにタッグを組み、品質の高い新しい商品を生み出したことに意義がある。

 

コロナ禍で行き場を失った野菜を「野菜炒め」に。地球にも財布にも優しい「ベジ郎」

コロナ禍で行き場を失ったレストランやホテル向けの野菜を使った、野菜炒め専門店を開いたのが、フードサプライ(本社・東京都大田区)。同社は元々、外食向けの野菜卸を営む会社だ。 

21年12月、渋谷の東急百貨店近くに「ベジ郎」1号店の渋谷総本店をオープン。好評につき、22年4月には池袋に2号店の池袋東口店をオープンした。

ベジ郎 渋谷総本店

また、22年10月4日には、東京都小平市の立川通り沿いのロードサイドに3号店の東大和店をオープン。この東大和店が初のFC店でもある。渋谷や池袋の店の顧客は若者が中心だが、東大和店ではファミリー層も狙って、チャーハンや揚げ餃子もメニューに加えた。

さらに、22年12月15日には、千葉県松戸市の松戸駅東口駅前に、4号店で、FC2店目の松戸東口店をオープンした。

「ベジ郎」の野菜炒めは、「ラーメン二郎」の野菜タワーを彷彿させる、山盛りの盛り付けが特徴。野菜には背脂がたっぷり乗っていて、マシマシで注文すればさらに野菜の分量を増やすことができる。

肉野菜炒め。背脂たっぷりラーメン二郎系の野菜炒めが特徴

同社は、関東圏を中心に約5,000件の飲食店向けに野菜を卸していたが、コロナ禍での需要減退で、大量廃棄される業務用の野菜を、どうすれば有効活用できるのかを模索。 

車で買いに行ける非接触性を追求した「ドライブスルーは八百屋」を20年4月に提案した。これは、コロナ禍に入ってから、「マクドナルド」、「KFC」など、ドライブスルーでテークアウトができる飲食店の前に、車の渋滞ができるほど、顧客が殺到していたことにヒントを得た。

ドライブスルー八百屋は人気となったが、やがて飲食店が再開されてくると、廃れてくると読んでいた。そこで、飲食店の需要がコロナ前よりも落ち込んだ分を、野菜を大量に使う、野菜炒めの店で消費できないかと考えた。

また、年間約570万トンと言われる食品ロスの過半数を事業系が占めるが、野菜を加工・調理する過程で、廃棄してしまう部分を有効活用するメニューを考案した。

肉野菜炒め定食

野菜炒めには400gの野菜を使用し、一皿580円で1日分の野菜を摂取できる。ボリューム満点の唐揚げを乗せた、肉野菜炒めも780円で販売。味付けは、醤油、ポン酢、味噌の3種類から選べる。野菜マシ無料、マシマシが50円プラス。背脂の有無も選べる。定食はプラス100円で、ご飯とスープが付く。

もったいない野菜を使って、若者で行列ができる繁盛店を構築した、二郎インスパイア系野菜炒め専門店「ベジ郎」。食品ロスを、野菜不足を気にする若者を対象にした外食へと昇華させて、見事にアイデアで解決した。

 以上、街のパン屋で売れ残ったパンを集めて売り切る「夜のパン屋さん」、給食用パンの廃棄される耳をビールに使う「ブレッドヴァイツェン」、コロナで余った業務用野菜で野菜炒め専門店を流行らせた「ベジ郎」。

食品ロスを解決して、ゴミを減らし、環境に優しく、生産者にも消費者にも喜ばれ、ビジネスとしても成功する事例が、続々と誕生している。食品廃棄物こそ、実はニュービジネスの宝の山なのではないだろうか。

image by: 長浜淳之介

長浜淳之介

プロフィール:長浜淳之介(ながはま・じゅんのすけ)

この著者の記事一覧はこちら

兵庫県出身。同志社大学法学部卒業。業界紙記者、ビジネス雑誌編集者を経て、角川春樹事務所編集者より1997年にフリーとなる。ビジネス、IT、飲食、流通、歴史、街歩き、サブカルなど多彩な方面で、執筆、編集を行っている。共著に『図解ICタグビジネスのすべて』(日本能率協会マネジメントセンター)など。

print

シェアランキング

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MAG2 NEWSの最新情報をお届け