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見切り発車が奪う命。岸田「コロナ5類移行」で日本の医療は崩壊する

大型連休明けの5月8日、新型コロナを2類から5類へ移行する方針を正式決定した岸田政権。医療現場は死者が急増した第8波で疲弊状態にありますが、5類への引き下げは、彼らに対する「さらなる追い打ち」となってしまうことはないのでしょうか。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では著者で元全国紙社会部記者の新 恭さんが、図らずも身をもって知ることとなった「医療逼迫」の実態を紹介。さらに現時点で5類に移行しても現場の逼迫状態は解消しないとして、その理由を詳述しています。

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新型コロナ5類移行で心配される医療崩壊

困ったことに、この3か月、病院嫌いの筆者が病院通いを余儀なくされている。最初は胃がんの手術をした妻の付き添い。まもなく筆者自身も軽い脳梗塞に襲われた。

70歳前後、いま風の言葉で“アラセブ”というのだろうか、夫婦二人のマンション暮らしである。二人して人生初めて休日や夜間の救急に駆け込む経験をしたが、新型コロナの第8波に見舞われた病院は機能不全に陥っていた。

コロナ患者の急増と院内感染による医療スタッフの不足などで、ベッドが満床となり、入院の必要な手術ができない状況だった。つまり、私たちには、治療以前の段階でハードルが立ちはだかっていた。

岸田首相は5月に新型コロナの感染症法上の位置づけを季節性インフルエンザなどと同じ「5類」に引き下げる方針だ。どこの病院でも新型コロナの診療ができるようになるということだが、それによって、医療現場の混乱が解消されるどころか、ますます深刻化するのではないか、というのがこの記事を書く問題意識である。

まずまず元気に暮らしていた私たち夫婦に異変が起きたのは昨年10月半ばのことだった。妻が胃カメラ検査を受けるため近所の胃腸科に出かけたあと、筆者がソファーで居眠りしていたら、今すぐクリニックにきて先生の話を一緒に聞いてほしいと妻から電話があった。

妻はステージ3の胃がんと診断され、11月中旬、自宅近くにある公立の総合病院で手術を受けた。10日ほどで退院し、12月19日に抗がん剤治療がはじまった。

私の身体に変調があったのは、その6日後、クリスマスの朝だった。目覚めると右半身全体が痺れていた。これは脳の異常ではないか、と不安がよぎった。しかしその一方で、寝相が悪くて血行不良を起こしているだけと思おうとする自分がいた。実際、しばらくすると痺れがおさまった気がした。

ふつうに朝食をすませ、自宅のパソコンに向かったが、再び痺れ感が強くなってきた。これはやっぱりおかしい。脳神経外科にかかる必要があると思った。ただ、この日は日曜日だ。どうすれば専門医に診てもらえるのか。救急車という手がある。だが、痺れはあっても体はふつうに動いていて見た目には何ともない。この状態では救急車も呼びにくい。そこで、近くに脳神経外科の病院がないか検索した。

市内に脳神経外科の病院があったので、電話した。事情を話し診察してもらえるかどうかを尋ねたら、後ほど看護師に連絡させるとのこと。そこで電話を切り、1時間以上待ったが、いっこうに連絡がない。もう一度電話するとようやく看護師が出て「ベッドが満床で入院はできないんです。検査と診察だけでよければ来てください」と言う。

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私は内心「もし脳卒中だったとして、入院できないなら、いったいどうすればいいのか」と動揺したが、他の病院にあたるゆとりはなく「すぐに行きます」と返事をした。

その病院でCTとMRIの検査をした結果、脳の毛細血管が梗塞を起こし、その周辺の感覚をつかさどる細胞がダメージを受けていた。悪化すると手足が動かなくなる恐れがあるので、すぐに点滴治療を受けたのだが、見るからに誠実そうな医師は申し訳なさそうにこう言った。

「本来なら入院するケースですが、コロナで病院スタッフの数も減っていて、ベッドに余裕が全くありません。しばらく通院して点滴治療を受けてもらいます。もし帰宅して手足が動かなくなったら、救急車を呼んで、入院できる病院へ行ってください」

つまり、通院による点滴治療だけで対処できればいいのだが、悪化して手足が動かなくなるケースがないとはいえない。その場合は入院が必要だが、この病院では受け入れができないということである。新型コロナの蔓延でスタッフが次々と倒れ、病院運営がかなり難しくなっている状況がうかがえた。

運よく、病態が悪化することはなかったが、右半身の不快な痺れ感はいまも残ったままで、危険を回避するため車は売却した。最初のうちはパソコンのキーボードを打ったり歯ブラシを使うときにうまくいかなかったが、慣れるにしたがって、もとに戻ってきた。休日にもかかわらず、初めての患者を受け入れてくれた脳神経外科病院には感謝するしかない。

妻のほうは、新年に入り連日、抗がん剤の副作用で激しい下痢と高熱に見舞われ、みるみるやせ細っていった。1月26日の朝、キッチンで大きな音がしたので飛んでいくと、妻が虚ろな眼で仰向けに横たわっていた。リンゴの皮を剥いていて気分が悪くなり、一時的に意識を失って倒れたらしい。

かなり強く体を打ちつけたとみえ、前頭部が腫れ、肩や腰が痛いというので、救急車を呼んだ。胃がんの治療を受けているA病院に運んでほしいと依頼し、救急隊員がA病院に連絡したが、脳外科の医師が休みで転倒事故の診察ができないという理由で断られた。

救急隊員は別の搬送先を探したが、なかなか受け入れてもらえない。ようやく探し当てたB病院で妻は検査を受け、右上腕部を骨折していることがわかったが、ここでも整形外科医が手術中という理由で治療は受けられず、B病院の紹介状を持って翌日あらためてA病院の整形外科を受診することになった。

A病院でもすんなりとはいかなかった。ベッドが満床で入院できないため、手術はできないという。それを承知したうえでの受診である。幸い、妻の場合は患部を1か月ほど固定する処置ですんだが、手術が必要だったら医療難民になるところだった。私の脳梗塞も、軽かったからよかったものの、もし重い病態だったら、入院もままならない現下の医療体制では対応できなかったかもしれない。

これを「医療逼迫」というのだろうが、運悪く十分な医療が受けられずに命を落とした人々もいると思うと、実にやるせない。

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さて「医療逼迫」という現象だが、人口当たりの病床数世界一を誇るこの国で、なぜそんなことが起きるのか。さまざまな要因があるだろうが、一つには、医療機関の7割が中小病院で、スタッフの数が少なく診療スペースが狭いため、コロナ患者の受け入れが容易でないという点があげられるだろう。

また私立・公立の別でいうと、全体の70%ほどを占める私立病院がコロナ患者をあまり受け入れていないことも大きい。このため、30%ていどにすぎない公立・公的病院にコロナ患者が集中してしまい、クラスターや医療スタッフの感染も加わって、うまく現場が回らなくなっているようである。

では、新型コロナを「5類」にすることで、「医療逼迫」は解消されるのだろうか。どこの病院でもコロナ対応できるというが、「スタッフや患者を感染させたら困る」という医療機関側の不安がなくなるわけでも、発熱患者を一般患者と分けるゾーニングのできない狭小施設の事情が変わるわけでもない。

おそらく、コロナ患者を受け入れる民間病院が急に増えるということはないだろう。それどころか、むしろ減ることも考えられるのではないか。これまでコロナで加算されていた診療報酬がなくなるのなら、負担の多い発熱外来を続けるのはやめようという病院が続出する恐れがあるのだ。

加えて、保健所が入院調整をしなくなると、限られた病院にコロナ患者が集中する傾向はさらに強まるかもしれない。筆者夫婦の微々たる体験からも推測できるように、今でも救急隊員や医師、看護師ら現場の苦労たるや半端ではない。これ以上の負荷をかけることはできない。

マスクの着用を屋内でも原則不要とする方向なのも気がかりだ。基礎疾患のある人、たとえば抗がん剤治療中で免疫力が低下している人の場合、マスクをしない相手と対面で話をするのは、あまりにリスクが高い。

今年1月のコロナによる死者数は1万人を超えて過去最多となり、その大半は60代以上の高齢者だという。「5類」移行によって、基礎疾患のある患者や高齢者はますます危険にさらされてしまうのではないだろうか。

もちろん、経済活動を活発化することはきわめて大切であり、そのための規制緩和は必要である。だが、問題は、医療供給体制が未整備のまま見切り発車すると、さらなる混乱を招き、救える命を救えなくなる心配があることだ。医療従事者に「命の選択」を強いるようなことのない環境を整えるのが政府のつとめではないだろうか。

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image by: 首相官邸

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