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世界はウクライナを見捨てはじめた。隠せない「綻び」と支援疲れの現実

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻により、一気に崩れてしまった国際社会の均衡。世界はこの先、どちらに向かって進むのが正答で、そのために私たちはどのような行動を取るべきなのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、現在我々が直面している問題を改めて整理し各々について解説。その上で、今後各国が遵守していく新ルールと秩序の「あるべき姿」について考察しています。

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綻びが進む国際秩序‐ウクライナ戦争の泥沼化と世界の不安定化

「ロシア政府内でもプーチン大統領の方針とロシア軍の体たらくに対する非難が顕在化してきた」と報じる欧米メディア。

「ロシアからの攻撃は相変わらず衰えることを知らないが、ドローン兵器による攻撃などは悉く撃ち落とした」と主張を繰り返すウクライナ政府。

「プーチン大統領によるウクライナ侵攻は世界にショックを与えたが、ロシアは結果的に失敗することになる」という論評。

「この戦争は長期化の様相を呈してきた。両リーダーが和平に向けた動きを取っている兆しは見られない。ロシアの企てが通用しないことを示すために、NATOはさらなる軍事支援をウクライナに提供する」という来日中のストルテンベルグNATO事務局長の言葉。

ウクライナでの戦争(ロシアによるウクライナ侵攻)の現状および見通しについて、いろいろな発言がありますが、皆さんはこれらの発言をどれだけ信用しているでしょうか?

「IT技術が発展し、まさに事が起こると同時に動画で世界に配信できるようになった今、情報をでっちあげることはできないだろう」というご指摘を今でも耳にすることが多々ありますが、実際には“今でも”戦時に提供される“当事者”からの情報の多くは、大本営発表的な性格のものであり、自身が優位に立っているようなイメージを創り出すか、さらなる支援を得るための材料として負の部分が強調され、cry for help的な形式で使われており、実情は伝えていないと言えます。

ロシア軍は思いのほか、ウクライナ軍に押し返されていて苦戦していますが、武器弾薬の量、動員できる兵士の数、そして戦略的な武器の種類と攻撃能力においてはまだまだ余力を残している上に、イランや中国などからの支援も受けていて、まだまだ戦闘執行能力は高いと言われています。

欧米諸国・NATOからの軍事支援が予定通りにウクライナに供与されているという前提でいうと、ウクライナの戦力は質が量を上回る傾向になってきていますが、それが本格的に作動して、ロシアを苦しめると予想されるのは、まだ数か月先のことです。もし、予定通りに、約束通りに供与されるのならば。

ロシア軍によるウクライナの民間施設・生活インフラ、そして補給路に対する集中的な攻撃は、ウクライナ国民の生存を脅かし、確実に戦意を削ごうとする戦略が見え、それによってリーダーシップへの反感を煽るように仕向けられています。

攻撃は確実にウクライナの力を削いでいますが、ウクライナ軍による反転攻勢はウクライナ国民と政府に勇気を与えているため、まだゼレンスキー大統領とその周辺への反感は高まってはいないようです。

このような状況下で見えてくるのは、ロシアもウクライナも多大な犠牲を払いながらも、まだ自分たちは負けてはおらず、和平プロセスについて話し合う段階ではないという思惑です。

プーチン大統領も、ゼレンスキー大統領も、和平について口にするものの、常に強調されるのは「私が出した条件に沿う内容であれば」というBig Ifであるため、実際には「話し合うことはない」というメッセージになってしまいます。

つまり戦争はまだまだ続くという見込みが立ってしまいます。

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戦争の長期化は確実に支援疲れを起こし、戦争への非当事者による関心の薄れが顕著になり、各国民の関心事は「自分の生活の改善」といった内政に向き始めることで、ウクライナを世界が見捨てざるを得ない状況を作ってしまうかもしれません。

それを引き留めるためにストルテンベルグ事務局長の発言のように欧米による支援の強化と維持が必要という内容が繰り返されるのでしょう。

しかし、今月24日には開戦から1年を迎えることになってしまう“ロシアによるウクライナへの侵攻”は、確実に国際秩序を変えてしまい、国際協調の下に成り立っていた世界は崩壊したと言えます。

それは「領土の不可侵」、「法の支配」、「航行の自由」、「自由貿易」、そして「恐怖からの自由」といった国際社会が長年にわたり相互に遵守し、尊重してきた国際ルールを踏みにじり、代わりに世界の分断と混乱を鮮明化し、相互不信を高めたと考えます。

シリアでの内戦は継続していますし、イエメンも泥沼の内戦状態です。これらの内戦に対する国際社会の関心は薄れ、調停努力も進んでいません。

さらにはミャンマー国軍によるクーデターで、民主化の試みが砕かれたと思われるミャンマーも、クーデターから2年経った今も、国軍はまだ人心を掌握できておらず、民主派グループの武装勢力(PDF)による反転攻勢に直面して、各地で戦闘が繰り返されて治安状態は悪化の一途を辿っています。

結果として国民には強いAnti国軍感情が生まれ、経済活動もままならない中、欧米諸国の企業が早々と撤退した中、我慢強く操業を続けてきた日系の企業もついに撤退を決断しなくてはならない事態になっています。

そしてミャンマー国軍にとって重要な後ろ盾だったロシアは今、ウクライナでの戦争に忙殺されており、ミャンマーへのコミットメントは大きく低下しています。中国については、“隣国”という地政学的な位置づけもあり、ミャンマーの安定は大事なマターではあるものの、その安定の担い手は誰でもよく、あまり国際社会からの風当たりを強くしたくない習近平指導部は、あまり露骨なコミットメントを控えるようになってきています。

結果として経済は低迷し、雇用も失われる中、ミャンマーは再び忘れられた国となってしまい、困窮を極めるという悲劇を生んでいます。

UNによる調停も不発ですし、ASEANからも見捨てられた感が強い中、ミャンマーは行き先を失っているように見えます。

こじつけかもしれませんが、ロシアによるウクライナ侵攻が生んだ国際分断の被害者と言えるかもしれません。

以前、このコーナーでも取り上げたエチオピアにおけるティグレイ紛争も、最近はあまり報じられなくなったので解決したのかと思われがちですが、実際にはまだ継続しており、首都アジスアベバはかろうじて平静を保っていると言われていますが、多民族・多宗教国家でもある性格上、ティグレイ紛争を機に、国内のintegrityにほころびが出てきています。

ロシアによるウクライナ侵攻が起きるまでは、国連安全保障理事会でも特別会合を開いて取り上げるほどの注目度でしたが、その国連安保理が真っ二つに割れて機能不全を起こしている今、エチオピアで起きている悲劇と、その影響が飛び火して不安定化してくる東アフリカの懸念にコミットする余裕がなくなっています。

そして北東アジアでは北朝鮮による威嚇がエスカレーション傾向にあり、核の脅威は高まっていると思われますが、こちらについても今、口頭での非難や懸念の表明はあっても、実質的な措置を取るための基盤が存在しない状況になっています。つまり北朝鮮のやりたい放題になりかねない事態です。

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そしてイラン絡みの緊張は今、広域アジア地域に新しい戦争の火種を作っているように見えます。

以前から懸念されている核開発問題にかかる分断はもちろんですが、ウクライナでの戦争の裏で、イスラエルとイランの間の緊張がこれまでになく高まっているようです。

未確認情報ではありますが、今週、イランの複数都市の軍事施設がミサイル攻撃を受けたと伝えられましたが、規模と精度から見て恐らくイスラエル軍による攻撃と思われるようです。イスラエル政府は肯定も否定もしていないようですが、イランは確実にイスラエルへの報復攻撃を準備しているようで、そうなった場合は報復攻撃の応酬に繋がり、その戦争が一気にアラビア半島全体に飛び火することになりそうです。

このようなシナリオが実現してしまった場合、国際社会はウクライナ・ロシアと広域アジア両面で起こる戦争に対応しなくてはならず、ここに噂の台湾情勢が絡んでしまった暁には、冗談ではなく世界第3次大戦に繋がりかねません。

イラクやアフガニスタンでの大失敗を経験するまでは、旧ソ連崩壊後、唯一の超大国として世界中の治安維持に直接乗り出していたアメリカが出てくる状況だったのですが、すでに間接的にではありますが、ロシアとウクライナの戦争にどっぷりとコミットしていると同時に、アメリカ軍の直接介入を嫌う国民感情に押されて、アメリカが助けてくれる時代は終わってしまいました。

今回のウクライナでの戦争に対しても、武器弾薬の供与は行っても、アメリカ軍を派遣することはなく、NATOという枠組みの下、欧州の戦争は欧州が対応すべきと考えて動いているのと同じく、その他の地域でのいざこざも、その地域で解決すべきという姿勢に変わってしまっています。

結果、当事国が自ら解決するという枠組みが出来上がり、それが各地で起こる戦争の火種になっていると思われます。

私も参加している調停グループでも、多くの案件が持ち込まれますが、実際に調停トラックを走らせるためには当事者全員の同意が必要で、なかなか調停の実施には至りません。

国際社会の分断そして国際秩序の崩壊はすでにロシアによるウクライナ侵攻前から進行していたと思いますが、これまでの相互承認による国際ルールが踏みにじられ、ロシアによるウクライナ侵攻を受けて、欧米諸国とその仲間たちが実施した対ロ制裁の実施は、確実に世界の分断を決定的にしてしまいました。

しかし、国際社会の関心がロシアによるウクライナ侵攻に集まり、結果、他の火種に手が回らなくなっているという恐ろしい現状を前に各国も呆然としているだけではありません。

ウクライナでの戦争が長期化の様相を呈する中、新しい国際ルールとそれに基づく新国際秩序づくりの動きがスタートし、広がってきています。

どのような要素が加えられるのかはまだ方向性が見えませんが、一つ確実に見えてきていることは、これまでのような欧米型民主主義の押し付けは、世界の大多数の国々と地域の支持・参加を生むことは難しいということです。

アジアには一党独裁の国もあれば、王政の国もあります。同じアジアでも中東に目を向けると王族による支配と宗教思想をベースにした統治形態も存在します。アフリカでは、比較的民主主義的な統治形態は広がっていると思われますが、部族・民族ベースの統治形態もまだ根強く存在します。そしてラテンアメリカでは、ポピュリズムもあれば、左派もありますし、社会主義的な統治も存在し、必ずしも欧米型の民主主義を受け入れてはいません。

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このような多種多様な統治形態と思想を持つ国々が署名して参加できるようなルール作りとそれに基づく新国際秩序づくりは大きな混乱が予想されますし、激論が交わされることは容易に予想され、その道のりは難航が予見できますが、これまでのルールが踏みにじられ、秩序が崩壊する状況に直面する今、早急に議論・協議を始める必要があるという認識では、多くの国々が一致しています。

具体的な参加国についてはあまり触れないようにしますが、個人的に嬉しいニュースとしては珍しく日本がそこにスタートから参加し、かつ主導的な役割を果たそうとしているということでしょう。

私的には、これはこれまで携わってきた紛争調停グループの拡大版と位置付けており、多くのメンバーも参加していますが、今、議論を急ぐ中、結論を急ぐのは、「誰(どの機関)が音頭を取るのか?」そして「どこで行うのか?」、さらには「いつまでにそれなりの方向性を示すのか」という要素です。

国際社会における主体・アクターが、旧来からの国家・政府はもちろん、市民セクターなど非政府組織にも広がってきていることを踏まえると、どこかの国が主導するのは難しいかと思いますが、数か国で(またはマルチセクターの代表たちで)まとめ役を務めるのは可能かと思います。

その場合、私個人としてはUN(国連)が話し合いの場を提供すべきではないかと考えています。

今回のウクライナ問題への対応のまずさから、すでに権威も存在意義も失墜していますが、場の提供には適していると思われます。

私はグティエレス事務総長を個人的に敬愛していますが、ロシアによるウクライナ侵攻の際には遅きに失した対応しかできず、その影響力と威光は地に落ちました。昨年には再任され、あと5年の任期を与えられましたが、個人的には再任に臨むべきではなかったのと考えています。それはまた別の機会にお話ししたいと思いますが、国連が場を提供する際、大事なのは、国連事務総長をはじめとするUNオフィシャルが決して前面に出ないことです。

各国や非政府系のアクターの意見集約に奔走し、整理し、議論を進める手助けをするという裏方に徹することが出来るかがカギです。

安保理や総会という常設の古い枠組みではなく、あくまでもアドホックな場・箱(特別委員会やタスクフォースなども一案)を用意して、できるだけフラットな環境での議論が必要だと考えます。

もし、このような試みを通して、大枠でも新しい国際ルールの形を示し、それに基づく国際新秩序のイメージを作り上げることが出来れば、恐らくそのタイミングでロシアとウクライナの戦争に対する調停および和平協議が実施できる素地が整うのではないかと感じています。

もうすでに見えてしまったように、従来の国際ルールは崩壊し、国際秩序も崩壊したため、旧来の考えに基づいた紛争の解決は、世界を二分・三分することになったロシアとウクライナの戦争に対しては不向きです。

大国間の代理戦争の様相を示す地域戦争も、内戦も、そして、世界を終焉させかねない大国間の直接対決も、この際古い国際秩序の悪しき例として葬り去り、代わりに国々がそれぞれの違いを超えて協力し、遵守していく新ルールと秩序が今、必要になってきているのではないでしょうか?

ここ数週間ほどですが、この世界的な取り組みに関わることが出来て、とても光栄ですし、非常に刺激を受けていますが、その裏側で日々多くの犠牲が生まれ、罪なき一般市民の安寧が奪われているという悲しい現実に衝撃を受け、一日も早い解決を手助けしたいと考えています。

まとまりのない内容になってしまったかもしれませんが、お許しくださいませ。

以上、国際情勢の裏側でした。

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image by: Володимир Зеленський - Home | Facebook

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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