退職したいと言ってきた社員が「やっぱり辞めるの止めます」と言ってきた場合、会社はその退職手続きを途中で止めるべきなのでしょうか? 今回の無料メルマガ『「黒い会社を白くする!」ゼッピン労務管理』では、著者で特定社会保険労務士の小林一石さんが過去の判例をもとに退職の撤回について解説しています。
退職届が未提出なら、退職の撤回はできるのか
私が以前に働いていた会社はいわゆる〇ラック企業でした(その定義にもよりますが一般的に想像される定義はほとんど網羅しているような会社でした)。
退職者も非常に多く、必然的に退職するときも円満退職だけでなく、急に連絡がつかなくなったり、LINEやメールの連絡のみで退職する社員も非常に多くいました。
本来であれば退職面談をして、退職届をもらって、退職手続きを行うのが一番良いとは思うのですがとてもできるような状況ではありませんでした。
ただ、このように退職管理がしっかりできていないと大きなリスクにもなりえます。
例えば、です。
あまり良い言い方ではありませんが辞めて欲しい社員がいたとします。
その社員が自分の意志で退職することになりました。
「やった!」とはもちろん口には出しませんでしたが着々と退職手続きを進めます。
ところがその翌週に、「やっぱり辞めるの止めます」と、言ってきたらどうでしょうか?
会社の本音ではもちろん認めたくない。
ただ、それは可能なのでしょうか?
それが実は退職手続きの方法にかかっているのです。
それについて裁判があります。
ある病院で、検査技師がわずか1ヶ月で2人も退職したことで調査を行いました。
すると、ある医師が複数の違反行為を行っていたことが発覚したのです。
そこで事務部長がその医師と面談し、「(その医師に対し)厳しい処分を検討しているが、もし自主退職するのであれば、処分は行わない」と伝えたところ、口頭で「退職さしてもらいます」との返事があっため、病院は退職手続きをすすめていました。
ところがなんと、その約2週間後に退職を撤回すると言ってきたのです。
それを病院が認めなかったためその医師が病院を訴え、裁判になりました。
ここで問題になったのが、退職の意思を口頭で伝えただけで「退職届の提出がされていなかった」ことです。
ちなみにこの病院の就業規則には「退職届を提出して病院が認めたときに退職する」と規定されていました。
ではこの裁判はどうなったか?
会社が勝ちました。その理由は以下の通りです。
・面談の際に、退職の意思を述べるにとどまらず、退職することを前提とした打ち合わせを行っていた
・病院は面談をした事務部長に、退職の承諾の意思表示をする権限を与えたのであるから(事務部長が)承諾したのは有効である
・病院の就業規則は、退職手続きにおいては書面による申出を予定しているが、使用者と労働者の個別の同意は就業規則に優先するものであるから、口頭での合意による労働契約の終了は妨げられない
いかがでしょうか。
ここで1つ注意点です。
今回、私がお伝えしたいのは「退職届をもらわなくても大丈夫ですよ」ということではありません。
むしろ逆です。
今回の裁判では結果として退職届が無くても有効にはなりましたが、もらっていなかったことで裁判にまでなってしまったとも言えるでしょう。
退職届をもらっておいたほうが良いのは間違いありません。
実は今回の裁判例でも事務部長が面談のときに退職届の書類を医師に渡していました。
ところが、医師が印鑑を持っていなかったため捺印をして、後日郵送することになっていたのです。
退職届に印鑑は必須ではありません。もしみなさんがこの事務部長の立場であったら自筆のサインと、もし可能であれば拇印でももらってその場で回収すべきでしょう。
また、退職の事実が認められた理由に「退職することを前提とした打ち合わせ」があります。
具体的には、この面談で退職後の健康保険の任意継続についての確認等を行っています。
これも重要なポイントです。
別の裁判でも「年休の残日数を計算して退職日を決めた」「保険証や社員証の返却手続きを説明した」などが退職の事実が認められた理由としてあげられています。
万が一の場合には退職の意思の承諾だけでなく、これらの事実があればより認められやすくなるでしょう。
退職の撤回が問題になる場面というのはそう多くは無いと思いますが万が一の場合にあとからトラブルにならないよう慎重に行っておきたいですね。
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