プーチン大統領による「3月末までのウクライナ東部完全掌握」との命令遂行のため、人的被害を厭わぬ攻撃を続けるロシア軍。しかし攻め切るまでには至っておらず、プーチン氏は核の威嚇を以前よりも増して強めています。はたしてウクライナ戦争に人類史上最悪の武器が使われることになるのでしょうか。今回のメルマガ『uttiiジャーナル』ではジャーナリストの内田誠さんが、その可能性について考察。さらに「プーチンのロシア」の行く末を占っています。
まだ核がある。否、もはや「核しかない」プーチン:「デモくらジオ」(2月24日)から
さて、ウクライナですけれども。1年経って数字的にロシアの戦車がこれだけ破壊されたとか、これだけ人が亡くなった、一般市民も数えられているだけで8千数百人ですか。そんな数字じゃないですよね。全然違う数字だと思いますけれども、そういう数字についても色々言われていますが、先週私がお話ししたことで、「プーチンの絶望」ということを確か言ったと思うのですが、それに対してキッカさんからもメールをいただいていまして、「あんたはウクライナが勝つみたいなことを言って楽観的すぎる」というご批判で、あとで紹介しますけれども。
ただ、私が思うのは、先週どう話したかということとは次元が違ってしまうので申し訳ないのですが、プーチンの絶望、プーチンが絶望せざるを得ないということは、仮にこの戦争に勝ったとしても、つまり何らかの段階でプーチンが目標にしていた三つのことがら、「非ナチ化」、「中立化」、「非軍事化」。これが達成されたとしても、プーチンさんおよびロシアには未来がないと絶望せざるを得ない状況なのではないかなと、実は思っているところがある。
一つ、ややこしい要素が加わってきて、中国が何か急にクローズアップされてきて、王毅さんという外務大臣、あの方、駐日大使をされていたことがあり、一度インタビューしたことが確かあったと思うのですが、日本語も大変お上手な方で、今、外務のトップですよね。その王毅さんがヨーロッパを歴訪し、最後にはプーチンさんにも会ったということがある。
何か、習近平さんが「平和演説」を行うとか。一方でアメリカが色々な事実を公表していて、中国は直接人を殺傷できるような兵器を送る、そのような意味での支援は今のところしていないが、部品の供給など、今の段階で分かっている限りはそのような内容の支援をロシアに対してしている。もしも殺傷能力があるような兵器を供与するようなことになったらとんでもないことになる、レッドラインを超えるぞというようなことをブリンケンは言っているそうでして、そのような問題が急にクローズアップされてきています。
また変数が増えて、連立方程式がどんどん複雑になる、分からん…世界に入っていきますけれど、ただ中国がどのようにロシアを支えたとしても、そしてロシアが中国との同盟関係とか強い連携とか通商関係の発展だとか、そのようなことがあったとしても、ロシアには希望がない。核を持っていることぐらいしか中国に対抗できる要素がない。ロシアは中国の…なんと言うんでしょうね、表現がうまく見つかりませんが、一段格落ちした同盟者という感じにならざるを得ない。
そういうことなのだろうと思うのですが、プーチンさんが、あれは9月の例の4州併合宣言の時だったか、その前にも常に言っていたことだと思いますが、「非ナチ化」と言った。ちょっと、いい神経しているなと思うのですよ。ナチスに一番似ているのはロシアだし、ヒトラーに一番よく似ているのはプーチンさん自身ですよね。まあ、似ているという範囲ですよ。全く同じだというわけではないですし、違うところもたくさんありますからね。でも、ウクライナはロシアと同じなのだ、ウクライナ自身の存在意義は無いのだということを論文に書いて、そして攻め込んでいる。それこそ、ロシア民族至上主義みたいなことになりますよね。
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ウクライナなどというのはその程度の連中だから、ちょっと攻め込んだらすぐに万歳してしまって、抵抗もしないだろうと思っていたら、大違いだった。少なくとも2014年以降の8年間でウクライナは非常に強いアイデンティティーを作り出したのだと思います。以前からあったものを飛躍的に強化し、軍の改革も行い、一つの軍事強国のようなものを作り上げていた。そこに攻め込んだので、簡単に勝てないどころか、大変な損耗を強いられる泥沼の戦いに入ってしまったということだと思います。
非ナチ化と言っていることの具体的な中身は何かと言ったら、ゼレンスキー政権の打倒ですね。と当然、その後にロシアの言うことをよく効く傀儡政権を打ち立てると。ルガンスクとかドネツクなどで今擬似的にやっている話の全ウクライナ版。ロシアと仲良しのウクライナ大統領の政権を作り上げることだと思います。
それって、全然無理な話。とにかくロシア軍は最初15万人で攻め込んで、今、予備役を30万人動員した、実は動員したのは50万人だったという話が急に出てきていますが、それを入れて65万という数字。でもウクライナ軍は100万人いる。で、自分たちの領土で戦っている。ウクライナのアイデンティティーが出来つつある中で、大変士気が高くて、一人一人のウクライナ兵がなぜ戦うのかについてよく理解していて、そこはロシア兵と大きく違うところだと思います。
何でも、「祖国防衛の日」とかいう、元々は確か赤軍の記念日だった祝日があるそうでして、そういう日を祝うそうですが、「祖国防衛戦争」を戦っているのはロシアではなく、ウクライナですよね。まさにそういう形になっている。となれば非ナチ化という言葉に組み込まれたゼレンスキー政権打倒とか傀儡政権樹立、こういったことはロシアにとってはおよそ実現できることではない。
中立化はNATOに加盟するなという話ですよ。勿論、傀儡政権が出来ればNATOには近寄りもしないでしょう。それはウクライナの政権ではなく、ロシアの政権になるわけですからね。ただこれはNATO側の事情も当然あるでしょうし、NATOの範囲は今非常に広いですからね。ウクライナ側の事情もあるかもしれませんね。NATOに何も加盟しなくてもいいということがあるかもしれない。ただしその場合には安全保障をどうするかについて、何らかの…こういうのもステークホルダーというのか知りませんが、関係する諸国家による協約のようなものが必要になってくるかもしれませんが、NATOに加盟するなという要求をロシアが持っているということ自身、典型的な冷戦思考に他なりません。ところがプーチンさんの頭の中では全部逆転されている。
で、ウクライナのゼレンスキー政権が要望しているのはNATOに入れて守ってくださいということでは、必ずしもない。というのは支援しているのはNATO以外の国もたくさんあるわけですよね。NATOの論理とは違う理由でウクライナを支援している。侵略を受けるウクライナを支援している。これというのは、ロシアの脅威に共同して対処しましょうというNATOではなく、ロシアがやっている国連憲章に反するような、あるいは戦争犯罪を含む非道に関して、人道主義の立場から批判する、即刻撤退を要求する、困っているウクライナに関しては可能な限り支援する、そういうことじゃないですか。そのような諸国家の連合というのは、これはNATOとは次元が違うので、むしろそのようなものによる安全保障。悲しいことに今は国連ということになってしまうわけですが。
とりあえずは国連の安保理はこの間機能していないので、いや、そんなことを一言で言ったら怒られますが。皆さん必死の思いでやられている、日本の外務省の人たちを含めてね。でも、うまくは行っていなかった。だとすれば、そういう新しい国際的な枠組みの中でウクライナの安全を担保できるようにしないといけないわけですね。
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それから非軍事化。ウクライナ軍をなくせ、みたいな話ですね。これはロシアからすれば切り取ったドンバス(切り取れていませんが)と、クリミアをロシア領として確保することを確実ならしむる、ということとつながっているのだと思います。
仮にその状態のまま何らかの形で停戦が成立したとしても、ウクライナ側が失地回復の行動を起こすことはいくらでもあり得ますよね。ロシアにとってもあり得るわけで。だから目標といったところで無理な話ですね。
そうやって見てくると、「非ナチ化」にせよ「中立化」、「非軍事化」にせよ、プーチンさんが目指すと言っていることはことごとく不成立。軍事的には、もうこれは何週間も前から言っていることですが、西側の最新鋭というか、標準的な戦車群がウクライナに供与されて実戦に投入されるまでの間にロシア軍が優勢を確保できてしまうのか否か、今そのつばぜり合いというか、どちらが先にゴールに滑り込むかという争いになっている。
現実には東部地域で激しい戦闘が行われていて、ロシア軍は、大量に動員された予備役の兵隊を前線に押しやって攻め込ませ、何人死のうが突進してその間にウクライナの陣地を突破する。何人目かで突破するというような、人の命を命と思わない戦法さえつかって侵略している。それに対してウクライナ軍側が支えきれなくなった場合には撤退して防御戦を敷き直し、そこを守る。そこにロシアがまた人海戦術を仕掛けて推す、ウクライナ軍が撤退する、というような、ウクライナ側がじりじり押されていくという状況。
ロシア軍の方が人数も多いですし、全体的な力は強いですからウクライナ軍は押されていくのですが、押され切らないようにしてとにかく支援、友軍を待つという状況のようです。それが現状だということだと思います。
このところしきりに核による脅しが行われるようになってきていますが、核弾頭搭載のミサイルの話にしても、今のロシアには、その一部は作り続けられるらしいですが、西側の制裁の結果として高性能の半導体が手に入らないので、モノによっては作りきれないということもあるようです。
プーチンさんはこの間、核に関して二つ大きなことを言っている。一つは新START。米ロ間に唯一残った核兵器削減の条約。この履行を停止すると言っている。現在の条約は2026年まで効力があり、この間にお互いの査察なども入っているのですが、これを停止する。その間に核実験さえやりかねない話になっている。核戦力の強化をすると言い切っていますので。
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ただこれは、もはや核しかない。通常戦力の軍隊については既にかなりが破壊されている。装備も人員も大変な数が損耗している。ロシア軍全滅とまでは言いませんが、ロシア軍そのものは敗北した。でも、核がある、いや核しかないのだと思います。
核による強迫、恫喝は出来ますが、実際には核は使えない。いや、確かに、そこに核兵器があり、それを命じることできる人がいて、その人が人間である以上、核が使われる可能性がある。また人の頭の上に核爆弾が落とされる可能性は勿論ゼロではないのですが、そうなったら規模にかかわらず、今現在ロシアをなんとなく支持して、国連の投票などでも棄権することで制裁や批判に加わらない、そのような国がありますが、その中でも、ほとんどが批判の側に廻っていくでしょう。
まして、中国は「平和演説」をやるようですが、そのような国がウクライナに対して核兵器を使ったロシアをそのまま擁護するとは考えられません。仮に核を使うといっても、ウクライナ全土に何十発も落とせば別ですが、さすがにそれは出来ないでしょう。それは「終わり」ということであり、もはやプーチンさんの「勝ち」ですらない。爆発力を押さえた核をどこかで使うことを含めて、そんなことをすれば、ロシアの正当性は誰も擁護しなくなるでしょう。
核を振りかざして、仮に三つの要求の一部が実現したとしても、プーチンさんのロシアに未来はないと私は思っています。客観的な推測とまでは言いません。そもそも人間の口から「客観的だ」というのも変な話。客観性とはそんなに甘いものではないと思いますので。
(『uttiiジャーナル』2023年2月26日号より一部抜粋。全てお読みになりたい方はご登録の上、2月分のバックナンバーをお求め下さい)
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