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客単価7000円超の衝撃。いま焼き鳥居酒屋が「高度化」してきている

かつては大衆的なイメージが色濃かった焼鳥居酒屋。しかし現在、その「高度化」という新しいトレンドが顧客から支持されていることをご存知でしょうか。そんな方向性を打ち出し成功を収めている2つの企業を取り上げているのは、フードサービスジャーナリストの千葉哲幸さん。千葉さんは今回、高い顧客満足度を提供する彼らの取り組みを、余すところなく紹介しています。

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プロフィール千葉哲幸ちばてつゆき
フードサービスジャーナリスト。『月刊食堂』(柴田書店)、『飲食店経営』(商業界、当時)両方の編集長を務めた後、2014年7月に独立。フードサービス業界記者歴三十数年。フードサービス業界の歴史に詳しい。「フードフォーラム」の屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース、セミナー活動を行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社発行、2017年)。

良質の食材調達を追求。焼き鳥居酒屋の高度化という新しいトレンド

最近「高度化」した焼き鳥居酒屋が増えてきている。「高度化」とは、まず客単価が8,000円前後と高いこと。原材料が高騰しているという背景もあるが、それだけではなく消費者の「外食の楽しみ方」や経営する側の事情が変化してきて、それを従来の焼き鳥居酒屋が持ち得なかった「高度な売り方」によって解決している。これらの事例から焼き鳥居酒屋の新しいトレンドを紹介しよう。

客単価7,000円超でも顧客満足度が高い

まず、昨年11月東京・代々木に「代々木鳥松」をオープンしたけむり(本社/東京都港区、代表/小松大地)の場合。「代々木鳥松」の概要はこうなっている。

場所はJR代々木駅から西方向へ約5分、小田急線の南新宿駅にも近い。高級住宅街の入口といったエリアだ。エントランスは高級なすし店の風情がある。

「代々木鳥松」はJR代々木駅近くの路面にあり「高級すし店」を思わせる外装

店舗規模は18坪でカウンター16席、テーブル6席となっている。

「代々木鳥松」の店内は余計な装飾がなく専門店としてのプライドを感じさせる

焼き鳥の鶏肉は熊本県天草産の地鶏「天草大王(あまくさだいおう)」を使用。一般のブロイラーの飼育日数は40~50日だが、天草大王は130日をかけている。これは肉質がよくおいしい鶏肉として重宝されていたが、産卵率が低く卵肉兼用の輸入種が普及したことによって昭和初期に絶滅した。しかしながら、この復元を望む声が多く、熊本の農業研究センターが10年間をかけてそれを実現した。

同店ではこれを店内でドライエージングによって熟成。届いた丸鶏を脱水シートにくるんで一日置く。その後5日程度、冷蔵庫の中で熟成させる。こうすると地鶏の旨味がぎゅっと凝集される。丸鶏は店内でさばく。こうすることでさまざまな部位を提供することができる。例えば、モモは5つの部位に分けて食感の違いを楽しんでもらう。

焼き鳥はアラカルトで注文してもいいが(税込:むね生姜330円、かしわ330円、ちょうちん440円など)、おまかせのストップオーダー制を採用している。飲み物はナチュールワインを取り揃えて、おいしい焼き鳥とのマリアージュを楽しんでいただく。

「代々木鳥松」では、コースではなくおまかせの「ストップ制」で焼き鳥を提供

同店はオープンしてたちまち評判を呼び、すでにリピーターも定着している。想定していた客単価は7,000円で1日の客数は30人程度だったが、現状は8,000~9,000円でボトルワインのオーダーが入ると1万2,000円になる。1日1回転ではるかに高い売上となり、顧客満足度も高い。

有力地鶏によってイメージが一気に具体化

けむりの業容はFC6店舗を含め5業態18店舗。メインブランドの「けむり」は客単価3,500円。いわゆる大衆的な焼き鳥居酒屋だ。しかしながら、この業態だけでは利益のゾーンは減ってくる。そこで、代表の小松氏(40)は2018年ごろから「高級焼き鳥店」を営業したいと考えた。そのイメージは店舗のハードは先に述べた凛とした雰囲気。しかしながら、商品に関してはそれに見合うものをイメージできていなかった。

コロナ禍となり構想はそのままとなっていた。が、ある日、以前の常連客からメールが届いた。その人物は東京からIターンによって熊本で天草大王の生産者となっていた。「コロナ禍で当社の天草大王が200羽ほど行き場を失っている。小松さんの会社で仕入れてもらえないか」という内容。早速サンプルを取り寄せて鶏料理の試作を行った。そこで最高の食味を引き出す方法が前述したドライエージングによる熟成であることを発見した。

こうして「高級焼き鳥店」のフードは決まった。ではドリンクはということで、ナチュールワインの赤・白・オレンジ・泡と合わせてみたところ、商品の歯車が見事に合致した。

小松氏は「高級業態で仕事をすることは、従業員に“成長”というプラスの効果を強くもたらす」と語る。高級業態における従業員は、高級な食材に触り、クオリティの高いメニューづくりにいそしみ、そして外食の経験値の高いお客と対面することになる。このような世界には「自分を磨く」という向上心とその実践が必要とされる。このように「焼き鳥居酒屋の高度化」は、職場の中にプラスの要素をもたらしている。

生産から消費者までを一貫して行う

次に、昨年11月、東京・日本橋にある飲食ビル・GEMSの6階にオープンした「野乃鳥」の話。店内の大部分を占めるロングカウンターがオブジェのようで、トーンを落とした照明がディナーレストランの雰囲気を醸し出す。オープンして間もなく予約が必要な店となり、いまでは平日、週末共にまんべんなく満席になっている。どのような由来の店なのか紹介しよう。

「野乃鳥」日本橋は飲食ビルの中にあり、重厚なロングカウンターが特徴

この店を経営するのは野乃鳥(本社/大阪府池田市、代表/野網厚詞)。代表の野網氏(49)は1998年5月、25歳のときに大阪・池田市に7坪の焼き鳥居酒屋をオープン。現在は、関西に10店舗、昨年1月東京に進出して新宿三丁目に出店、日本橋の店は東京2店目にあたる。

野網氏は1号店を出店してから常日頃よい食材を仕入れたいと思っていて、飲食業は生産者と一緒になって取り組むことが重要だと考えるようになった。

現在使用している鶏肉は「播州百日どり」「ひょうご味どり」「丹波黒どり」「丹波赤どり・播州赤どり」の4種類。野網氏は創業以来農協がつくっていた「播州百日どり」を仕入れて、セントラルキッチンでさばいて各店舗に配送していた。それが10年くらい前にこの鶏がなくなる可能性があることを耳にする。そこで農協に「何か協力できることがあったら私にやらせてほしい」と申し出たところ、野網氏は養鶏事業所の業務コンサルタントに任命された。

さらに農業高校の教師と交流するようになった。あるとき「授業で鶏を育てているが、それを買ってくれる先がない」と打ち明けられる。そこで野網氏はこのようにひらめいた。

当時、兵庫県の研究センターには名古屋種と、薩摩鶏をかけ合わせて、26年くらいかけて品種改良を重ねているという研究者がいた。この「ひょうご味どり」の食味は評判が高かったがコストがかかることから生産を止めるらしい。であれば、農業高校の授業で育ててもらって、それを野乃鳥が買い上げてお客に広げていけばみんなウィンウィンではないかと。この仕組みを9年前につくり上げた。いまではこの農業高校から年間800羽を買い入れている。

そしてコロナ禍を迎えた。野乃鳥では2020年3月にアイユー食品という鶏肉卸の会社を事業継承した。同社は大阪のキタから神戸・三宮の阪神間の飲食業者と取引をしている。野網氏は3年前から同社で雇われ社長を務めていたが、買い取ることにした。

こうして野乃鳥では生産者から消費者まで一貫して行うことができるようになった。そして「鳥、まるごと。」という理念を打ち出すようになった。

利用シーンと客単価別で3業態を整える

野乃鳥では現在、展開している業態がざっと3つに分かれている。

まず創業の店舗は「本店」となりカウンター6席の完全予約制で、客単価は1万2,000円くらい。東京・日本橋の「野乃鳥」は36坪30席で8,000円前後。これらは「THE野乃鳥」に位置づけている。

「野乃鳥」は3つのコースを用意。デザートは同社オリジナルのファーブルトンを入れている

次は「野乃鳥スタンダード」というカテゴリー。大阪のなんば、梅田といった繁華街や茨木、千里丘といった住宅街で展開していて3,500円から4,500円前後。

さらに、コロナ禍にあってオープンした「KOBE YAKITORI STAND」という若者向けの業態がある。この店をつくったきっかけは同社が兵庫の鶏肉にこだわって営業していることから、神戸・三宮駅高架下の商業施設に出店するオファーがあった。そこで、若い人たちに気軽に焼き鳥とワインを楽しんでいただこうとビストロ風にした。2021年1月オープン。客単価2,500円。同じバージョンで昨年4月東京・新宿三丁目にオープン。同店の客単価は3,500円。

これまで同社の店の客層は男性7割、女性3割であったが、このバージョンは女性7割、男性3割。同社ではこれまで中高年向けの店をつくっていたが、これからの経営環境を考えるとMZ世代(20代から30代半ば)に向けた取り込みは的を射たものと言えるだろう。

同社では三宮の店の繁盛がきっかけとなり東京で出店するオファーを得た。時代はコロナ禍であるが、野網氏は「これからは東京から発信することがチャンスになる」と考えた。今年は人形町と虎ノ門ステーションタワーに出店する計画があり、これから東京をベースに考え、代表である野網氏が活発に動けるように本社や関西の仕組みをつくり込んでいるという。

「野乃鳥」のオーナー野網厚詞氏は大阪から東京の店舗に出向いて焼き台に立っている

このように「焼き鳥居酒屋の高度化」は市場環境の変化と良質の食材調達の在り方を日ごろから追求している経営者によってもたらされている。このような「高度化」は外食の経験値が高まっている消費者から大いに歓迎されることであり、新しい外食のトレンドをつくり上げている。

image by: 千葉哲幸
協力:株式会社けむり , 株式会社 野乃鳥

千葉哲幸

プロフィール:千葉哲幸(ちば・てつゆき)フードサービスジャーナリスト。『月刊食堂』(柴田書店)、『飲食店経営』(商業界、当時)両方の編集長を務めた後、2014年7月に独立。フードサービス業界記者歴三十数年。フードサービス業界の歴史に詳しい。「フードフォーラム」の屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース、セミナー活動を行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社発行、2017年)。

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