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Heilbronn, Germany - November 4, 2021: A Tesla Model 3 charging at the LIDL supermarket DC charging station. Sensor parking for maximum one hour. Rainy autumn day. Selective focus.

EU議会で可決の「EV移行法」が、最後の閣僚会議でドイツ反対によって覆りかけている現状

環境問題などを理由に、欧州で急速に進む自動車のEVへの移行ですが、2月にEUが欧州議会で「EV移行法」を可決したにもかかわらず、ここにきてドイツの反対で覆りそうだということをご存知でしょうか。そんなEUとドイツのEV事情を伝えるのは、作家でドイツ在住の川口マーン惠美さん。川口さんは以前から「EUは梯子を外す可能性があるので日本は100%追随しない方が良い」と主張してきたそうですが、そのことが現実になり始めている欧州の現状を紹介しています。

プロフィール:川口 マーン 惠美
作家。日本大学芸術学部音楽学科卒業。ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ドイツ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。ベストセラーになった『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)をはじめ主な著書に『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)、『復興の日本人論』(グッドブックス)、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)がある。

「EV移行法」議会で可決もハシゴを外し始めたEU

2月14日、EUの欧州議会は、2035年からEU域内でのガソリン車、ディーゼル車、ハイブリッド車の新規登録を禁止すると決めた。つまり、これ以後、購入できるのは、EVかPHV(プラグインハイブリッド)でなくてはならない。

しかし、EVは価格が高い。いくら補助金が付いてもまだ高い。ドイツでは、車は贅沢品というよりも、少し都会を離れれば生活必需品。そもそも公共機関の十分に発達した都会もあまりない。しかも、平べったい国土に小さな市町村が点在しているので、車がなければ仕事にも、買い物にも、お医者にも行けないといった環境にいる人たちが、日本の田舎よりもさらに多い。早番、遅番のシフトで働いている人たちなど、車がなければ完全にお手上げだ。だから地方では複数の車を所有している世帯が多い。しかし、だからと言って、彼らは別にお金持ちでもなく、新車を買うことも少ない。

ドイツの中古車市場は高度に発達しており、新品同様の一年落ちの高級車から、「まだまだ走りますよ!」といった丈夫そうな中堅車まで見事に揃っている。中には、ボディ以外は使い物にならないようなポンコツもあるが、それは、エンジンから何から全部買ってきて、自分で組み立て直すのが大好きという趣味の人などがゲットする。つまり、もし、中古のガソリン車やディーゼル車が入手できなくなったとしたら、どう見ても、これまで新車は買わなかった人たち、あるいは買えなかった人たちが、高いE Vを買えるはずがないのである。

かといって、35年までにEVの中古車市場が発達するかどうかは不明だ。今、出ているEVの中古はたいして安くない。たとえ安いものが出ても、E Vの心臓部はバッテリーなので、中古のバッテリーを積んだ車を買うのは憚られる。だったら低価格のE Vはというと、小型でシティ仕様なので、子供がたくさんいたり、「夏のバカンスは南仏にしようか、クロアチアにしようか」などと考える人には不向きだ。要するに八方塞がり。

EUは昨年10月に、26年までに主要道路には60km毎に充電スタンドを作るということも決めた。それもあって、ドイツもフランスも100万の充電スタンドを作るというが、現在はそれぞれ6万と7万。あまり急いでE Vを買うと、ちょっと遠くの親戚の家に無事に辿り着けるかどうかも怪しくなる。

それでも昨年、ドイツではEVが結構売れた。連邦交通局の発表によれば、新規登録車の3分の1が、EVかPHVだったというから画期的だ。ただし、これは潤沢な補助金が去年で終了したための「駆け込み需要」であり、しかも、セカンド・カーのケースが多かった。今年の売れ行きはガクッと落ちるだろう。

ドイツ人がEVの購入に躊躇する理由は、その他にもある。たとえば電気代の高騰。値上げの勢いはガソリンやディーゼル以上だ。それどころか、価格の高騰ばかりか、しばしば発電量が需要に追いつかないという事態さえ起こっている。特に産業の盛んなバーデン=ヴュルテンベルク州では、この冬、住民に複数回、節電要請が出された。これを解消できないままEVを急激に増やすなど、はっきりいって不可能だ。

EVシフト政策を、あたかも自分の天命と言わんばかりに強引に進めてきたのが、EUの中枢機構である欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長(ドイツ人)。EUにおける最高権力者である。ただ、最近では、氏がEVシフトを進めれば進めるほど、バッテリーの生産もEVの生産も間違いなく中国に占有され、最大の市場も中国だし、EUには大した利益を齎さないということがあちこちで言われるようになっている。

自動車のエンジンは、主にドイツ、米国、日本などのメーカーが、100年もの年月と屈指の技術力で作り上げた宝だ。今やハイテク国となった中国も、それだけはどうしても真似ができなかった。しかしEVならエンジンなど不要。世界は中国の独壇場になる。そうでなくてもEVで出遅れたドイツの自動車メーカーなど、あっという間に吹き飛ぶだろう。

だから今、ドイツの自動車メーカーは、労働力、原材料、輸出コストの節約のため、息急き切って中国に生産拠点を移している。これにより、もちろんドイツの雇用は失われる。そこでフォン・デア・ライエン氏はその対策として、バッテリー生産をE Uに誘致するなどと言っているが、EUで作ったバッテリーが中国製のそれに価格で対抗できるというのは夢物語だ。太刀打ちするには、よほどの優遇措置を取らなければならないはずだが、そうなると、今度はそれがWTOの自由貿易の原則に反する。

氏が勇ましく旗を振る急激なEVシフトは、ドイツだけでなく、その他のEU国をも困窮させている。なぜなら、EU加盟国はドイツほど豊かな国ばかりではないからだ。ドイツの一人当たりのGDPは5万1200米ドル(2021年・以下も同様)だが、ブルガリアは1万2200米ドル、クロアチアは1万7700米ドル。これらの国は、ドイツのように潤沢な補助金を付けることもできないだろうから、2035年からガソリン車の登録を禁止するなどあり得ない。つまり、考えれば考えるほどあり得ないと思えてくるのが、EUのEVシフト政策である。

しかしながら、これら多くの不明点にもかかわらず、冒頭の通り、この法案は今年2月に欧州議会で可決された。あとは、3月7日の交通担当の閣僚会議での形式的な投票を待つばかりだった。ところが、ここに伏兵が現れる。昨年10月に新政権の立ったイタリアである。イタリアの交通相が、35年のEVシフトは時期尚早として反対に回った。

現在のドイツ政府は、社民党の下、緑の党と自民党が加わった3党連立政党だが、実はこの政権は一枚岩ではない。左翼イデオロギーに拘る社民党および緑の党と、自由市場経済を重んじる自民党が、さまざまな政策において常に、それも絶望的なほど対立している。EVシフトに関しても、これまで緑の党の環境相がEUのグリーンディールにガッチリと歩調を合わせ、ガソリン・ディーゼル車の駆逐に励んでいたが、自民党は違った。彼らは、内燃機関の技術と、何よりも雇用を守るため、合成燃料を使用するという条件でガソリン・ディーゼル車も残すべきだと主張していた。これはトヨタの豊田章男社長が前々から主張していたことだ。そして、ドイツの運輸省を司っているのが自民党。その自民党の運輸相が、土壇場になって翻意、イタリアと結んだ。

EUの法律は、加盟国の半分以上が賛成し、しかも、賛成した国の人口の合計が全体の65%を超えなければ成立しない。この件では、ポーランドとブルガリアが反対票を投じることはわかっていたが、そこに人口の多いドイツとイタリアが加われば法律は否決だ。そこで、破綻を恐れたスウェーデン人の議長は、大慌てで会議を延期。今のところ、次の期日は決まっていない。これでは自動車メーカーは、何を目安に経営方針を立てれば良いのかわからず困っているだろう。

日本の論調では、ドイツがまたEUの結束を見出したなどと批判的なものが多かったが、EUの庶民にとっては、「よくぞやってくれた、ちゃぶ台返し!」というところだ。しかし、もちろん、油断はできない。数年前、緑の党は、ガソリンが1リットル5ユーロになれば、人々は車に乗れず、CO2が削減できると言っていた。その彼らが環境省を握っている限り、そのうち合成燃料にも高額の税金がかけられ、庶民は内燃機関の車にもE Vにも乗れなくなるかもしれない。

ちなみに今年のダボス会議では、自家用の飛行機で飛んできた人たちが、カーシェアリングを未来のモビリティとして持ち上げていた。世界のエリートたちが描く未来図では、庶民は飛行機には乗らず自転車に乗り、車はシェア、肉ではなく昆虫を食べ、生活圏はなるべく小さくするのが正しい暮らし方のようだ。

プロフィール:川口 マーン 惠美
作家。日本大学芸術学部音楽学科卒業。ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ドイツ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。ベストセラーになった『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)をはじめ主な著書に『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)、『復興の日本人論』(グッドブックス)、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)がある。

image by : Maurizio Fabbroni/ Shutterstock.com

川口 マーン 惠美

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