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ワーゲンもベンツも中国に“重点”で冷え込むドイツ。経済の「切り離し」など不可能な2国間の現実

かつてはEUの雄とまで言われたドイツ。そんな大国から今、有力企業が相次いで脱出しているという事実をご存知でしょうか。今回、作家でドイツ在住の川口マーン惠美さんは、そんな惨状を招いた現政権の「失政」を取り上げ厳しく批判。さらに政府が何よりも優先して専念すべき政策を提示しています。

プロフィール:川口 マーン 惠美
作家。日本大学芸術学部音楽学科卒業。ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ドイツ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。ベストセラーになった『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)をはじめ主な著書に『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)、『復興の日本人論』(グッドブックス)、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)がある。

緑の党と共に破綻していくドイツ経済

2021年12月に成立したドイツの現政権は、ショルツ首相率いる社民党政権で、そこに連立として、緑の党と自民党が加わっている。この3党のうち、外務省、経済・気候保護省などを仕切り、甚大な権力を振るっているのが緑の党だが、お財布(財務省)を握っているのは自民党。

ところが、自民党と緑の党は犬猿の仲で、党内で何もすんなりとは決まらない。それどころか、争いはしばしばエスカレートし、野党の出る幕がないほどだ。その上、肝心のショルツ首相は優柔不断の上、喋ることには中身がなく、おまけに政策は緑の党の言うなり。しかし、自党の権力と政権の持続にだけは熱心とくるから、ドイツの政局はかなりお寒い状態だ。

この政権が始まったとき、ウクライナの国境にはすでにロシア軍の戦車が集結していた。そして、ドイツではまだ6基の原発が稼働中。しかし、ガスの値段はそれより1年も前からすでに上がり始めており、エネルギー危機の兆候は顕著だった。それでも政府は、政権を取った3週間後の大晦日に、嬉々として、残っていた6基の原発のうちの3基を止めた。こうして原発が3基になったところで年が明け、ウクライナ戦争が始まった。その後ドイツは果敢にも、EUの掛けたロシアの経済制裁に加わったのである。

とはいえ、当時のドイツは、ガス需要の55%、石炭の45%、石油の34%をロシアに依存していたのだ。その代替の調達先を急いで探さねばならず、まもなくハーベック経済・気候保護相の必死の奔走が始まった。これまで人権問題で責め立てていたカタールに飛び、深々と頭を下げてガスを乞うたのもこの時期だ(ただし断られた)。

その後、夏頃からガスはだんだん途絶え始め、9月初めには完全にストップしてしまった。しかし、おそらくこの時点では、ドイツ政府もロシア政府も、ようやく完成したロシアからの直結パイプライン第2弾である「ノルドストリーム2」を、まだ稼働させるつもりだったと思われる。

ところが、その新品のパイプラインが9月末、何者かに破壊され、ドイツ政府の望みは断たれた。これ以後のドイツの惨状は言語を絶する。「ガスが足りないのに、冬が来る!」

そうでなくても上がっていたガスの市場価格が青天井になった。

迷走に次ぐ迷走を重ねるドイツ政府

そんな中、再び大晦日が迫る。ところが、緑の党のハーベック経済・気候保護相は、ウクライナ戦争が長引き、ヨーロッパ情勢が不穏になり、しかも、ガスが無いという八方塞がりのただ中で、原発を止めようとした。脱原発の完遂は緑の党の50年来の夢。国民の安寧よりも、国家経済の安定よりも、何よりも重要だったらしい。

ただ、原発アレルギーのドイツ人も、流石にこの頃はエネルギーの高騰に怯え、稼働延長を希望した。そこで、すったもんだの末にショルツ首相が稼働延長に踏み切ったが、延長されたのはたったの3ヶ月半。こうして今年の4月15日、ドイツは60年余りの原発の歴史に終止符を打った。国民はエネルギー不安という嵐の中に打ち捨てられた。ただ、エネルギー不安で苦吟しているのは国民のみならず、産業にとっては死活問題だ。節電、節ガスでは国際競争力など保てるはずもない。今、堰が切れたように企業の国外脱出が始まっているのは、決して偶然ではないだろう。

脱出組の中で、一番インパクトがあったのは、世界一大きい化学コンツェルンであるBASF。BASFは100年の伝統を誇るドイツ基幹産業の一つだが、本拠地ルードヴィクスハーフェンにある工場群で一年に使うガスの量は、スイスの年間消費量よりも多かったという。ところが今、BASFは同地の工場の多くを畳み、中国に巨大なプラスチック工場を建てている。投資額は、これまで中国に進出したドイツ企業の中で最高額の100億ユーロと言われる。要するに、ドイツ脱出には会社の存亡がかかっている。

また、フォルクスワーゲン社も、“in China, for China”をモットーに、10億ユーロで超ハイテクの開発研究所を作っているし、メルセデスは1.45億ユーロで、中国市場のウェイトをさらに拡大するという。これらは全て、ここ10年間のドイツ政府のエネルギー政策の結果といえる。

ところが、現政権はそれを修正するどころか、さらに迷走。ハーベック経済・気候保護相とガイヴィッツ建設相(社民党)が、2024年よりガスと灯油の暖房器具の販売を禁止する法案を作り、夏までに国会で可決しようとしていることは前回詳しく書いた。

【関連】新築住宅でガスと灯油の暖房が原則禁止?ドイツ政府の打ち出す「暖房法案」は何が問題なのか?

つまり、「建造物エネルギー法(GEG=Gebaudeenergiegesetzes)」で、これによりヒートポンプ式(電気)の暖房への移行を強化することになる(もっとも、法案は現在、自民党が修正の提案を出しており、本当に夏までに通るかどうかは不確実)。

ところが、これらの出来事と時を同じくして、ヴィースマンというドイツ最大のヒートポンプのメーカーが、米国の空調メーカー“キヤリア・グローバル社”に1,300億ユーロで買収されたという衝撃的なニュースが駆け巡った。

これについては様々な憶測がなされているが、おそらくヴィースマン社は、メイド・イン・ジャーマニーは最終的に米国、中国、あるいは、日本から流れ込む輸入品に価格で勝てないという結論に達したと見られる。つまり、エネルギーの高コストのせいで、ドイツ国内での生産性に限界がきてしまっているわけだ。

ただ、キヤリア・グローバル社にしても、ドイツでいつまで生産を続けるかは定かではない。最初のうちは、ドイツの公金からヒートポンプ購入に際して膨大な補助金が出るので、その恩恵を被るが、いつか補助金がなくなったら、ドイツで生産するよりも、それ以外の国で作ったものを持ってくる方が利益は大きい。つまり、東西ドイツ統一の後でしばしば起こったように、買収したライバル社を最終的には倒産させるという手法が使われるかもしれない。

大きな勘違いをしているショルツ首相

一方、有名なテクノロジー企業であるボッシュも、今後、ヒートポンプ市場に参入するという。ただ、工場は最初からポーランドに建てる。結局、ドイツ政府が進めようとしているヒートポンプ移行政策で沸いているのは、ドイツ以外の国だ。ドイツ政府は、Co2削減のための施策が、ドイツに潤沢な経済発展をもたらすと主張していたが、現在起こりつつある産業の脱出は、あたかもその虚言に対する報復のようだ。

もっともショルツ首相は必ずしもそうは思っていないようで、キヤリア・グローバル社のヴィースマン買収についてのコメントは、「グッドニュース!」買収は、「ドイツが魅力的な投資先であることを証明している」のだそうだ。しかし、ドイツの企業が生産拠点として愛想を尽かしているドイツに、他の国が魅力を感じるということは、はっきり言ってあり得ない。ショルツ首相は何か勘違いをしている。米国の資本を引きつけた本当の理由は、ヒートポンプ購入につく膨大な補助金ではないか。

真のイノヴェーションというのは、大掛かりな補助金がなくても進むはずだ。もし、国民が本当にヒートポンプを求めるなら、市場は敏感に反応し、技術開発が進み、価格が下がり、移行は供給側にも需要側にも無理のないテンポで進んでいく。しかし現状は、国民はまだそれほど急速なヒートポンプへの移行を望んでおらず、ドイツ企業は採算の取れる生産の準備ができていない。それなのに政府は全て気候保護のためとして、無理やり押し進めようとしている。

ヒートポンプは裕福でない国民にとっては、補助金が出てもまだ高価で、負担が大きすぎる。結局、補助金の一番のメリットは富裕層にもたらされることになる。現在の政治は、一生懸命働いている中間層以下の国民を、あまりにも打ち捨てていると感じる。これは、やはり政府が補助金で強引に進めようとしているEVへの移行と全く同じ構図だ。

需要と供給を国が定めようとする今のやり方は、計画経済と酷似している。かつての東ドイツの「5ヵ年計画」はことごとく失敗した。「脱炭素」の旗の下の21世紀の5ヵ年計画も、このままでは産業を追い出す結果となり、雇用が失われ、経済が落ち込む。

一度出ていった企業は、後でエネルギー価格が下がったとしても、もう帰ってこない。政府は思想や建前は捨て、まずはエネルギー価格を下げ、産業と雇用を守ることに専念すべきだと思うのだが…。

プロフィール:川口 マーン 惠美
作家。日本大学芸術学部音楽学科卒業。ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ドイツ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。ベストセラーになった『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)をはじめ主な著書に『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)、『復興の日本人論』(グッドブックス)、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)がある。

image by : Foto-berlin.net / Shutterstock.com

川口 マーン 惠美

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