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安倍氏が遺した「悪しき」前例。軍装写真を嬉々として晒す政治家たちへの違和感

故安倍晋三氏が首相の座に返り咲いた2010年代前半以来、右傾化が著しいと言わざるを得ない日本社会。以前掲載の「田中角栄の予言が的中。日本を狂わせた“安倍政権の犬”が作る『戦争国家』ニッポン」でもそんな状況に対する危機感を記した、『グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた』等の著作でも知られる辻野晃一郎さんですが、つい先日、自身の懸念を裏付ける騒動が起きたといいます。辻野さんは今回、メルマガ『『グーグル日本法人元社長 辻野晃一郎のアタマの中』~時代の本質を知る力を身につけよう~』でその炎上騒動を取り上げるとともに、戦争を巡る「経済人の責務」について考察しています。

そんな写真を晒すべきか。軍装で戦車や戦闘機に乗り記念撮影する政治家たち

写真110式戦車に試乗する岸田文雄首相(首相官邸)

写真210式戦車に乗る安倍晋三元首相(時事通信)

写真3F4戦闘機のコックピットに座る菅義偉元首相(首相官邸)

(* 写真2は版権の関係で掲載できないためリンクをクリックしてください)

皆さんは、この手の写真を見てどう思いますか?勇ましくてかっこいいと感じるでしょうか?有事に国や国民を守ってくれる政治リーダーの姿として、頼もしく映るでしょうか?

私の感覚は真逆です。日本は戦争放棄を宣言した平和憲法を掲げる国です。選挙で選ばれた文民たる政治家(国民の代表者)が軍隊(自衛隊)を統制するという文民統制(シビリアンコントロール)の規定から言っても、政と軍との境目は明確にしておくべきだと考えます。自衛隊の最高指揮監督権が内閣総理大臣にあろうとも、有事でもないのに、政治家が軍装をして戦車や戦闘機に乗るような姿は、自衛隊へのサービスとして自衛隊内部で共有するだけならともかく、軽々しく世間に晒すようなことは慎むのが、日本の政治家としての嗜みなのではないかと考えます。

首相をはじめとした政治家たちのこのようないでたちを頻繁に目にするようになったのは、第二次安倍政権の頃からではないかと思います。いろいろとググってみると、旧民主党政権時代に、菅直人元首相や北澤俊美元防衛大臣が同様のいでたちをしている写真が出て来ますが、それ以外にはなかなか見当たりません。さらにさかのぼっても、田中角栄元首相はもとより、中曽根康弘元首相や宮澤喜一元首相なども、政治家になってから軍装で写っている写真を見つけることはできませんでした。やはり、以前の政治家たちは、暗黙の内にもしっかりと節度をわきまえていたのではないかと思います。

実は、この件で、先日、以下のようなツイートをしたところ、またまた炎上してしまいました(笑)。今回はこの件を取り上げてみたいと思います。

上に掲載したツイートのイメージは、最初のツイートを引用して二連ツイートしたものですが、一発目はもっと燃えました(笑)。なお、細かいですが、一発目のツイートで「軍服」としたのは正しくは自衛隊のユニフォームのことですし、「文官」とした部分は「文民」とすべきところを言い間違えたものです。

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発言を捏造して現状認識だと決めつける、あの「炎上屋」

2つのツイートとも、賛同していただいた方々の方が圧倒的に多かったのですが、ざっと全体の3~6%くらいの人たちから激しい反撃のリプをもらいました。反撃のリプはだいたい以下のようなパターンに整理することが出来るように思います。

  1. 私のことを、文民統制、自衛隊の最高指揮監督権が総理大臣であること、憲法における戦争放棄の解釈、等々について、何も知らない無知蒙昧の徒と断じて嘲笑するもの
  2. 戦争放棄や平和主義を主張することを「お花畑」と揶揄するもの
  3. 上記を私の経歴と結び付けて誹謗中傷するもの
  4. 自衛のための戦争は必要であることを主張するもの
  5. 憲法や自衛隊法、さらには国連憲章や国際法について講釈を試みるもの
  6. 他国の政治リーダーが同じことをしている写真を添付してくるもの
  7. 自衛隊を差別していると主張するもの
  8. 災害の時などの防災服や現場での作業服などと同じと主張するもの
  9. その他のいわゆるクソリプ

まず驚いたのは、非常に感情的なリプが多かったことです。そしてもう一つ驚いたのは、上記の分類でもお分かりになるかと思いますが、何故か私がツイートの中で一切何も触れていないことについて、文句を言ったり怒ったりするリプが多かったことです。

私のツイートは、政治家が軍装すること、およびそのいでたちで戦車や戦闘機と一緒に撮った写真を一般に公開することの是非について、冒頭の私見を述べただけです。自国防衛についても、自衛隊についても、安全保障についても、一切何も触れていません。にもかかわらず、ある種の拡大解釈や過剰反応を誘発させたようで、上記のようなさまざまな的外れの反応をもらいました。極めつけは、以前から炎上屋として悪名高い人物から絡まれた以下のようなものです。

辻野さんの言う日本は戦争放棄の「平和国家」論が呆れられるのって「日本さえ大人しくしてれば、世界平和は守られる!総理が最高指揮官として積極的に自衛隊を活用し、世界平和を作る側に回る必要など、全くない!」という現状認識ってリアリスティックなの?貴殿は学者でなく経営者だよね?的なお話

印象操作として意図的にやっているのでしょうが、私がまったく発言していないことを勝手に捏造して、私の現状認識だと決めつけています。そして、あたかも、経営者が平和主義を主張するのがおかしなことであるかのような指摘です。反論はしておきましたが、懲りる様子もないので深追いは止めておきました(笑)。

私はもともと、専守防衛や自衛隊の存在を否定したことなどありませんし、日本さえ大人しくしていればよいなどと思ったこともありません。ましてや、自衛隊を差別する意識などはまったくありません。憲法改定についても、やみくもに反対しているわけではなく、コンピュータのアーキテクチャやOSのように、時代に合わせた見直しの議論はあってもよいだろうと思います。ただ、9条を変える必要はないと思っていますし、今の自民党の改憲案には断固反対です。

自国の安全保障に対する考え方は、以前のメルマガVol.3のメインコラム「このまま国の形を変えてしまってもいいのでしょうか?」で詳しく述べた通りですので、ここでは省略します。しかし、先日のG7にしても、ゼレンスキーを飛び入り参加させて、対露対中軍事同盟的な側面だけが強調されたものとなった印象を持ちました。また、「広島ビジョン」なるものも、核抑止を肯定、容認する内容だったので、私の懸念は一層高まりました。

【関連】田中角栄の予言が的中。日本を狂わせた“安倍政権の犬”が作る「戦争国家」ニッポン

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好戦家たちの煽りによって容易に増幅される怒りや憎しみ

そしてこの炎上騒動では、その懸念がさらに別の形で裏付けられたようにも感じました。何だか、戦争放棄や平和主義を唱えること自体にイラつく人が増えているような、あるいは平和主義者を軽んじる風潮が高まっているような、ちょっと嫌な気分になりました。

私が社員として世話になったソニーの創業者 井深大さんと盛田昭夫さんは戦争体験者です。一般的に、戦争は市場拡大や需要喚起など、経済を拡大させるだけでなく、最先端の技術開発を促進する手段として位置付けられてきました。しかし、井深さんの主張は真逆でした。彼は、軍需産業をやりたがる経団連に異を唱え、「アメリカのエレクトロニクスは、軍需をやったためにスポイルした」と述べて憚らなかったそうです。私はそういう人が創業した会社で働くことを誇りに思っていました。

また、「財界の鞍馬天狗」の異名を持つ戦後の経済人、中山素平さんは、1990年、湾岸戦争で自衛隊の派兵が論議されていたとき、派兵に断固反対して「派兵はもちろんのこと、派遣も反対だ。改憲に至っては論外だ。第二次世界大戦であれだけの犠牲を払ったのだから、平和憲法は絶対に厳守すべきだ。そう自らを規定すれば、おのずと日本の役割がはっきりする」と語ったそうです。

ノンフィクション作家の立石泰則さんが、『戦争体験と経営者』(岩波新書)という本を出しています。フィリピン戦線から奇跡的な生還を果たしたダイエーの中内功さんや、インパール作戦に従軍して九死に一生を得たワコールの塚本幸一さんなど、生き地獄のような戦場を体験したからこそ、戦後復員してからは、徹底して平和主義を貫いた経済人を数名取り上げ、彼らの平和へのこだわりを描いた本です。

この本の中で、中内さんが京都で開催された財界セミナーに出席した際の逸話が紹介されています。議長として基調講演に立ったのは、当時の財界の権力者であった住友金属会長の日向方齊さんだったそうです。日向さんが、改憲や旧ソ連を仮想敵国とした軍拡と徴兵制の復活を声高に主張したところ、権力者を前に聴衆の誰もが沈黙を守る中、中内さんがただ一人立ち上がり、「戯れ言を言うな!」と猛烈に反論したそうです。

この本の前書きには、立石さんが長年にわたってインタビューして来た多くの経済人を振り返ったとき、「経営理念も経営手法もまったく異なる、そして様々な個性で彩られた経営者たちであっても彼らの間には『明確な一線』を引ける何かがある」とあり、「それは戦争体験の有無だ」とあります。

戦後生まれの世代が社会の大半を占めるようになった今、対米追従型の政治家たちが暴走し、軽武装・経済優先の国から重武装・軍事優先の国へと国の形が大きく変わりつつあります。格差や貧困が拡がり、対立や分断から生まれる怒りや憎しみは、好戦家たちの煽りによって容易に増幅していきます。野党もマスメディアも機能不全に陥って頼りにならないとすれば、この国が「戦争」との距離を再び縮めるようなことがないように、「おかしなことはおかしい」「ならぬものはならぬ」と言い続け、しっかりと踏み止まるのは経済人の責務でもあると考えています。

※本記事は有料メルマガ『『グーグル日本法人元社長 辻野晃一郎のアタマの中』~時代の本質を知る力を身につけよう~』2023年6月2日号の一部抜粋です。興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。

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image by: 首相官邸

辻野晃一郎この著者の記事一覧

辻野 晃一郎(つじの・こういちろう):福岡県生まれ新潟県育ち。84年に慶応義塾大学大学院工学研究科を修了しソニーに入社。88年にカリフォルニア工科大学大学院電気工学科を修了。VAIO、デジタルTV、ホームビデオ、パーソナルオーディオ等の事業責任者やカンパニープレジデントを歴任した後、2006年3月にソニーを退社。翌年、グーグルに入社し、グーグル日本法人代表取締役社長を務める。2010年4月にグーグルを退社しアレックス株式会社を創業。現在、同社代表取締役社長。また、2022年6月よりSMBC日興証券社外取締役。

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【著者】 辻野晃一郎 【月額】 ¥880/月(税込) 【発行周期】 毎週 金曜日 発行

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