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高笑いのプーチン。自ら仕掛けた「プリゴジンの乱」でさらに強まった“神通力”

蜂起の動機を含め、不明な点だらけと言っても過言ではないプリゴジンの乱。しかし反乱そのものをプーチン大統領が仕掛けたドラマと考えれば、多すぎる謎に説明がつくようです。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、プリゴジンの乱とその後の混乱をプーチン氏による「負けないための大芝居」である可能性を指摘。国際交渉人としてそう分析する理由を解説しています。

プーチンが仕組んだ大芝居か。プリゴジンの乱で変わるウクライナ戦争の潮目

プーチン大統領とは持ちつ持たれつの密接な関係にあり、ロシア・プーチン帝国復興のための汚れ仕事を引き受けるかわりに、莫大な利権を与えられてきたプリゴジン氏が、自らが率いる民間軍事会社ワグネル(Wagner)を使って、「平和のための行進」を引き起こしてから約2週間。

しばらくプリゴジン氏とワグネルの戦闘員の行方がわからなくなっていますが、恐らくは隣国ベラルーシに滞在し、北側からウクライナを狙っているのではないかと考えます。

自らへの裏切りは絶対に許さず、確実に粛正してきたプーチン大統領ですが、珍しくプリゴジン氏とワグネルを活かしておくのには何か理由があるのではないかと勘繰りたくなります。

ロシア国内で与えていたメディアのアクセスは切断・没収し、プリコジン氏が莫大な富を築き上げる母体となったコンコルド社とロシア軍との給食サービスの契約も打ち切られるなど、仕打ちは行われていますが、それはこれまでの“裏切り者”または“自己主張が過ぎる者”を真綿で首を締めるかのように処分してきたのと同じ手法なのでしょうか。

それともプーチン大統領お得意の“劇場”なのでしょうか?

前者であった場合は、しばらくするとじわじわと兆候が表れ、プリコジン氏の“悪事”が芋づる式に暴かれ、僻地の刑務所に収監されるか、ベラルーシで“軟禁状態”に置かれるかの状態になり、彼のロシアへの帰国は、プーチン大統領が生きている限りはないでしょう。

では“劇場”、つまりすべて思惑通りであった場合はどのようなことが考えられるのでしょうか?

まず、プリゴジンの乱が“撤退とベラルーシへの入国”という形で“終わり”、表面上は解決したかのように見えていますが、プーチン大統領としては振り上げた拳を下す対象が必要となり、そのターゲットになったのが、プリゴジン氏と近しいとされるスロビキン副司令官と言われていますが、実際には未だに彼の消息は知れません。

ただ粛清されたとの情報も入ってきておらず、何らかの“任務”に極秘裏に従事している可能性が考えられます。それも恐らくベラルーシに“逃れている”(実際には勢力基盤を整えている)ワグネルと合流し、北側からのウクライナ攻撃を企てているのではないかとされています(ワグネルがモスクワに接近してくる前に、モスクワを飛び立った航空機のうち、ミンスクに向かったものが何機かあるそうで、スロビキン司令官以外にも、ロシア軍幹部で姿を消しているものが数名いるらしいですが、真偽については謎です)。

別の気になる情報は【ワグネルの乱の1週間ほど前にロシアの戦術核兵器がベラルーシに配備されたこと】。

これまでのところ、ベラルーシのルカシェンコ大統領は「ロシアが配備した核兵器にワグネルがアクセスすることはない」と断言していますが、同時に「ロシアの許可なく、国家安全保障のために必要と判断した場合には、ベラルーシが使用する権限を有する」という発言は、自己矛盾を生んでおり、その真意が非常に気になります。

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プリゴジンを使い国内外を欺くという作戦に出たプーチン

ワグネルとプリコジン氏がベラルーシ国内に配備されたロシアの戦術核兵器にアクセスできるかどうかは確かに気になるところですが、それ以上にルカシェンコ大統領の“発言内容”が気になります。

ルカシェンコ大統領は本気でそう考えているのか?それとも、報じられているように、蔑まれてきた立場からの復活をアピールするための誇張なのか?(プーチン大統領は黙認)または、ロシアが仕掛ける作戦の一環なのか?

1つ目と2つ目はセットだと思われますが、地域で在位最長の独裁者の異名を取るルカシェンコ大統領は、度重なる国内での政治の乱を乗り切るにあたりロシア軍(そしてワグネルなど)の力を借りてきたため、対ロシアに引け目を感じているというのは理解できますが、今回、表向きにロシアとプーチン大統領に貸しを作る形になったため、ベラルーシ国内向けに“強いリーダー”というイメージを再構築させるための策と見て取れます。そしてその背後には“プーチン大統領とロシア政府高官たちからの見返り”としてのヨイショも存在しています。

その上で戦術核兵器については、ベラルーシの防衛のための抑止力的に存在させることはしても、実際に使うことはないと見ています。

これは「もしウクライナが旧ソ連の核ミサイルを諦めていなければ、ロシアによる侵攻は起きなかったか」という問いにもつながりますが、ウクライナのケースについては、「そんなことはなく、ウクライナに存在していた核は耐用年数を超えており、もろもろの事故の可能性があることから廃棄されてよかった」という面と、「でもやはり存在したら、違ったのではないか」という面が混在しますが、ベラルーシの場合は、ロシアの最新鋭に近い戦術核兵器が配備されていますので、ロシアとの連結国家体という状態が継続する限りは、大きな侵略に対しての抑止力にはなります。

そしてそれは同時に“ロシアによるベラルーシ侵略”を防ぐことも意味しますが、もしかしたら政治的にロシアがベラルーシを併合していくプロセスが加速することも考えられます。

それには、もちろん、“ロシアが対ウクライナ(対NATO)戦争で負けなければ”というBig Ifがありますが。

では“ロシアが仕掛ける作戦の一環”だったとしたらどのような感じなのでしょうか?

日に日に発言力を増し、ロシア軍幹部に対する批判的な言動も増えてくる中で、緊張感高まる対立状況を創り出し、プリコジン氏とワグネルを使って危機的状況をあえて作りだして、戦争執行中のロシア軍内のいらぬ混乱を鎮め、士気と統率を再度高めるために、国内外を欺くという作戦だと表現できます。

「ロシア軍の高官が事前に察知していて、それであえて動かず、ワグネルに行動しやすくした」というように、スロビキン司令官をまず表向きに非難することで幕引きを図ろうとしていますが、恐らく今回の企みは事前にプーチン大統領とプリコジン氏が打ち合わせた上のドラマであり、本格化するウクライナによる反転攻勢に備えるため、ロシア軍とワグネルの再配置と対ウクライナ攻撃の戦略のアップグレードを行ったものと思われます。

ルカシェンコ大統領を使って、ワグネルとプリコジン氏を一旦、ベラルーシ入りさせ、そこで8,000人収容の宿営地を準備してもらってそこにワグネルの戦闘員を動かしたように見せて、ロシアとベラルーシの関係の変化・亀裂を演出しつつ、プリコジン氏には身を隠させていろいろな憶測をさせたうえで、じっくりと新しい戦略の立案と体制の再編成を行わせるという目くらませをするという戦略が考えられます。

実際のワグネルの戦闘員は5万人強と言われ、そのうち、ウクライナ南部に投入されていたのが2万5,000人、残りの2万5,000人の戦力が装備と共にベラルーシに移動したという分析が上がってきています。

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キーウを訪問したCIA長官の「とんでもない要請」

肝心のプリコジン氏は、一応ベラルーシにいると思われますが、誰もその姿を確認しておらず、ワグネルのベラルーシ入りの際に抜け出してロシア国内に“潜伏”していて、そこで同じく消息不明のスロビキン司令官と合流しているという見立てもあります(そして、鵜呑みにするのは危険だと思われますが、7月6日のルカシェンコ大統領のインタビューにおいて、プリコジン氏がもうベラルーシにいないと明かされました)。

そこでウクライナ攻撃のための新しい戦略を準備していると言われていますが、ワグネルの乱以降、再編成されているロシア軍の配置は、これまでワグネルがいたバフムト周辺とドニエプル川東岸近辺で補強されて防衛線を守ると同時に、ザポリージャ原発周辺、カホウカダム近辺からは“撤退”して、ロシア軍の防衛の壁を形成しているのが分かります。

その上で、NATOからのF16の供与をはじめとして、ウクライナサイドの防空体制が整う前に無人攻撃機(ドローン)、長射程の誘導ミサイル、Su57などからの長射程の攻撃などを織り交ぜ、ウクライナ東南部、西部(ポーランド国境近くのリビウ近辺)、首都キーウなどへの攻撃を行うことで、ウクライナの部隊間の連携を物理的に寸断しています。

それが奏功しているのかは分かりませんが、ウクライナによる反転攻勢は、ゼレンスキー大統領も認めるとおり、予定していたより遅れています。それはアメリカの統合参謀本部議長による議会への報告にもありますし、先日、極秘裏にキーウ訪問したバーンズCIA長官も認識しています。

しかし、NATO内では、対ウクライナ支援の継続は、“今のところ”変わらないとされていますが、ウクライナ側の反転攻勢が思うように進んでいない理由を、ゼレンスキー大統領の説明通りに受け取ることはなく、あくまでも状況をよりダイナミックに表現することでさらなる支援を引き付けようという魂胆があるとみているようです。

例えば、フランス国内の暴動は、ウクライナ問題と直接つながっていませんが、国民の不満の爆発により、マクロン政権によるウクライナへの傾倒も非難の的になってきていますし、英国では、ウクライナ戦争の長期化により、悪化の一途を辿るインフレとエネルギー価格の高騰、食糧への不安、そして公的社会福祉サービスの悪化などが顕在化してきています。

そして肝心のアメリカでは、この秋ぐらいから来秋の大統領選挙キャンペーンが本格化し始めることもあり、先述のバーンズCIA長官の訪問時に「米国の政治日程に鑑みて、この秋くらいに一旦、停戦交渉に入るようにしてほしい」という“とんでもない”要請をしたようです(こちらはウクライナ政府から聞かされました)。

このような状況を見て、ほくそ笑む人がいますが、それは誰でしょうか?

プーチン大統領は確実にその一人です。

プリコジンの乱によって彼の神通力が弱まり、ロシア政府内ですでにポスト・プーチン大統領の権力争いが始まっていると報じたメディアも数多くありましたが、実際にはそれどころか力は強まっており、統制力も上がっているという情報もあります。

戦争を長期化させ、仮に勝てなくても負けない戦争を続けることで、NATO諸国を支援疲れに陥らせるだけではなく、同時にNATO諸国の内政問題を燃焼させて混乱に陥らせるという“狙い”の一つが現実化する方向に進みつつあります。

もしこのまま長期化し、NATO諸国がじわりじわりと支援の輪から脱落していったとしたら、ロシアやベラルーシと国境を接するバルト三国やポーランドなどのNATO加盟国は「次は私たちで、きっとNATOに見捨てられる」と感じるようになるかもしれません。

すでにその“不安”は顕在化し始めており、ついにはポーランドのドゥダ大統領は「NATOはポーランドに核兵器を配備しなくてはならない」とまで公言するようになっており、NATOの覚悟を試すような姿勢が出てきています。

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真剣に心配するレベルにはないロシアの核兵器使用

それと並行して、ロシアによる周辺国の囲い込みは加速しようとしており、すでに連結国家体になっているベラルーシ、ロシアに侵攻されたのにロシア寄りになるジョージア、一定の距離を置きつつロシアを支持するカザフスタンとほかのスタン系の国々、そしてイラン、トルコ、中国、インドなどとの関係強化が進んでいます。

これらの国はFriend-Enemy(“frenemy”)とも呼ばれる国々ですが、ロシアの敗戦を防ぎ、戦争を長期化させている国々でもあります。

そしてワグネルつながりでは、マリを中心として、ロシアは着々と西アフリカ諸国との関係を強め、そこに南アが加わることで、アフリカもロシアに対するシンパシーを強める方向に傾いていますし、東アフリカ諸国は中国が地盤固めを進めていることもあって、気が付けばアフリカ大陸全体が国家資本主義陣営の緩いつながりに含められてきていることが見えてきます。

こうして国際舞台においてロシアシンパまたは表面上中立の立場を取り、対ロ(対中)制裁の輪には加わらない国々が増加傾向になってきました(そういえば、最近、メディアも国連における投票結果を報じなくなりましたが、どうしたのでしょうか?)。

戦況については、遅々として進まない反転攻勢が現実としてありますが、ウクライナ側の説明は「まだ2割ほどの戦力しか投入しておらず、ロシアの防衛戦の穴探しをしている。精鋭部隊が投入されるのは、その穴が見つかってからだ」というものもありますが、これまでメディアを通じて馬鹿にしてきたロシアの1940年代の戦車が大量にシベリアからウクライナ東南部の前線に運ばれ、それがロシアの防御線を担う大砲として配備され、2重3重にも守りが固められ、同時に空からの攻撃支援が本格化してきていることで、ウクライナ軍の出鼻を挫きだしたことも一つの理由と考えられます(軍事専門家の方たち曰く、「ウクライナ軍がロシアのこの旧式戦車による防衛戦を破るのはかなり困難だろう」とのこと)。

そうしているうちにロシアが執るウクライナの主要都市が同時に爆撃・ミサイル攻撃を受け、インフラ設備を破壊し、補給線を断つ戦略が効きだしてきています。「F16が投入されたら、きっと戦況が反転する」という希望的観測もありますが、パイロットと支援部隊の習熟度が低いまま投入されても、もしかしたらロシアの最新鋭戦闘機の餌食になるだけかもしれません。何しろ、ロシア空軍はまだSu57やSu75を本格的に実戦投入しておらず、その必要性もまだ感じていないということです。

つまり、出ては消える“ロシアによる核兵器使用の恐怖”は、まだ真剣に心配するレベルには達していないと思われ、NATO諸国での軍事支援の加速のための口実に使われているにすぎないと見ることが出来るでしょう。そして、今、話題のザポリージャ原発を爆破するかもしれないという懸念も、恐らく誇張されているものであると思われます(ただし、ロシア軍が周辺地域からいなくなり始めていることも確かですが、それはロシアが戦略的に仕掛ける心理戦ではないかと考えます)。

実際のところ、戦況は膠着状態に陥っており、あまり進捗していませんが、ロシア側もウクライナ側も停戦協議のテーブルに就くことが出来る最低限の条件を獲得できておらず、まさに袋小路に陥っているというのが、調停グループが行った分析と見解です。

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プーチンが転換したウクライナ戦争の戦略目標

迫害と粛清の恐れがありながらロシアに戻ったらしいプリコジン氏。

2万人越えのワグネル戦闘員を受け入れたベラルーシとルカシェンコ大統領の狙い。

イメージ戦略と揶揄されながらも、国内各所に出没して“国民との対話”を行うプーチン大統領の狙い。

ワグネルの乱後、ワグネルの戦闘員を称え、3つの選択肢(ロシア軍に入るか、除隊して故郷に帰るか、それともベラルーシに移ってウクライナ攻撃を行うか)を突き付けたプーチン大統領ですが、実際には3つ目以外のオプションはないことを示し、ウクライナを北から攻める主力部隊に変えてしまうマジック。

姿を消したスロビキン司令官の動向。

いろいろと不可解な状況が今回のワグネルの乱を巡って生まれています。

そして最近、空回りが目立ちだしたウクライナとそのサポーターたちの現状やNATO加盟国間の温度差、NATO加盟国内の混乱の激化と市民生活への負の影響の拡大、自国の政治問題が緊迫化してくる欧米諸国のジレンマ、などウクライナにとっては懸念される状況が多発してきており、ウクライナが反転攻勢に賭けることが出来る残された時間はもうあまりないように思えてなりません。

このところ、プーチン大統領とロシア軍は戦略目標を「ウクライナとゼレンスキー政権への致命的な打撃と親ロシア政権の樹立とロシアへの編入」から「クリミアを死守し、ドネツク州・ルガンスク州・ヘルソン州・ザポリージャ州などの実効支配を固定化することで、決して“負けることがない”状況を作り出すこと」に変更したそうです。

もしそうなのだとしたら、ワグネルの乱とその後の混乱は、もしかしたら“負けない”ためにすべて仕組まれた大芝居なのかもしれません。

今週に入ってまたロシア・ウクライナ双方から、調停グループに連絡が来るようになりました。

これが何を意味するのか。まだ私は意図を読み切れていない気がしますが、この忌々しく、一般市民の日常を奪うだけの戦いが一日も早く終わるきっかけに繋がってほしいと切に願うばかりです(もしそうなら、もちろん精一杯お手伝いします)。

以上、国際情勢の裏側でした。

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image by: Anton Veselov / Shutterstock.com

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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