MAG2 NEWS MENU

全米の保守層が怒り爆発。人気ビール「バドライト」が売上激減のワケ

法令遵守と多様性の尊重が重要視される現代社会では、企業がポリティカル・コレクトネスを重視する姿勢を見せることも求められています。しかし、どこに向けて何を見せていくかを間違うと、企業価値を大きく損なってしまうこともあるようです。今回のメルマガ『週刊 Life is beautiful』では、Windows95を設計した日本人として知られる中島聡さんが、アメリカの人気ビール「バドライト」が、広告をきっかけに30%も売り上げを落としてしまった事例を紹介。背景にある米国社会の分断について詳しく解説し、次期大統領選にも大きな影響を及ぼすと分析しています。

プロフィール中島聡なかじま・さとし
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。

分裂する米国社会と、Social Network時代のマーケティング

米国社会に分断が進んでいる、という話は以前にもこのメルマガに書いたことがあると思いますが、それを象徴するような事件が起こったので、紹介します。

ことの発端は、「全米で最も売れているビール」として知られていたBud Lightの広告に、1000万人のフォロワーを持つ、Dylan Mulvaneyを採用したことでした。Dylan Mulvaneyは、2019年に大学を卒業してから俳優・コメディアンとしてのキャリアをスタートしましたが、新型コロナの影響で仕事を失い、それをきっかけにTikTokでトランスジェンダー(生まれは男性、心は女性)としての自分を正直に語ることにより、爆発的な人気を得ることに成功しました。

去年の10月にはバイデン大統領と面談し、そこでの保守層を批判する会話が、極右勢力を刺激し、彼らは執拗に彼女をソーシャルメディアで攻撃するようになっていました。その後、彼女は12月には、顔を女性らしくする手術を受け、今年の2月にはグラミー賞に招待されるなど、メディアの注目も集めていました。

そんな彼女を、Anheuser-BuschがBud Lightの宣伝に起用したのが、今年の4月です。Anheuser-Buschとしては、彼女が持つ1000万人のフォロワーにリーチするためだったのでしょうが、それが全米の保守層の怒りを買うことになりました。

Bud Lightを殺傷能力が高いことで知られるAK-15という銃で打つ姿をTikTokで公開する人、Wallmartの棚に陳列されたBud Lightにイタズラをする様子をTwitterで呟く人など、爆発的な勢いで、Bud Lightに対するネガティブ・キャンペーンが繰り広げられることになってしまったのです。

通常、この手の「嵐」は1、2週間過ぎれば落ち着くものですが、それは7月の今でも続いており、Bud Lightの売り上げは30%落ち、「全米で最も売れているビール」のタイトルを失うことになってしまったのです。結果として、Anheuser-Buschの株価も大幅に下がり、株価総額で$25billion(3兆円強)が失われたことになります。Bud Lightが被ったブランド・イメージの毀損は、いくら広告費をかけても取り戻せないぐらい深いものになってしまったと言えます。
●参照:Dylan Mulvaney: Bud Light loses top spot in US after boycott – BBC News

この記事の著者・中島聡さんのメルマガ

初月無料で読む

日本に暮らしている人には理解しにくい現象だと思いますが、その背景には、米国社会にある大きな分断があります。

日本にも伝わっている、

などの、いわゆる米国の「political correctness」は、実際には、西海岸・東海岸に暮らす、学歴が高くて恵まれた生活を送っているリベラル層の意見でしかありません。しかし、それらは「正論」であるが故に、メディアにも多く取り上げられるし、あたかも「米国の大半の人がそう考えている」ようなイメージが作られ、反対意見を声高に語りにくい風潮が作られてしまっています。

結果として、保守層の人々は、彼らの意見が「封じ込まれている」と感じているし、「メディアはリベラル層によって操られている」と感じているのです。

今回は、そんな彼らの不満の捌け口として、Bud Lightへの攻撃が起こってしまったのです。してはいけないとされている、性的マイノリティに対する差別発言の代わりに、トランスジェンダーの俳優を広告に起用したBud Lightへの不買運動が起こったのです。

今回の件は、消費者向けのビジネスをしているすべての会社にとって、良い反面教師になっただろうと思います。会社として「political correctness」を追求することは重要ですが、その動きに不満を持っている保守層を刺激するようなことは、可能な限り避けなければならないということです。右に傾き過ぎれば、メディアから叩かれるし、左に傾き過ぎれば、Anheuser-Buschのような目に会うのです。

ちなみに、2016年の大統領選に勝って45人目の米国の大統領になった、ドナルド・トランプ氏は、まさにこの「リベラル層のpolitical correctnessに虐げられていると感じている保守層」の心を上手に掴むことにより選挙に勝つことに成功しました。

この記事の著者・中島聡さんのメルマガ

初月無料で読む

「メキシコとの国境に壁を作るべき」「移民は追い出すべき」「地球温暖化など起こっていない」など、リベラルなエリートから見れば「トンデモ発言」を繰り返す「泡沫候補」だったはずのトランプ氏が、大方の予想を裏切って共和党員による予備選に勝ち、実際の大統領選でも、Facebookを活用したフェイクニュースにより大きなダメージを受けたヒラリー・クリントン氏に勝ってしまったのです。

トランプ氏が過去に行ったセクハラ発言のビデオなどが公開されても、彼の支持率には全く影響を与えなかった理由は、ここにあります。

2024年の各党の候補が誰になるかはまだ決まっていませんが(「現職のバイデン氏 vs.返り咲きを目指すトランプ氏」になる可能性が高いと言われています)、結局は、「political correctness」を掲げるリベラル vs.「political correctness」に不満を持つ保守層の戦い、になることが目に見えています。
(『週刊 Life is beautiful』2023年7月11日号より一部抜粋、続きはご登録の上お楽しみ下さい。初月無料です)

この記事の著者・中島聡さんのメルマガ

初月無料で読む

image by:Jenari/Shutterstock.com

中島聡この著者の記事一覧

マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。IT業界から日本の原発問題まで、感情論を排した冷静な筆致で綴られるメルマガは必読。

有料メルマガ好評配信中

  初月無料で読んでみる  

この記事が気に入ったら登録!しよう 『 週刊 Life is beautiful 』

【著者】 中島聡 【月額】 初月無料!月額880円(税込) 【発行周期】 毎週 火曜日(年末年始を除く) 発行予定

print

シェアランキング

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MAG2 NEWSの最新情報をお届け