「中台戦争はアメリカが仕掛けているのではないか?」という質問が、メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』の著者で国際関係ジャーナリストの北野幸伯さんのもとに届きました。北野さんは、世界にあるいくつかの情報ピラミッドに洗脳されないよう注意を促しながら、アメリカと中国のそれぞれの思惑について解説します。錯綜する情報、一体何が「事実」なのでしょうか?
中台戦争は、アメリカ軍産複合体が煽っているのか?
読者のKさまから、質問が届いています。
<北野様
事実をもとにした洞察に、大変影響を受けております。いつもありがとうございます。北野様に一つご意見をいただきたくメール致しました。私のある先輩が、
「中台戦争は、兵器の在庫を一掃したいアメリカ(政府や軍産複合体)が日本などに売りつけるため、メディアを通して煽って、仕掛けている。メディアだけをみていては本質は見抜けない」
といった考え方をしているのですが、北野様はこの意見に対してどうお考えでしょうか?ご意見賜れますと幸いです。>
お答えします。
中国の意図
まず、中国。
中国は、いったい何をしたいのでしょうか?「台湾独立を阻止したい」のです。「台湾の独立を阻止すること」が目的で、手段は選びません。武力行使でも、台湾における政界工作、世論工作でもいいのです。ただ、武力行使をすればアメリカが出てくる可能性が高い。それで、簡単にはいきません。
中国は、どんなケースで、台湾侵攻を決断するのでしょうか?
・武力侵攻して勝てると確信した時
・台湾が独立宣言した時
まず、「武力侵攻して勝てると確信した時」について考えてみましょう。
習近平にとって、プーチンのウクライナ侵攻は、いいモデルケースです。欧米と日本は、どんな制裁を科してくるのか?欧米と日本は、ウクライナにどんな支援をするのか?その結果、ロシアはどうなるのか?プーチンはどうなるのか?これらすべてを、「自分が台湾侵攻を決断したら欧米と日本はどう動くのか?」の参考にしているのです。
ですから、日本と欧米は、プーチンを負けさせなければなりません。そうなると習近平は、「ウクライナに侵攻したプーチンは負けた。俺が台湾に侵攻すれば、プーチンと同じように負ける可能性が高い」となり、台湾侵攻の可能性が劇的に減ります。
もう一つ、「台湾が独立宣言した時」について。
この場合、習近平は、自分自身のメンツにかけて、「勝ち負けのことを考えず」侵攻に踏み切るでしょう。そうなると、日米台 対 中国の戦争がはじまります。だから台湾は、少なくとも現時点で独立宣言すべきではないのです。「非情」な感じもしますが、日米台 対 中国の戦争は、日本にとっても世界にとっても「大災害」です。これは、なんとしても回避する必要があります。
ちなみに、アメリカは、ウクライナに武器支援を行っていますが、戦闘に参加してはいません。しかし、台湾有事の際は、米軍が戦闘に参加する可能性が高いです。少なくとも、バイデンさんがそういっています。2022年9月19日。
<バイデン米大統領は18日に放映されたCBSの番組のインタビューで、中国が侵攻した場合、米軍は台湾を防衛すると言明した。台湾有事の際の対応に関してこれまでで最も明確な発言で、中国は米国に対し「厳重な抗議」を行ったと表明した。>
これは、「ハッタリ」でしょうか?実際に台湾有事が起こってみるまでわかりません。しかし、この発言で、中国が台湾に侵攻しづらくなったのは確かでしょう。
アメリカの意図
次にアメリカの意図を考えてみましょう。
アメリカは、中国との戦争を望んでいるのでしょうか?アメリカは、中国との戦争を望んでいません。なぜわかるのでしょうか?
もしアメリカが戦争を望んでいるのなら、それを簡単に起こす方法があります。そう、蔡英文さんに「独立宣言」をさせるのです。その際、「独立を宣言すれば、アメリカは即座に承認する。中国が侵攻してきても米軍が台湾を守る。恐れず独立宣言をするように!」といえばいい。
ところが、アメリカは、台湾の独立に反対しています。現状G7の「中国、台湾政策」の根本はなんでしょうか?
・台湾の独立は認めない
・しかし、中国による武力侵攻も認めない
です。要するに、「現状維持で行きましょう」ということ。一つ証拠を挙げておきましょう。「G7広島サミット」の「首脳共同声明」に以下のような文があります。
<我々は、国際社会の安全と繁栄に不可欠な台湾海峡の平和と安定の重要性を再確認する。台湾に関するG7メンバーの基本的な立場(表明された「一つの中国政策」を含む)に変更はない。我々は、両岸問題の平和的解決を促す>
この「一つの中国政策」というのは、要するに中国と台湾は「一つの国」という意味です。だから日本も欧米も、事実として台湾の独立を認めていません。
では、日本と欧米は何に反対しているのでしょうか?「武力侵攻」に反対しているのです。これが「事実」です。
ちなみに、私個人の意見を聞かれれば、台湾が将来独立を勝ち取ることを願っています。しかし、ここでは、「各国政府レベル」の話をしています。アメリカは、G7広島サミットがあった今年5月時点でも、「一つの中国政策」を支持している。
もしアメリカ(とバックにいるとされる軍産複合体)が戦争を望むなら、反中親米の蔡英文さんがいるうちに「独立宣言」をさせるでしょう。それで、確実に戦争がはじまります。しかし、実際のアメリカは、戦争をしないように尽力しているのがわかるのです。
アメリカ「対中戦略」の本質
アメリカの対中戦略の本質を知っておきましょう。
バイデンが大統領になったとき、アジアの「バランス・オブ・パワー」は崩れていました。中国が突出して強い状況だった。こういう状況では、戦争の可能性が高まります。つまり中国が、「台湾に侵攻しても楽勝だ」と考え、実際に行動を起こす可能性がある。そこでバイデン政権はどうしたのでしょうか?
・クアッド(日本、アメリカ、インド、オーストラリア)を強化した
・AUKUS(アメリカ、イギリス、オーストラリアの同盟)を立ち上げた
・IPEF(インド太平洋経済枠組み)を立ち上げた
・民主主義サミット(109の国と2つの地域が参加)を立ち上げた
・トランプ時代悪化していたNATOとの関係を修復し、対ロシアだったNATOを「対中」にもシフトさせた
・日米関係を改善させた
・トランプ時代悪化していた日韓関係を改善させた
これらすべての動きは、崩れていたアジアの「バランス・オブ・パワー」を回復させるための動きです。そして、中国包囲網が着々と築かれ、中国が「動きにくい状態」が生まれてきたのです。
ちなみに、「反中国包囲網」というと「物騒」な感じがします。しかし、実際には「バランス・オブ・パワー」を回復させ、【 リアルな戦争を回避するため 】の動きなのです。バイデン政権の動きを丁寧に追って見てみれば、そこに「戦争を起こそうとする軍産複合体の意図」は見えてきません。むしろ、はっきりと「戦争を起こさない政策」をしています。
「軍産複合体を儲けさせるために、アメリカ政府は煽る」
こういう物事を極めて単純化した考え方、私は中国サイドから流され、かなり多くの人が信じ込まされているのだと思います。
情報ピラミッド、使用上の注意点
私は常々、「情報ピラミッド」について言及しています。世界には、いくつかの情報ピラミッドがある。
・米英情報ピラミッド(日本はこの中にある)
・欧州情報ピラミッド
・クレムリン情報ピラミッド
・中共情報ピラミッド
・イスラム情報ピラミッド
など。情報ピラミッドには、「使用上の注意」があります。それは、
・米英のダークサイド情報は、米英情報ピラミッド内では見つからない
・米英のダークサイドを知りたい人は、他の情報ピラミッドにアクセスしなければならない
要するに、米英のダークサイドは、「クレムリン情報ピラミッド」や「中共情報ピラミッド」に流れているということです。ちなみに私は、2014年に集英社から出版した『クレムリンメソッド https://www.amazon.co.jp/dp/4797672811』の中で、「バイデンの息子のハンター・バイデンが、ウクライナのエネルギー企業ブリスマの取締役になった」という事実を紹介しています。これは、「クレムリン情報ピラミッド」からの情報でした。この件が日本や欧米で騒がれる5~6年前から、私はこの事実を知り、本に書いていたのです。
では、情報ピラミッドの「間違った使い方」とは何でしょうか?
皆さんが、たとえばロシアのダークサイドを知ろうとすれば、「クレムリン情報ピラミッド」にアクセスしてもわかりません。クレムリン情報ピラミッドには、「クレムリンに都合のいい情報しか流れていない」のですから、しかし、既述のように、「クレムリン情報ピラミッド」には、米英の支配層に都合の悪い情報は出ています。
今日本の言論空間、特にネットで起こっていることは何でしょうか?問題は?「アメリカが諸悪の根源論者」が「クレムリン情報ピラミッド」や「中共情報ピラミッド」の情報を、あたかも真実であるかのように垂れ流していることです。「台湾戦争をしたいのは、アメリカだよね。軍産複合体を儲けさせるために」とか。
これらの情報は、中国から流されているフェイクでしょう。実際のアメリカの動きを丁寧に追っている人は、アメリカが、台湾有事を望んでいないことがわかります。
繰り返しますが、アメリカ(と米軍産複合体)が戦争を望むなら、台湾に独立宣言をさせるだけでいい。ところが、実際のアメリカは、「一つの中国政策を支持する」と宣言しています。
世の中には、洪水のように情報があふれています。その中でテレビ情報だけ見ていれば、あまり真実はわからないのでしょう。そこを、中ロは突いてきます。
「あなた、テレビだけ見ていては真実はわかりませんよ。だって、日本は、米英情報ピラミッドの支配下にあるのですから」
そして、「中共情報ピラミッド」「クレムリン情報ピラミッド」の情報を、あたかも「真実」であるかのように吹き込みます。しかし、「情報源」は隠されているので、受け取り手は、自分が「中共情報ピラミッド」「クレムリン情報ピラミッド」に洗脳されていることに気がつかないのです。
彼らはテレビとは違う情報を知ったことで満足し、「世間の人たちは『情報弱者』だ」などといいます。しかし、実をいうと彼らは、中ロの情報ピラミッドに洗脳されているだけなのです。
リアルに戦争が起こっている今、激しい情報戦が起こっています。私たちは、米英情報ピラミッドにも、中共、クレムリン情報ピラミッドにも踊らされないよう気をつけましょう。
(無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』2023年7月19日号より一部抜粋)
image by: lev radin / Shutterstock.com
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