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排外主義的な「スパイ防止法」自民案にチラつく統一教会の影。今こそ真にフルスペックの防止法を制定せよ

諸外国からスパイ天国と揶揄されるほど、さまざまな国の諜報員が「野放し状態」になっていると言っても過言ではない日本。他国並みの「スパイ防止法」の制定を求める声は少なくないものの、未だ実現に至りません。その原因はどこにあるのでしょうか。今回、政治学者で立命館大学政策科学部教授の上久保誠人さんは、「中道主義」である自身がフルスペックのスパイ防止法を求める理由を、これまでの経験を交えつつ解説。その上で、我が国で同法を成立させるために必要不可欠な条件を提示しています。

プロフィール:上久保誠人(かみくぼ・まさと)
立命館大学政策科学部教授。1968年愛媛県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、伊藤忠商事勤務を経て、英国ウォーリック大学大学院政治・国際学研究科博士課程修了。Ph.D(政治学・国際学、ウォーリック大学)。主な業績は、『逆説の地政学』(晃洋書房)。

安倍政権以降の無品格。スパイ防止法の制定前に乗り越えるべき壁

中国で「改正反スパイ法」が施行された。「反スパイ法」とは、2014年に制定されたスパイ行為の取締り強化を目的にした法律である。この法律をめぐっては、スパイ行為の定義があいまいで、法律が恣意的に運用される懸念があった。実際、中国在留の日本人が、スパイ行為に関わったなどとして、少なくとも17人が拘束され、9人が実刑判決を受けている。

現在、拘束されている日本人の早期開放の目途は立っていない。ところが、今回の改正で、従来の「国家の秘密や情報」に加えて「国家の安全と利益に関わる文書やデータ、資料や物品」を盗み取り、提供する行為が新たに取締りの対象となるなど、スパイ行為の定義が拡大された。中国の当局による取締りがさらに強化され、日本人の安全が一層脅かされると不安視されている。

海外で拘束されている自国民を早期開放させるために、自国に入り込んだその国のスパイを摘発し、自国民と交換する「スパイ交換」という手法が世界の主流だ。中国の「改正反スパイ法」に対抗するために、日本でも「スパイ交換」ができる法律の整備が必要だという主張がある。

自民党内には、外国による「スパイ活動を取り締まる法律」(以下、「スパイ防止法」)整備に向けた提言を年内に取りまとめようとするグループ(以下、推進派)がある。議員立法で、外部からの諜報活動に対抗して、機密情報が外部に漏出するのを阻止する「カウンター・インテリジェンス」に関する法律の成立を図る。同時に、公安調査庁、警察庁外事情報部、防衛省情報本部などカウンター・インテリジェンスに関係する部門が乱立している状態を解消し、これらの統合をする法律を閣法(政府提出法案)で実現する、という提言になるとみられる。

一方、「スパイ防止法」については、1985年に中曽根康弘内閣が初めて法案を国会提出して以来、根強い反対派が存在し、その制定を阻止してきた。反対派は主に、リベラル派のメィア、弁護士、市民団体、共産党など政党に幅広く広がっている。

反対派の主張は、「スパイ活動」の内容が広範囲・無限定であり、結果として「調査・取材活動、言論・報道活動、日常的会話等のすべてに対して、当局の恣意的な取り締まりを許してしまう」というものだ。つまり、「スパイ防止法」は人権侵害の危険が大きいと批判しているのだ。

私は、大学教員の立場から、「スパイ防止法」の制定に肯定的である。その理由は、日本の大学が国際化を進め、海外との先端的な学術研究のネットワークの構築や、海外からの優秀な研究者・学生を受け入れて、かつ言論の自由、思想信条の自由、学問の自由を守るために必要だからだ。

中国から向けられた自由な言論・学問に制限をかける「圧力」

保守派が支持する「スパイ活動を取り締まる法律」は、どこか排外主義的な匂いがするものだ。私は、逆説的だが、ヒト、モノ、カネが国境を越えて自由に移動するグローバル社会の中で、日本が多様な人々を積極的に受け入れて成長しつつ、国民が安心・安全に暮らせる社会になるために「スパイ防止法」が必要だと思うのだ。

現在、大学の教育・研究の国際化は、難しい問題に直面している。日本は少子高齢化が進む中、日本人の若者だけで優秀な人材を確保するのは困難だ。海外から優秀な人材を受け入れる必要がある。しかし、それは大きなリスクが伴っているのだ。

例えば、日本の最先端の技術が海外に流出し、国の安全が脅かされる「経済安全保障」の懸念を大きくする。特に、中国から来る留学生・研究者の受け入れることにはリスクがある。中国では「国家情報法」「会社法」「中国共産党規約」などの法律や規約によって、国民が国家情報工作に協力することを義務としているからだ。

特に、「国家情報法」は、「いかなる組織及び個人も、法律に従って国家の情報活動に協力し、国の情報活動の秘密を守らなければならない。国は、そのような国民、組織を保護する」と定めている。この義務の下、中国から来た留学生、研究者が、日本の企業や大学、研究機関などから最先端技術が盗み、それが中国における兵器開発に使われているという疑惑があるのだ。

理系の留学生、研究者に限ったことではない。文系にも難しい問題がある。私はかつて、香港民主化運動の学生たちとの交流があった。彼らと私のゼミ生とのオンライン・ディベートを実行するなど、言論弾圧を受ける彼らにさまざまな方法で自由な発言の場を提供しようとしたことがある。

一方で、私は大学で、多数の中国からきた学部生、大学院生を指導している。おそらく、私の所属する大学で文系理系問わず、私の受け入れ数はトップクラスだと思う。不思議なことだが、香港の民主化運動に関わり始めた後に、私の指導を受けたいという中国からの学生が増え続けている。

彼らに話を聞けば、私が執筆した論文や記事が中国でよく読まれているらしいことがわかる。当然、香港の民主化運動に関するものや、中国共産党批判が含まれている。だが、だからこそ彼らは、私から学びたいのだという。

私が教えるのは、日本の自由民主主義だ。私にとって、学生の「国籍」「民族」「宗教」「思想信条」などはまったく関係がない。学生は学生であり、「個人」だ。そして、私は「中道主義」だ。

特定の政治的立場には立たない。すべてを批判的に検証する。いいことはいいと評価する。悪いことは悪いと批判し、改善を求める。それは、英国の大学で学んだ最も重要なことである。だから、中国など権威主義体制の問題でも、誰に遠慮も忖度もせず批判してきた。

中国から来た留学生から、クレームのようなものを受けたことはない。彼らは、日本の民主主義を学びに来たと言う。よく学び、疑問を持ち、ストレートに質問をぶつけてくるだけだ。これは、普通の学生との、普通のやり取りである。

だが、不安がないわけではない。ある時、こんなことがあった。ある卒業生に対して、中国とつながりのあると思われる団体のメンバーが「上久保先生とはどんな人か?どういう考え方をしているのか?」と聞いてきた。

この団体は、単に私の情報を収集するために、卒業生に連絡してきたのではないだろう。彼が、私に報告することも織り込み済みなのだろう。私の言動を中国当局が掌握していることを、私に知らせることが目的ではないか。要は、私の自由な言論・学問に制限をかける「圧力」と考えられるのだ。

私は、教え子を信じている。彼らは本当に日本の民主主義を学びに来ているのだと思いたい。一方で、前述の通り中国には「国家情報法」がある。当局が留学生を協力させる場合に「中国にいる親族がどうなってもいいのか」と脅迫するという噂もある。

教員として勤めることに強い不安を感じさせる「孔子学院」の存在

その上、わが校には「孔子学院」が設置されている。孔子学院は「中国語や中国文化を無償で教える教育センター」である。北京大学の遠隔講義など良質の授業が安価で受講できる。教育機関として学生からの評価は高い。学生が、海外の文化を知り、留学生と交流する場としてもよく機能している。

しかし、孔子学院の実態が、中国の諜報機関から資金が出ている、まぎれもない中国の工作機関であるとの指摘が相次いでいる。米国など多くの国で孔子学院が閉鎖されてきたという、目を背けられない事実がある。正直、私は教員として勤めることに、強い不安を感じている。

要するに、少子高齢化が進む中、日本が優秀な人材を確保するために大学の国際化は避けられない。私は強い使命感を持って取り組んでいる。だが、目の前の留学生を信じつつも、彼らが中国のスパイであり、私の言動が中国当局に筒抜けであるという不安がぬぐえない中で、取り組まざるを得ないのだ。それが、現実なのである。

だから、私は「スパイ活動を取り締まる法律」が必要だと考えるのだ。学者は、目の前にいる留学生がスパイかどうかを判断するのは無理だ。学者は学問に集中するのが仕事だ。繰り返すが、私は留学生を信じ、一緒に自由に学問をする。

スパイかどうかを調査し、摘発するのは政府がやるべきなのだ。そして、ある日突然、その留学生がスパイと摘発されても、それは構わない。

多様な人材を受け入れて、経済や学問を活性化させて日本の成長につなげるために、スパイ行為を行う者がいれば、一人残らず摘発する体制を政府は作るべきだ。学問の自由を守るために、我々現場の人間に安心・安全を与えてほしいのだ。

実は、このスパイ行為対策を実行している自由民主主義国がある。私が2000-07年の7年間在住した英国だ。英国では、警察・情報機関が国内外に細かい網の目のような情報網を張り巡らせ、少しでも不穏な動きをする人物を発見すれば、即座に監視し、逮捕できる体制が確立されていたからだ。私を含む世界中から集まる留学生の個人データも完全に掌握していた。

当時、当局の要注意リストには約3,000人が掲載され、別の300人を監視下に置いているとされていた。毎月、スパイ、あるいはテロリストの疑いありとして逮捕される人は大変な数に及んだ。私が在籍したウォーリック大学ではないが、ある大学で学生が集会を行おうとしたら、警察が事前に情報を得て乗り込んで、テロ容疑者として一網打尽したことがあった。

要するに、英国では、警察と情報機関が長年にわたって作り上げてきた情報網・監視体制をフルに使って、スパイを摘発し、テロを水際で防いでいたということだ。一方、市民は当局の監視の息苦しさを日常的に感じることがなかったことは興味深かった。

当時、英ヒースロー空港で駐車場に車を停めてターミナルに入るとき、パスポート提示を求められたことは一度もなかった。ロンドン市内も一見、警戒態勢は緩く、いつでも簡単にテロを起こせそうな感じだった。

だが、実際にはテロが頻発するフランス、ベルギーなど欧州大陸に比べれば、発生件数は格段に少なかったのだ。大学でも、何の不安も感じず、学問の自由を謳歌できた。私は、日本でもこのような体制を作ってほしいと考えているのだ。

「スパイ防止法制定促進サイト」を運営する団体の正体

スパイ活動を取り締まる法律は、世界の多くの国で制定されている。法律がない日本は少数派であるといえる。だから、自民党の推進派は、「諸外国では当たり前のことだ」と訴えている。「日本も、自分の国を自分で守れる『普通の国』になるべきだ」というのが推進派の主張だ。

だが、日本が「普通の国」となるには、簡単には乗り越えられない高いハードルがあることを忘れてはならない。「かつて侵略戦争を起こした、ならず者国家」だということだ。

もちろん、現在の日本は「平和国家」の看板を掲げている。第二次大戦の敗戦後、78年の長い間戦争を起こすことはなかった。開発途上国への援助など、国際貢献を重ね、一定の信頼を得てきた。

しかし、自民党政権は、先の大戦で過ちを犯した「ならず者」の末裔である。ナチスドイツのように、社会から完全に排除されたわけではなく、政界、財界、官界は戦前戦後の人的な継続性がある。そのため、自民党政権は、基本的に他の民主主義国の政府と比べて国内外で「信頼性」が低いということだ。

だから、日本国内の左派は、「憲法9条を守れ」と主張し続けてきた。「ならず者」の末裔である自民党政権は、日本国憲法で抑え込まれているから「平和国家」のフリをしているのであって、戦争放棄を定めた「憲法9条」が撤廃される改憲が行われれば、再び「ならず者国家」に戻るのではないかと疑っているからである。

かつて、自民党政権の政治家は、そのことをよく自覚し、権力・権限の行使には、極めて抑制的であった。安全保障関係の政策を進めるのには極めて慎重であったし、憲法改正に慎重な政治家も多かった。

ところが、安倍政権以降、自民党の「保守派」は「ならず者国家」と見なされてきたことに「無自覚」のようだ。むしろ「他国では当たり前」の暴力装置を自分たちにも持たせろと声高に主張するようになった。その上、権力の私的乱用を平気で行い、批判されたら開き直ったような態度をとる。品格のかけらもなく、先人たちがコツコツと築き直してきた国内外の「信頼」を、崩し続けてきた。このような政府に「スパイ防止法」を使わせたら、人権侵害をするに決まっていると思われても仕方がない。

「スパイ防止法」の制定を支持する人たちにも問題がある。例えば、「スパイ防止法制定促進サイト」を旧統一教会の関連団体が運営していることが、ネット上で指摘されている。

この連載では、安倍元首相の祖父である岸信介元首相が、旧統一教会系の政治団体「国勝共連合」(以下、勝共連合)を設立時から支援し、利用してきたことを指摘した。その岸元首相は、首相在任時の1957年に訪米した際、米側から秘密保護に関する新法制定の要請を受けたという。

【関連】政治家個人より「党」が悪い。自民と統一教会が“組織的関係”であるこれだけの証拠

岸元首相は、晩年の1984年に「スパイ防止のための法律制定促進議員・有識者懇談会」が発足すると、会長に就いた。1985年に、自民党が議員立法で「国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案」を国会提出した時、中曽根康弘内閣の外相だったのが、安倍元首相の父・安倍晋太郎氏だった。

勝共連合は、「スパイ防止法」制定のための運動を展開した。78年には「3000万人署名」を行い、79年発足の「スパイ防止法制定促進国民会議」には久保木修己会長が参加した。勝共連合は全都道府県に下部組織をつくり、地方議会への請願運動を展開した。

そして、安倍元首相は、首相在任時に「スパイ防止法」こそ「政治的に困難」として手をつけなかったが、2013年に「特定秘密保護法」を成立させた。

特定秘密保護法とは、防衛、外交、スパイ防止、テロ活動防止の4分野で、安全保障に支障をきたす恐れのある情報を「特定秘密」に指定し、それに指定された秘密を情報公開しないことができるようにした法律だ。秘密を漏らした公務員や市民に対して最長10年の懲役刑が科せられる。ただし、この法律は「スパイ活動」そのものを取り締まることはできない。

「国益」を損ねる「謙虚さ」のない政治家

安倍元首相の首相在任時に、自民党と旧統一教会が再接近して選挙活動を中心に関係を築いたことはこの連載でも指摘した。そして、勝共連合は「特定秘密保護法」では不十分であり「スパイ防止法」が必要であると訴え続けている。

安倍元首相暗殺事件後、旧統一教会による不安に陥れて高額な物品を購入させる霊感商法とのかかわりや、高額な献金、親が信者の「宗教2世」の問題が次々と明らかになり、社会問題化した。このような団体などが「スパイ防止法」の制定を支持することで、この法律が団体を守るために恣意的に利用されるものではないかと、疑われてしまうことになる。

要するに、日本において「スパイ防止法」を制定するにあたり、最も問題となるのは、その制定を目指す政治家・支持団体に対する「信頼」がないことである。「謙虚さ」がなく「軽率な言動」「驕り」「傲慢な態度」によって、権力に対する国民の支持・信頼が失われてしまっていることが深刻な問題である。

今からでも遅くはない。政治家は「謙虚さ」の大切さをあらためて認識してほしい。強い権力を持つからこそ、何をしてもいいのではなく、普段はその扱いには慎重にならねばならない。そうでないと、いざというときに、国民に信頼されず、権力を使えなくなってしまうのだ。

つまり、「謙虚さ」のない政治家は「国益」を損ねる。政治家が「謙虚さ」を持つことが安全保障なのだということを自覚することだ。「スパイ防止法」を制定したいならば、それが初めの一歩なのだと強く訴えておきたい。

最後に、重要なことを言っておきたい。政治家に「謙虚さ」「信頼性」を求めるだけでは不十分だということだ。

繰り返すが、英国は高度な「監視社会」が構築されている。そして、警察と情報機関は知り得たことの情報源を明かすことはない。しかし、英国民は基本的にそれを特別に問題視していないように思える。

英国で「監視社会」が認められている理由は、権力に対して委縮することがない強力なジャーナリスト、学者の存在、それを支える政権交代のある政治であろう。

英国は、日本の「テロ等準備罪」が想定するようなテロ対策を実施しているし、「スパイ防止法」がある。しかし、ジャーナリストなど一般国民を有罪とした事例は過去ない。英国では、政権が権力乱用を安易に行うことはできない。国民がそれを不当だとみなした場合、政権は容赦なく次の選挙で敗れ、政権の座を失ってしまうからである。

つまり、権力に委縮し従順なジャーナリスト、学者や国民がいればうまくいくのではない。むしろ、権力に屈せず、決して「忖度」しないジャーナリスト、学者、国民の存在こそが、それに対して謙虚に正面から対峙する政治家への「信頼」を高めることにもつながるのである。

image by: Ned Snowman / Shutterstock.com

上久保誠人

プロフィール:上久保誠人(かみくぼ・まさと)立命館大学政策科学部教授。1968年愛媛県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、伊藤忠商事勤務を経て、英国ウォーリック大学大学院政治・国際学研究科博士課程修了。Ph.D(政治学・国際学、ウォーリック大学)。主な業績は、『逆説の地政学』(晃洋書房)。

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