先日掲載の「『トイレで女性が襲われる』性的少数者への差別デマを吹聴する“保守論客”の名」でもお伝えした通り、最高裁による「経産省トイレ使用制限違法判決」を猛批判する論客の主張を堂々掲載した『月刊WiLL』。彼らは最新号でもLGBTに対して差別的な対談を掲載していました。そんな記事を取り上げているのは、漫画家・小林よしのりさん主宰の「ゴー宣道場」参加者としても知られる作家の泉美木蘭さん。泉美さんはメルマガ『小林よしのりライジング』で今回、百田尚樹氏と門田隆将氏の発言内容を一刀両断するとともに、最高裁判決に対して雑な妄想に終止する2人に批判的な視線を向けています。
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「最高裁がとんでもない判決を下した」百田尚樹&門田隆将の“化石老人トーク”が案の定、酷かった
「最高裁がとんでもない判決を下しました」
百田尚樹のこんな言葉ではじまるのは、『月刊WiLL』2023年9月号掲載の、百田尚樹と門田隆将の対談『女性の不安・恐怖を煽る最高裁判決』だ。
トランスジェンダーの経産省職員が、職場の女性用トイレの使用を制限されていた件で、最高裁が「トイレの使用制限を認めた国の対応は違法」との判決を下した件についてで、前回の「トンデモ見聞録」では『月刊正論』での八木秀次の酷すぎる論文を紹介したが、こちらも案の定、酷かった。
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タイトルの時点で、女性の私は、「不安も恐怖も、ま~ったく煽られてませんけど?」としか思わないが、この対談は今号の目玉記事。表紙でも新聞広告でも大きく取り扱われていたので読んでみた。
百田は、原告の経産省職員Aさんが、性別適合手術を受けておらず、身体的には男性のままという点に、なぜかよほどの不満があるらしい。
百田のLGBT差別は年季が入っている。 2018年には、お茶の水女子大学がトランスジェンダーの学生の入学を受け入れることを表明したニュースに対して、「よーし、今から受験勉強に挑戦して、2020年にお茶の水女子大学に入学を目指すぞ!」などと茶化したコメントを投稿していた。
よーし、今から受験勉強に挑戦して、2020年にお茶の水女子大学に入学を目指すぞ!https://t.co/BTJZEw0p7u
— 百田尚樹 (@hyakutanaoki) July 4, 2018
また、国会でLGBT法案が可決される見通しとなった6月には、自身のYouTubeチャンネルで、「トランスジェンダー女性は、局部を切り落とすことを義務付けする法案を通せ」という動画を配信。
「絶対に女性であるというなら手術をしろ」「義務付けろ」「ちょきんちょきんと切ったらいい」という、もはや無知性とお下劣の終着点と呼ぶしかない言葉の連発で、化石クソ老人街道まっしぐらである。
この動画の少し後に、最高裁判決がニュースとなり、Aさんが健康上の理由から手術を受けていないこと、医師の診断によりホルモン療法を受けて、社会生活では女性として認識されていることなどが広く報じられた。
だが百田には、それを理解する気がないらしい。判決が出ても、「手術を受けていない」という一点に異常に固執しているのだ。
最高裁の判決文を読むと、Aさんについて、
「平成22年3月頃までには、血液中における男性ホルモンの量が同年代の男性の基準値の下限を大きく下回っており、性衝動に基づく性暴力の可能性が低いと判断される旨の医師の診断を受けていた」
とまで書かれていた。
この一文には、かなり驚いた。
自身の職場での処遇改善を求めるために、性暴力という犯罪性の疑惑まで払拭しなければならないのか。
現在の法律では、戸籍上の性別を変更するためには、性別適合手術を受ける必要がある。手術を受けられないAさんは、その代わりの証明として、医療的な診断を取得したのではないかと想像される。
手術によって、精巣や卵巣を切除しなければ認めないという法律に、私は、恐ろしさを感じてしまうし、本人の希望で受ける手術ならわかるが、国家がそれを条件とする法律を作っていいのか疑問に思う。
判決文でも、この法律に関する合憲性の議論があることについて触れられている。
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判例から「変態の芽生え」を想像する老人二人の変態的思考
今回の判決は、5人の裁判官全員が、意見を一致しており、さらに内容を補足する意見を個別に述べているという異例のもので、学者出身の宇賀克也裁判官の補足意見には、こう述べられている。
「性別適合手術は、身体への侵襲が避けられず、生命及び健康への危険を伴うものであり、経済的負担も大きく、また、体質等により受けることができない者もいるので、これを受けていない場合であっても、可能な限り、本人の性自認を尊重する対応をとるべきといえる」
だが、Aさんが手術を受けていないことがひたすら気に食わない百田尚樹と門田隆将は、補足意見なんか読んでもいないらしい。
門田 「この判決により、戸籍上も、身体的にも、男性のままで、女子トイレを利用することが可能となった。『私の心は女』と欺く犯罪者も、女子トイレで“獲物”を待ち続けることができるようになったのです」
百田 「女子トイレがOKなら、女湯や女子更衣室もOKになってしまう。今後、LGBT法と判例を悪用して性犯罪に走る“変態”が続出するでしょうね」
門田 「この判決は確実に性犯罪を誘発します」「司法のお墨つきを得て、犯罪者たちは大手を振って歩くことができる。 被害者の女性たちは泣き寝入りするしかありません」
バカの極み汁がしたたり落ちて異臭を放っている。くさっ。
どこもかしこもなんでもOKで、一般の風呂や更衣室にまで話を拡大するような判決でないことは、ちょっとニュースを読めば3分でわかる。
現に、判決文には、「取扱いを一律に決定することは困難であり、個々の事例に応じて判断していくことが必要になることは間違いない」と書かれている。
この判例を悪用して性犯罪に走る“変態”が続出すると言うが、性犯罪に走るような変態は、判例なんかあってもなくても走り出す奴らなのであって、この判例から、「変態の芽生え」を想像するアンタらのほうがよっぽど変態的思考だと言いたい。
しかも、「女子トイレで“獲物”を待ち続けることができるようになったのです」という門田の言い回しの素っ頓狂さ!
女子トイレのどこで待ち続けるの?
洗面台の前に立って?
それとも個室の中に座って?個室のドアは開いて?それとも、閉じて?
女子トイレに入ったら、そこに男がいて、びっくりした女の人に「私の心は女なのです」と話しかけてくるの?
それって直感的に「ヤバイ奴、おる」と判断される案件だと思うんですけど。
個室に潜むといっても、女子トイレは行列ができやすく、イライラしている人も多いので、いつまでも開かない個室があれば、ガンガンノックされて、場合によっては「中で人が倒れているのかも」と判断して管理者を呼ばれると思う。
高校生のとき、通っていた塾のトイレで、のぞき被害に遭ったことがあるが、犯人は、人が教室から出てこない授業の時間帯に、こっそりと女子トイレに忍び込み、個室に入って鍵をかけて潜んでいた奴だった。
私がトイレに入って少したつと、隣の個室から変な気配がするので、顔をあげると、パーテーションの上から手鏡が差し込まれていて、角度をひらひらと調節しているところだった。
びっくりして壁を叩いたら、犯人は大慌てでトイレから飛び出していき、壁にぶつかってひっくり返り、頭を打って走れなくなり、同じ塾に通う男子高校生だったことが発覚するという顛末だった。
女子トイレで「待ち続ける」変態は、人目を避けてこっそり行動するのであって、「ハ~イ、私は心が女なのデース♪だから、みなさん、私がオッサンにしか見えないからって、私を変態だと思ってはいけないのデース♪」みたいな、とにかく明るい感じで堂々と出入りしたりはしないと思う。
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「安倍晋三ヤジ事件」に関する百田尚樹のコメントに驚愕
だが、化石クソ老人たちの暴走は止まらない。
百田 「LGBT法成立から1カ月も経たずして、日本社会が音を立てて崩壊しています」
してねーよ。
アンタの頭のなかが壮大なスペクタクルで崩壊していますよと言いたい。
門田 「自称・女性の身体男性が女湯に入っても、女性客やスタッフは注意しにくい。『差別するのか!』と逆に責められてしまいますから」
普通に連行されるやろ。
しかもそんなことがお風呂で起きたら、みんなすぐ避難するので、変態は女湯の中で孤立し、念のため閉じ込められたりして、警察呼ばれると思う。
「ワンチャン、女の裸が見れるかも?」という感覚で、気軽に女湯へのIN/OUTをくり返す奴が現れるぞ、という想定なのか?よくわからないが、“女湯出没変態”の想像が雑すぎる。
百田は、「不当逮捕」を恐れて、警察官が逮捕をためらい、逮捕しても、検察がキャリアに傷がつくのをおそれて起訴を渋ると豪語。判決文を読めない、判決文をかみ砕いたテレビのニュースも読解できないと、どんどん妄想が壮大になっていくようだ。
そして、百田の妄想に呼応する門田が言う。
門田 「LGBT法案推進にあたって、『犯罪者は別の法律で取り締まればいい』などと言い張っていた。それがウソだったことが、さっそく、明らかになったわけです」
明らかになってねーし!
起きてもいない事件、起きてもいない不当逮捕を語る百田の妄想につられて、勝手に「取り締まれるなんてウソだった」と、さも現実に起きてしまったかのように話し出す、この妄想の連鎖は一体!?
この2人、そういうバーチャル世界が見える「VRゴーグル」でも顔にはめて語らっているの?
2人は、「日本が崩壊している」というバーチャル空間へとどんどん没入してゆき、過去の他の判例についても「小手先のテクニックで条文を当てはめるだけの“法廷ゲーム”」と猛反発しはじめる。
びっくりしたのは、2019年夏の参院選で起きた、安倍晋三へのヤジ事件に関する百田のコメントだ。
安倍晋三が札幌で演説中、「安倍ヤメロ」「増税反対」などヤジを飛ばす沿道の市民2人に対して、北海道警の警官が、体をつかんで移動させたり、長時間付きまとったりして排除。市民2人は、「憲法が保障する表現の自由を侵害された」と道警を提訴し、勝訴している。
暴れるわけでもなく、ヤジを飛ばしただけで排除したのなら、警察が最高権力者を忖度して権力をふるったという違憲行為でしょ、としか思わないが、今もずっと安倍ちゃんLOVEの2人は、不服だったらしい。
百田 「この判決が安倍の暗殺を招いてしまったとの指摘もある」
その判決が理由じゃねーし。
百田の見ているVRゴーグルの中の世界は、「統一協会」というものが存在していないらしい。
「安倍晋三へのヤジを許したから、過激化して、暗殺されるまでに至ったんだ」という理屈は、事件発生当初のデマ「左翼活動家が暗殺したに違いない」を今もそのまま信じているということだ。化石度が凄すぎる。
ここに、「犯人は山上以外にいる」「ディープステートの仕業だ」という陰謀論が融合して、開き直っているのが『WiLL』だが。
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トランスジェンダーの判決までGHQに結びつける化石老人
その後2人は、昭和30年代、40年代生まれの裁判官たちが、戦後民主主義教育によって「国家は悪」と叩きこまれた影響があると言い出し、「GHQの洗脳政策」を持ち出して、15年前と同じ原稿を使い回しているんじゃないかと言いたくなるような「保守的語らい」に入っていく。
なにかにつけて「GHQの洗脳だ!」と言い出すオジサンはいるが、まさかトランスジェンダーの判決まで、GHQに結びつけるとは……。
日本のさまざまな場面や日本人の感覚そのものにおいて、戦後のGHQによる洗脳が色濃く影響を残していることは事実だが、その一方で、欧米での議論や、左派の言説からも学ぶところがあり、時代の流れとともに感覚を進歩させていかなければならないということが、VRゴーグルをはめた化石老人にはわからないのだから仕方ない。
その後、話は移民政策、中国の侵略に備えよなど、お決まりの会話になってゆき、全体の8割は、最高裁判決とは関係のない、「保守っぽい老人トーク」に終わっていた。
「最高裁がとんでもない判決を下した」と切り出しておきながら、結局、「女湯に変態が入ってくるぞ!」という雑な妄想以外には、具体的になにも考えていないのである。
今回の判決は、トランスジェンダーに対する理解が進まない原因の1つとして、「違和感があるように見える」とか「意見は聞いていないけど、きっと嫌がっているのでは?」というような主観や、個人の想像に基づいて判断するのでなく、問題をもっと具体的・客観的に捉えて、理解を深めていくべきだという考えを示したものだ。
「女性として生活を送るAさんが、2階以上離れたトイレを使うよう制限されている不利益」と、「他の女性職員たちが、Aさんと一緒にトイレを使うことの不利益」とを天秤にかける。
すると、「他の女性職員たちには、具体的にどんな不利益があるのか?」「それは正当な不利益と言えるのか?」「なぜそう思ったのだろうか?」という問いが現れ、具体的・客観的に考えていけば、「今まで、理解が足りていなかったり、勘違いしていたりする部分がありましたね」という知性的な判断に至る。
一方、知性とは真逆の方向へ、蒙昧無知のままの老人たちが逃げ込む場所は、「化石クソ老人の保守トークをくり返していられるVRゴーグルの世界の中」。それは同じ化石クソ老人ばかりが買っている『月刊WiLL』『月刊正論』というわけである。
いっそ『WiLL』『正論』というバーチャルクソ空間でも作って、みんなでゴーグルをはめて、それぞれ自室に籠って幸せに座っていてほしい。
(『小林よしのりライジング』2023年8月22日号より一部抜粋・文中敬称略)
2023年8月22日号の小林よしのりさんコラムは「芸能とは何なのか?(前編)」。ご興味をお持ちの方はこの機会にご登録ください。
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