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米英がイエメン「フーシ派」攻撃開始。崩れる中東のバランスと進む世界の分断

ハマスによる突然のイスラエル襲撃から3ヶ月あまり。ついに米英軍が反米・反イスラエルの姿勢を鮮明にするフーシ派の拠点に対して空爆を開始し、中東地域のバランスがさらに大きく崩れようとしています。この事態を早くも予見していた識者はどう見るのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、「戦争拡大に対する抑止力の不在」の顕在化を指摘。その上で、今後の国際社会を不安定で緊張感に満ちたものにしないため我々がなすべき努力について考察しています。

ついにイエメン反政府勢力「フーシ」に米英が空爆開始。迷走する国際秩序と世界の分断

「Kuniはよく国際秩序というけれど、ちなみに国際秩序なるものは存在するのだろうか?」

複数の国際紛争・国内での紛争案件を同時進行で扱う中、調停グループの複数の専門家から投げかけられた問いです。

私なりの定義があるとしたら、「国際秩序とは法の支配(Rule of Law)が尊重されながら、国際社会のメンバー(つまり国々)が互いの違いを認め合いつつ、協調関係を成り立たせるために必要なルールと規則」と考えています。

しかし、協調関係の維持のみが国際秩序を構成しているのではなく、そこにはbalance of powers (勢力均衡)の要素も大いに含まれるでしょうし、EU(欧州連合)の形式に代表されるような“共同体の設置”という要素も大いに含まれると考えます。

ただ強調、BOP、そして共同体(コミュニティ)の要素に共通するものとして【ルールに基づく統治・体制】という特徴があります。

“国際秩序”と聞かれていろいろと想起される内容があると思いますが、あえて上記の“共通ルールに基づく統治”という定義で見る場合、とても大きなクエスチョンマークが生まれてはこないでしょうか。

例えば、このような問いが出てきます。

【その“共通のルール”とは、誰の観点からのルールなのでしょうか?】

【そのルールは誰によって課され、遵守の信憑性を保証されているのでしょうか?】

【不遵守の場合、誰がどのような権利・権限に基づいて罰則を科すのでしょうか?】

【相反する“国際”秩序が存在し、成り立っている場合、それらは平和裏に共存できるものなのでしょうか?】

いろいろと問いが浮かんできますが、答えもまたいろいろ存在するのだと思います。そして何よりも“どの答えも同等に正しい”というのが認識かと思います。

ただここに大きな問題が存在します。

それは見る人によって定義が変わり、ルールを適用する国・機関によって“正しいこと”は変わります。

アメリカや欧州の多くの国々、そして日本などのG7諸国の観点からは、基盤に自由で開かれた社会制度があり、法による支配(専断的な国家権力の支配を排し、権力を法で拘束するという英米法系の基本的原理)の概念が国際秩序の根幹と捉えられ、また民主主義が統治の根幹に存在すると考えられます(もちろん、G7およびその仲間たちの間でも政治体制に差異があります)。

中国やロシア、アラブ諸国、そして多くのアフリカや中南米の国々では、中央集権的に適用されるルールによって確保できる統一性を重んじる政治・社会文化の維持が根幹に存在します。

また【法による支配(Rule of Law)】と言っても、それが国際法によるuniversalityを指すのか、国内における法が国際法を凌駕するという考え方なのか、それとも党や宗派の教義の尊重と遵守を法の支配と呼ぶのか、その出口はまちまちではないかと思われます。

特に、中国やロシア、中東アラブ諸国ほどのextremeでないにせよ、Rule of Lawの要素として挙げられる“専断的な国家権力の支配”を否定する概念は、地球上の多くの国では受け入れがたい認識になっています。

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国際秩序の崩壊を決定づけたウクライナ侵攻とガザ紛争

そしてさらに私が問題だと認識しているのは、同じ国であってもケースバイケースで国際秩序や平和、正義(justice)、そして国際人道法に対する定義を使い分けているという国際政治の現実です。

調停グループに参加する国際政治の専門家によると「現在の国際社会はダブルスタンダードどころかmultiple standardsが蔓延っており、スタンダード(基準)を主張する国が、自国の利害に基づいて定義を自在に変えて、自らの行動や言動を正当化する矛盾に満ちた世界だ」と表現しています。

その現実がまさに私たちが目にしている各国のロシア・ウクライナに対する態度、イスラエル・ハマスの戦争に対する態度、そしてアフリカや中南米、アジアで長年続く紛争・戦争・内戦に対する態度(ほぼ無関心)として表れています。

この矛盾に満ちた対応は、一貫した姿勢と認識に基づく対応を阻むだけでなく、ルールを遵守し、相互に利害を尊重し合うという国際協調体制(もしかしたらただの幻想だったのかもしれませんが)を根本から覆し、結果、いわゆる“国際秩序”を崩壊させたのではないかと考えます。

崩壊の兆しはもうずいぶん前からあったのでしょうが、それを決定づけてしまったのが、ロシアによるウクライナ侵攻による世界の分断を経て、現在進行形のイスラエルとハマスの戦争を巡る各国の対応でしょう。

コロナのパンデミックやロシアによるウクライナ侵攻以前はまだ【自由民主主義】【基本的人権の尊重】【国際人道法の遵守】【武力侵攻の禁止】といった理念が意識され、違いを受け入れつつも、国際社会の安定と平和という朧げな目標の下、国際協調体制が成り立っていたように思いますが、ウクライナ、そしてその後のイスラエル・パレスチナ問題の再燃、世界中で顕在化する格差の拡大などが幾層にも重なり、“明日はきっと今日よりは良くなる”という進歩への信仰が薄れ、“失ったもの・奪われたものをいかに取り戻していくかという実利主義”に基づいた対応が力を持ち出しました。

こじつけとお叱りを受けるかもしれませんが、それがグローバルサウスの台頭であり、ロシアによるウクライナ侵攻の背景にある思想の一つであり、そしてイスラエルとハマスの攻防の背景にあるのではないかと感じています。

グローバルサウスの国々は緩い連帯を示し、相互の国内情勢には不可侵を貫いているという特徴以外に、かつて欧米列強国に蹂躙され、天然資源をはじめとする資産を奪われ、従属させられた過去を繰り返さない・繰り返させないという強い意志が存在します。

これを可能にしたのは、各国の経済発展に伴う経済力の向上と、国際協調の下、進められたグローバリゼーションが与えた国際経済への影響力とつながりだと考えます。

これによりグローバルサウスの国々の発言力が上がり、これまで欧米諸国の身勝手な方針に盲従させられていた過去から脱却し、自国の実利に照らし合わせて対応を考え、毅然とした態度で要求にも対峙するという構図が出来上がっています。

その結果、ロシアによるウクライナ侵攻に対するグローバルサウスの国々の反応は、ロシアの武力侵攻という事実に対しては非難するものの、欧米諸国とその仲間たちが構成し、参加を迫った対ロ包囲網と経済制裁からは距離を置き、ロシアや中国とも、欧米諸国とその仲間たちとも適切な距離を保ちつつ、しっかりと利益を確保するという現実的な戦略を取っています。

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ウクライナ侵攻によって否定された「ありえない」状況

またイスラエルとハマスの問題についても、人道的な観点から即時停戦と迅速な人道支援の必要性に触れつつも、事態からは距離を置き、飛び火を非常に警戒する安全保障戦略を取っています。

これはまた“ありえない”と妄信的に信じられていた状況から距離を置くことも意味します。

例えば【主権国家が他国に対して武力侵攻するというのは、現在の世界においてはあり得ない】という幻想は、約2年前のロシアによるウクライナ侵攻によって否定されました。

そしてロシア軍がウクライナ全域を対象に攻撃を仕掛け、ウクライナを攻撃しつつ、その背後にいるNATOに対して「ロシア、そしてロシアの裏庭に構うな」というメッセージを突き付け、国際社会の分断を鮮明化しています。

ロシアによるウクライナ侵攻以降、度々、ロシアが核兵器を使用する可能性(核使用の脅威)についての懸念が述べられ、プーチン大統領とその取り巻きも核を脅しとして使っていますが、実際に核兵器を使用するシナリオは考えづらく、ロシアの核兵器使用のドクトリンに挙げられる“ロシアおよびその国民に対する差し迫った安全保障上の脅威が引き起こされる場合”が現実になる以外は起き得ないと考えていますが、これも“ありえない”とは言い切れないかもしれません。

現在、ロシア軍がウクライナ戦線において選択している戦略は、ウクライナ東部の支配地域の拡大・維持というよりは、大規模かつ同時発生的なミサイル攻撃をウクライナの大都市に対して行うことで、ウクライナがNATO加盟国、特にアメリカから供与されたパトリオットミサイルなどの防空迎撃ミサイルをどんどん使わせ、在庫を枯渇させることを目的にしているように見えます。

真偽のほどは分かりませんが、ウクライナ軍の司令官の表現を借りれば「あと数回分の大規模ミサイル攻撃に対応する分の迎撃ミサイルしかない」状態にあり、NATO諸国からの支援の先細りと遅延により、さらに状況が悪化する恐れがあります。

また分析によると、ロシアが極超音速ミサイル・キンジャールを含む、弾道ミサイルを対ウクライナ攻撃に用いるケースが増えていますが、弾道ミサイル迎撃システムはウクライナでは機能しておらず、実際にウクライナに着弾し、インフラを次々と破壊する事態に陥っているようです。

そのロシアもミサイルが枯渇しているとの楽観的な報道が時折なされていますが、実際には欧米諸国とその仲間たちによる厳しい制裁にも関わらず、地上戦における戦況の停滞状況を活かし、弾道ミサイルの量産体制を強化して来るべき一斉攻撃に備えていようです。そこに北朝鮮やイランなどからの“つなぎ”支援を得てさらに時間稼ぎをしていますし、“悪魔の商人”としてのトルコも(トルコの皆さん、ごめんなさい)、NATO加盟国としてウクライナに無人ドローンを供与してロシア攻撃に投入している半面、ロシアにも武器を供与して、しっかりと利益を得ています。

アメリカ政府における対ウクライナ支援のための資金が枯渇し、欧州各国も対ウクライナ支援を控え始める中、ロシアは苦境から回復し、弾道ミサイルを量産して攻撃態勢を整え始めるという現状が存在することで、もしNATOがウクライナを見捨てるような事態になれば、ウクライナの存在は危ぶまれますし、その波が一気にユーラシアの近隣諸国に押し寄せる可能性が出てきます。

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ウクライナで拡大する「反ゼレンスキー」の声

ウクライナ国内に目を向けると、ゼレンスキー大統領と統合参謀本部議長のザルジーニ氏の確執が目立ってきており、一旦延期された大統領選挙をやはりこの4月に実施すべきとの声も高まる事態に陥っています。

NATOからの支援の先細りを懸念してか、ゼレンスキー大統領が国外にいる18歳から60歳の成人男子をウクライナに呼び戻して徴兵するという方針を示したことで、一気にゼレンスキー大統領に対する反対の声が拡大し、国内における政治的な支持基盤が脆弱になり始めているという分析結果も出てきています。

その背景には、もちろん、ロシアによる情報戦と政治工作も存在するでしょうが、インフラを徹底的に破壊し、補給路を断ち、国内でも揺さぶりをかけるという厳しい心理戦がウクライナ国民に対して行われているようです。

これまで自国が掲げる絶対的なルールである基本的人権の尊重や汚職の撲滅といった規範の不履行には目を瞑り、ロシア憎しでウクライナの後ろ盾となり、おまけにEUは支援が遅延することへの非難をかわす狙いでウクライナのEU加盟交渉の開始を提示しましたが、今、多方面から欧米諸国の勝手なダブルスタンダードが指摘され始め、次第に他国の案件から手を退き、自国ファーストの内向きの政治に傾く傾向が顕著になってきています。それが欧州各国で表出する右派の躍進と国家主義体制の構築として見られるようになってきています。

その影響を喰らっているのが、イスラエルとハマスの戦いとガザにおける悲劇への対応の遅れと矛盾でしょう。

アメリカ政府は今秋に予定されている大統領選挙および議会選挙への影響を考慮して、国内のユダヤ人層の支持固めのためにイスラエル寄りの姿勢を鮮明にしていますが、その思惑は、アメリカの言うことを聞かずに暴走するイスラエルのネタニエフ首相と政権の存在と、アメリカ国内のユダヤ人若年層による政府批判とパレスチナ支持の表明と拡大により、崩れ去りそうになっています。

まさに国内において政府が用いるダブルスタンダードを非難され、民主党内部でも左派が公然とバイデン政権を非難し始め、さらに国際社会においてアメリカのリーダーシップと信憑性が非難に晒されている現状を受けて、バイデン政権の対イスラエル支援に変化の兆しが見られるようになってきています。

今でも基本的にはPro-イスラエルの姿勢は堅持していますが、今週アラブ諸国とイスラエルを訪問しているブリンケン国務長官もイスラエルに対して苦言を呈し、過剰な防衛はイスラエルを崩壊させるかもしれないと懸念を表明しつつ、「アメリカ政府はこれ以上、イスラエルを支持できない可能性がある」旨、ネタニエフ首相に伝えたらしいという情報も入ってきています。

そして、イスラエルは沈黙していますが、今週起きたヒズボラの幹部暗殺事案は、これまで人質解放の交渉に尽力してきたカタール政府を憤慨させ、「すべての和平と人質の生命を守るための試みを一瞬で吹っ飛ばし、地域におけるデリケートな安定を崩しかねない愚行」(首相兼外相)という非難が出ている事態は、大いに懸念されます。

そこに今年に入って起きたイラン革命防衛隊の幹部の殺害(シリア)や故ソレイマニ司令官の追悼式典におけるISによるテロなどが重なり、次第にアラビア半島およびペルシャ湾岸諸国も、ずるずるとイスラエルとハマスの血で血を洗うような凄惨な戦いに引きずり込まれつつあります。

これは口頭ではパレスチナ・ガザとの連帯を叫びつつ、実質的には何もしない方針を取ってきたサウジアラビア王国やUAE、ただでさえ不安定なイラク、反米反イスラエルを明確にするイエメンのフーシ派、そしてイランへの戦火の飛び火が現実になりかねない事態がそこまで来ています。

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顕在化する戦争拡大に対する抑止力の不在

このような危機に対して、口は出し、懸念は表明するものの、実質的には何もコミットしない欧州各国とアメリカの姿勢が浮き彫りになり、戦争拡大に対する抑止力が不在であることが顕在化してきているように感じます。

イスラエルとの関係改善と経済的・技術的な利益を得たいUAEなどのアブラハム合意当事国と合意が近いとされていたサウジアラビア王国は、あまりイスラエルを刺激したいとは思っていませんが、サウジアラビア王国の場合、原則言論の自由を保障していないことで民衆のデモを規制していても、パレスチナとの連帯を表明しないと、いつアラブの春のような民衆蜂起が起きるか分からなくなるため、ハマスやヒズボラ、そして最近は関係改善に努めているイランとの距離感が悩みの種とのことです。

そして中東諸国にとってさらに悩ましいのが、アメリカや欧州各国との距離感です。サウジアラビア王国やUAEなどは長くアメリカとの同盟関係を結んできましたが、アメリカにとっての中東諸国の重要性が低下したことを受け、両国ともロシアや中国との関係を深め、軍事・経済戦略パートナーシップ協定を締結しています。

10月7日のハマスによる同時攻撃までは、アメリカの力添えを軸に、アブラハム合意の拡大を進めてきましたが、イスラエル・パレスチナ問題が再燃し、ガザの悲劇が悪化していく中、地域において反米・英・仏の意見が強まってきています。

特に「イスラエルの建国を許し、アラビア半島を滅茶苦茶に蹂躙したのは英仏の嘘に端を発し、その後、米国によるイスラエルへの過度の肩入れによって、パレスチナ人は土地や権利を奪われただけでなく、人質に取られてしまった」という認識が再燃し、一触即発の状態にまで悪化しているようです。

その一触即発の“事態”となり得るのが、ヒズボラの幹部暗殺事案へのイスラエルの関与と、比較的穏健的なカタールの憤怒、イラン革命防衛隊幹部の暗殺に起因するイランによる対イスラエル報復宣言、さらにはISの犯行とされている故ソレイマニ司令官(イラン革命防衛隊)追悼イベントでのテロ攻撃など、アラブ諸国とイランの中での怒りのレベルが最高潮に達している状況です。

イスラエルが一向に退く素振りを見せず、かつハマスの壊滅を目的に掲げてガザにおける殺戮を繰り返しながら、ヒズボラや他の親イラン勢力の掃討まで行おうとしていることには、非常に危機感を感じていますし、ヒズボラを嫌っているアメリカ政府でさえ、イスラエル・ハマスの戦争が隣国に飛び火する事態を何とか避けたいと願い、イスラエルに自制を強く迫る状況に発展しています。

アメリカ国務省やペンタゴンの関係者によると、アメリカ政府としては紛争の拡大の抑止のために空母攻撃群を東地中海や紅海近辺に展開するが、NATOの核(コア)としてウクライナ対応も行う必要や、高まり続ける台湾海峡に対する中国の威嚇への対応も必要であるため、中東に割ける兵力はあまり期待できないと考えているようです。

その手詰まり感をNATOの欧州各国も感じているようで、今、東地中海での案件が南欧諸国に飛び火したり、トルコとギリシャの領海争議を再燃させたりすることを何とか避けるために、イスラエルとハマス、そしてアラブ諸国に対して即時停戦と人道支援の迅速な実施と拡大を求めてプレッシャーをかけています。残念ながら、奏功していませんが。

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中東の「利権の確保」に移り始めた国際社会の関心

そして今年2024年、世界の人口約80億人のうち、42億人強を占める国々でリーダーを決める選挙が行われることも、国際秩序の今後に対する不確実性を高めています。

アメリカでは秋に大統領選挙があり、もしトランプ大統領が再選されるようなことがあれば、ウクライナへの支援は完全に終わり、以前、宣言したようにNATOからも離脱する可能性があります。在日・韓米軍の撤退もあり得るとの分析結果もあります。

アメリカにおいて誰が次の政権を担うのかによっては、欧州はウクライナを背負い、高まる安全保障上のリスクとコストをアメリカ抜きで担う必要性に駆られます。トランプ大統領のアメリカがイスラエルを見捨てることはないでしょうが、トランプ大統領の復権がパレスチナやアラブ社会に及ぼす影響は未知数であるため、恐らく東地中海における様々な紛争の処理を欧州が主導しなくてはなりません。

しかし、ご存じのように、残念ながら英国が抜けたEUにはその能力はありませんし、仮に英国が輪に加わっても、アラビア半島や北東アフリカ、ペルシャ湾に至る安定を守るだけのキャパシティーはありません。

ロシアもプーチン大統領が5期目をかけて選挙が行われますが、ロシアの制度上、プーチン大統領の統治が継続されることは確実視されており、4月に5期目を獲得した暁には、ウクライナに対するEnd gameを仕掛けてくると予想されています。

そして国内外で影響力の再建に着手し、その影響は、欧州全土はもちろん、広くシベリアから中東、アフリカ、そして昨今、進められている中央アジア諸国(スタン系)と南アジア諸国(インド、バングラデシュなど)を繋ぐ回廊を通じて南アジアまで及ぶよう画策してくると思われます。

その成否は、実はアメリカや欧州、アジア諸国の団結によってではなく、中国がどのような姿勢を取り、インドがどこまでロシアと協力するかにかかってくるでしょう。

そして延期されることになっているウクライナ大統領選挙がもし予定通りに開催され、ゼレンスキー大統領が下野してウクライナにロシア寄りの政権ができたり、東南部(ドンバス、マリウポリなど)・中央部(キーウなど)・西部(リビウなど、かつてポーランドと合わせてガリツィアと呼ばれた地域)に分裂したりした場合には、EUの東端地域の安全保障環境が緊張に満ちたものになると予想されます。

ロシアとウクライナの戦争の落としどころが見えず、最悪の場合、ロシアにウクライナが飲み込まれる事態が恐れられる中、すでに当事国以外はポスト・ウクライナの世界、そして“国際秩序”の構築に重点を移し始めています。

欧米諸国はもちろん、日本も、中国も、トルコも、そしてロシアの脅威に苦しめられてきたスタン系とジョージアなどの国々も、その輪に我先にと加わり、戦後復興という大義の下、それぞれのウクライナ(とロシア)における権益の拡大を画策しています。

そして先の見えないイスラエルとハマス、そしてヒズボラの戦いにおいても、同様の動きが活発化してきています。ガザの悲劇に心を痛め、涙し、即時停戦と人道支援の実施を訴えかける裏で、すでに“国際社会の関心”は、いかに中東地域の安定を取り戻し、利権を確保するかに移っており、そこにはアラブ諸国も含まれています。

「パレスチナ人、ガザと共に」と叫びながら心はここにあらずで、関心は影響力と経済力の拡大に注がれています。

そのような中、戦後の統治の世界に自らの居場所がないことを悟っているネタニエフ首相は、自身の保身のためにガザにおける民間人と人質に取られた同胞たちの生命を犠牲にしてでもこの戦争を長期化させ、自分が権力の座に居座るための口実・正当性を高めようとしています。

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解決の機会が訪れているにも関わらず放置される「火薬」

同じことはプーチン大統領にも、残念ながらゼレンスキー大統領にも当てはまると、いろいろな情報や分析を総合してみた時、どうしても私はそう感じざるを得ません。

そして新しい国際秩序の構築を模索する際、顧みられない数々の紛争や内戦を解決するための絶好の機会が訪れるにも関わらず、30年以上続き600万人の生命を奪っているコンゴの内戦も、東アフリカのデリケートな安定を根本から覆しかねないスーダン内戦も、いつ再燃するかわからないエチオピアの内戦も、そしてアジアに目を移せばミャンマー情勢は緊迫化し、アフガニスタンは見捨てられ、そして朝鮮半島情勢は緊迫し、タイ深南部(マレーシアとの国境付近、南部のパッターニー県を中心とする地域を指す)のポンドュックとそのライバルたちによる分離独立紛争も、相変わらず放置・無視されたまま、各地域の不安定化の要因として残留し、そして常に紛争の拡大のための火薬として存在する事態が放置されることになります。

各国が安全保障問題や国際秩序を、世界の安定のためのパッケージとして捉えていた協調時代から、各国それぞれの利害・実利の観点から、アラカルト形式で関心を持ち、介入するか否かを判断する傾向を強め、どんどんブロック化し、世界を分断する方向へと導かれることになります。

その結果、“国際秩序”は複数の定義が存在し、それぞれが自らの秩序の正当性を争い合うとても不安定で緊張感に満ちた世界が、今後、生まれることになります。

それを防ぐには、ウクライナなガザの問題のみならず、世界各地で起きている紛争や自身の身近なところで起きうる紛争の種に目を向け、紛争が起こり、拡大し、そして互いに共鳴し合うまえに、その芽を摘んでおく努力をしなくてはなりません。

そのためには関心を持ち続け、世界の不条理から目を背けず、それぞれが出来ることを行っていくことが、安定した国際秩序の構築を可能にし、再び協調の下、平和が訪れる世界を作り出すことが出来ると考えます。

何だか今週号は理念じみたお話になってしまった気がします…。

以上、今週の国際情勢の裏側でした。

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image by: Anas-Mohammed / Shutterstock.com

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