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「ネスカフェ アンバサダー」「マスキングテープ」が好例。“日本発のイノベーション”から学べること

30年以上の長きに渡り停滞が続く日本社会。かねてからその原因として「イノベーションの不足」が叫ばれていますが、ではそのイノベーションを活性化させるためにはどのような取り組みが必要なのでしょうか。神戸大学大学院教授で日本マーケティング学会理事の栗木契さんは今回、日本企業にイノベーションが起こせない原因を分析。さらにイノベーション実現のために企業が取るべべき姿勢を解説しています。

プロフィール:栗木契(くりき・けい)
神戸大学大学院経営学研究科教授。1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。

Google「検索エンジン」、トヨタ「ハイブリッド」、ネスカフェ「アンバサダー」、カモ井加工紙「マスキングテープ」…イノベーションはどこからやってくるのか?

年々閉塞感が強まるように感じる日本の産業と社会。かつては時価総額ランキングなどにおいて、世界のトップクラスの企業を輩出していたこの国において、経済の停滞が30年を越えて続く。

人口の減少の問題に改善の見込みが立たない国の未来を考えるうえで、期待がかかるのはイノベーションである。経済学や経営学の緒論を踏まえれば、イノベーションは国の経済の発展を生み出す主要なエンジンのひとつである。日本の活力を取り戻すための処方箋として、イノベーションの活性化はこれまでにも各所で言及されており、政府も、産業界も、学界も、創造的破壊の意義を語り、漸進的な改良や改善にとどまらないビジネス・モデルの根本的な組み替えの必要性を説き続けている。

ではイノベーションは、どこからやってくるのか。企業はこの課題にいかに向き合えばよいか。

イノベーションは不確実性から生まれる

イノベーションの重要性については、すでに広く説かれている。しかし、総体としての日本の産業や社会におけるイノベーティブな行動は停滞している。考えられるひとつの要因は、イノベーションの源泉、さらにはそこから新規事業創出の可能性を発掘していく行動のあり方についての掘り下げた理解の不足である。

企業の経営者やマネジャーの方たちは、イノベーションとは、産業や社会に思いもよらぬ未来をもたらす活動であることに目を向けて欲しい。イノベーションは不確実性から生まれる。そして、この不確実性の申し子を避けるのではなく、いかに飼い慣らすかが、今の日本の企業や産業や社会が直面している課題なのである。

市場とかかわるなかで直面する不確実性

企業とは、市場と向かい合いながら事業を展開していく組織体である。そして、この基本図式(図表1)のもとで考えれば、イノベーションのひとつの源泉は企業活動を支える技術のブラッシュアップである。すなわち企業が扱う製品やサービス、そしてそれらの生産や供給の効果や効率を画期的に高める技術の獲得である。

▼図表1 市場と向かい合いながら事業を進める企業

たとえばGoogleの検索エンジン、トヨタのハイブリッド、マイクロソフトのChatGPTなどの事業は、企業、あるいはその創業期における個人が開発した画期的な技術の成果である。もちろん、こうした画期的な技術を企業はすべて内部で開発するわけではなく、パートナーとなる企業や大学と連携したり、ベンチャー企業を買収したりして入手することもある。

そして企業には、もうひとつの重要なイノベーションの源泉がある。企業が市場とかかわるなかで直面する各種の不確実性もまた、企業がイノベーションを生み出す機会となる。とはいえ一方で、この市場とのかかわりにおける不確実性は、企業に大小各種の危機をもたらすこともある。しかしそれらを逆手にとることで、画期的な技術開発はなくとも、社会や産業を変革し、新しい価値と富を生み出すイノベーションに成功する企業もある。

たとえば、ネスレ日本が手掛けたネスカフェ アンバサダー、カモ井加工紙によるマスキングテープのMT、そしてリクルートによるスタディサプリなどは、すでに開発済みの技術、あるいは誰もが広く一般に利用可能な、いわゆる枯れた技術を活用しながら、社会や産業を変革し、新しい価値や富を生み出している。これらのイノベーションは画期的な技術を新たに入手したことによる成果とはいいがたい。

【関連】ネスレ“次”の模索が導いた「ネスカフェアンバサダー」という大ヒット
【関連】リクルートの「スタサプ」に学ぶ、予測が通用しない市場でのマーケティング展開法

わからないから、行動する、しない?

では、この市場とのかかわりから生まれるイノベーションに、企業はいかに挑めばよいか。本書は、この問いをめぐって、エフェクチュエーションを基軸に据えて、新たな理解を探求する。その要諦となるのは、企業の市場とかかわることで直面する、各種の不確実性との向き合い方である。

「わからないから行動しない」か、「わからないから行動する」か。いずれの姿勢をとるかが、市場とのかかわりから企業がイノベーションを実現していくことができるか否かの分水嶺となる。思わぬ未来は行動してみることで生まれることが少なくないわけであり、わからないから行動してみる実践を、組織や社会のなかで活性化する環境を整えることの重要性である。

日本発のイノベーションに学ぶ

ネスカフェ アンバサダーは、マーケティングの担当者が業務外の被災地ボランティアに参加したことから、考えていなかった新しいプログラムを開発するきっかけをつかんでいる。MTは、マスキングテープを想定外の用途で使っていた女性3人組の工場見学を受け入れたことが、画期的な新製品開発のきっかけとなっている。そしてリクルートによるスタディサプリは、個人向けのサービスを開始したことで、広告を見た高校からの思いもよらない問い合わせがあり、現在の主力となる学校向け事業の開発につながる取り組みがスタートしている。

日本にはイノベーションが不足しているといわれる。しかし、失われた30年のあいだにも日本においてイノベーションは途絶えてしまったわけではなく、いくつものユニークなイノベーションが各所で生まれている。私たちに必要なのは、これらの日本発のイノベーションの要諦を分析し、理解し、広く共有していくための研究や活動を絶やさないことである。

image by: Shutterstock.com

栗木契

プロフィール栗木契くりきけい
神戸大学大学院経営学研究科教授。1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。

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