ネスレ“次”の模索が導いた「ネスカフェアンバサダー」という大ヒット

2022.07.13
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2012年のサービス開始から10年、今や登録者数が40万人を超えるネスカフェアンバサダー。その大ヒットは、ネスレ日本の「次」を模索する姿勢によってもたらされたものでした。今回、ネスカフェアンバサダーを「イノベーション」の観点から解説するのは、神戸大学大学院教授で日本マーケティング学会理事の栗木契さん。栗木さんは同サービス誕生の過程を紹介するとともに、「企業がテクノロジー・イノベーションの果実をより大きなものにするため目を向けるべきこと」について論じています。

プロフィール栗木契くりきけい
神戸大学大学院経営学研究科教授。1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。

収益源の複数化で事業の成長を加速化したネスカフェアンバサダー

成長の足どりが軽かったスカフェアンバサダー

ネスカフェアンバサダーは、ネスレ日本が開発した人気のサービスである。このサービス・プログラムでは、職場などでの世話役となるアンバサダーが同僚などを利用者として募り、コーヒー・カートリッジの定期購入を条件に申し込みを行うと、審査を経て、無料でコーヒーマシンのネスカフェ・ゴールドブレンド・バリスタの提供を受けることができる。

このプログラムの利用は、2012年のサービス提供開始とともに年々広がり、現在ではアンバサダーの数は40万を超える。そして、このアンバサダーたちの背後には、職場に置かれたバリスタを利用してコーヒーを楽しむ複数の人たちがいる。

ネスカフェアンバサダーは、価格政策についていえば、フリーミアム・モデルである。コーヒーマシンはカートリッジと組み合わせて利用される。マシンを無料で提供するねらいは、カートリッジの使用をうながすことにあり、この消耗品の販売からネスレ日本は収益を得る。

ネスカフェアンバサダーは、チャネル政策についていえば、セルフサービス型の事業である。浄水やコーヒー・カートリッジの補充などのコーヒーマシンのメインテナンスは、顧客であるアンバサダーに委ねる。一般に、自動販売機やコーヒーマシンなどを設置し、職場への飲料提供を行うビジネスでは、メインテナンス・サービスは、各種の機器を設置する企業が行う。しかし、このようなビジネスモデルだと、サービス拠点の開設やスタッフの採用など、体制を整えながら拡販を進めていくことになり、事業拡大には重しがかかる。ネスカフェ・アンバサダーにはこの制約がなく、サービスの開始とともに全国への迅速な事業展開を果たす。

テクノロジー・イノベーションは、ひとつの要素に過ぎない

閉塞感の強い日本の産業に新たな成長を生み出すエンジンとして、イノベーションへの期待が一段と高まっている。イノベーションとは、これまでにない新しい製品やサービス、あるいはビジネスプロセスを生み出すことを通じて、産業や社会の発展を導くことである。イノベーションには、画期的な新しい技術の開発や導入が必要と考えられがちだが、必ずしもそうではない。

ブルー・オーシャン戦略の提唱者であるW.C.キムとR.モボルニュによれば、産業の成長には、新しい市場の創出が必要であり、新しい市場を生み出すには、買い手にとっての価値を増大させる必要がある。この価値の増大においてテクノロジー・イノベーション(技術革新)は、ひとつの要素に過ぎない。街角でのコーヒーの楽しみ方を変えたスターバックスのように、最先端技術は用いなくても社会を変えるイノベーションは実現する(『ブルー・オーシャン・シフト』ダイヤモンド社、2018年、pp. 48-49)。

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