その理由はいつくか考えられる。まずマルコスの言動の裏側にアメリカという振付師がいて、中国が騒げば騒ぐほどその術中に嵌ることを中国自身がよく知っていることだ。またフィリピン以外のASEAN諸国との関係を重視する中国がこの海域での対立をエスカレートさせたくないと判断した可能性だ。さらに緊張を高めることで経済発展のチャンスが失われるデメリットを考え、行動を抑制しているということだ。
だが、そうした動機のなかでも最も重要なのは中国がこれを「マルコスの個人的な事情」と見ている点だ。というのもドゥテルテ時代まで静かだった仁愛礁でにわかに緊張を高めても、フィリピンの国としての利益はほとんど見当たらないからだ。
ASEANの国々にとって中国が重要なパートナーであることは言を俟たない。多くの国は中国が最大の貿易相手だ。中国と対立するデメリットは計り知れない。実際、ドゥテルテ時代には仁愛礁での揉め事はほとんどなく、経済関係も順調だった。過去のメルマガでも指摘したように、両国間には現状維持を目的とした「紳士協定」が存在し、機能してきたからだ。
「紳士協定」とは「フィリピン側が仁愛礁の建造物の修繕や新設を行わない見返りとして、中国が食糧補給を容認する」こと。逆に「中国は、軍事拠点化したミスチーフ礁に構造物を新たに設置しないこと」を約したものとされる。対立をうまく管理し、貿易のメリットを享受しようとした両国の知恵だ。
そのバランスをわざわざ壊すメリットはどこにあるのだろうか──(『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』2024年5月5日号より一部抜粋、続きはご登録の上お楽しみください。初月無料です)
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