5月10日、国会で「重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律」が成立。国家や国家権力の秘密は堅く護られ、個人のプライバシーに踏み込むことは可とする法案に、野党第一党の立憲民主党までもが賛成したと嘆き呆れるのは、評論家の佐高信さんです。今回のメルマガ『佐高信の筆刀両断』では、52年前の「沖縄密約事件」で国家の嘘を暴いた西山記者を守れなかったと悔い、「現在の事件です」と訴えた筑紫哲也氏の言葉を紹介。それから22年経って、権力がより強大になる法律が成立してしまうことへの危機感を表明しています。
権力の嘘と個人の嘘
5月12日に大牟田で憲法の講演をしたのを機に下関にある西山太吉の墓参りをした。西山に私が尋ねた『西山太吉 最後の告白』(集英社新書)でも触れたが、会いたかったのは西山より夫人の啓子である。
主に彼女のことを書いた諸永裕司の『沖縄密約 ふたつの嘘』(集英社文庫)が4月に出て、私は次の推薦文を寄せた。
「国家の嘘を暴いて不当逮捕された男を支えた妻と弁護士。2人の女の不屈の闘いは涙なくしては読めない。私は繰り返し読んで繰り返し泣いた」
端的に言って、嘘がすべて許されないわけではない。権力がつく嘘は許されないのであり、私たちが権力に対してつく嘘は許される。しかし、国家権力はあらゆる機会をとらえて、私たちの「秘密」を暴こうとする。
先ごろ、国会を通ってしまった経済安保法などもそうなのだが、立憲民主党はそれに賛成したのである。彼らは秘密の大事さと、国家がそれに介入することの恐さがわからないのだろう。
太宰治の名作『斜陽』に、娘が母親にこう語る場面がある。
「人間が他の動物と、まるっきり違っている点は、何だろう。言葉も知恵も、思考も、社会の秩序も、それぞれ程度の差はあっても他の動物だって皆持っているでしょう?信仰も持っているかも知れないわ。人間は、万物の霊長だなんて威張っているけど、ちっとも他の動物と本質的な違いがないみたいでしょう?ところがね、お母さま、たった1つあったの。おわかりにならないでしょう。他の生きものには絶対になくて人間にだけあるもの。それはね、ひめごと、というものよ」
2002年に『毎日新聞』労組が開いたシンポジウムで、筑紫哲也は西山を前に、「同じ時代に生きた1人のジャーナリストとして、ジャーナリズムが西山さんという人をきちんと守れなかったという結果については恥ずかしいと思っております」と言い、こう続けた。
「沖縄密約事件から30年たって、現在なにが問題かと言えば、いまだに隠すことをやめない私たちの政府機関、権力者たちの存在でありましょう。そういう意味では、これは30年前の事件ではなくて、現在の事件です」
アメリカの公文書で密約の存在が明らかになっても、わが国の政府はそれを否定している。ただ、事件当時、外務省のアメリカ局長だった吉野文六だけが、2009年に密約を認める発言をした。
その吉野が西山を「自分を、そして国民を欺いた国家に嘘を認めさせようとする執念、そして正義感。さらには、みずからの名誉をなんとしても回復させたいという欲。そのすべてをひっくるめて、偉大だと思います。なにしろ、鎧兜をつけたような国を相手に、ひとり素手で戦ってきたのですから」と言っている。
西山夫人の啓子の日記を基に土江真樹子がつくったドキュメンタリーの題名は「汚名」である。
この記事の著者・佐高信さんのメルマガ
image by: TAKASHI SUZUKI / shutterstock.com