5月に滋賀県大津市で発生した、保護司の男性が殺害されるという痛ましい事件。容疑者は亡くなった保護司から支援を受けていた保護観察中の男でした。この事件を取り上げているのは、健康社会学者の河合薫さん。河合さんはメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』で今回、かつて受刑者のキャリア支援で刑務所内に足を踏み入れた際に「自身の中の無意識の偏見」に気付いたという経験を記すとともに、改心した人を受け入れる社会になっているとは言い難い日本の現状に疑問を投げかけています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:無意識の差別と塀の高さ
プロフィール:河合薫(かわい・かおる)
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。
保護司男性を殺害、保護観察中の容疑者(35)が逮捕。無意識の差別と塀の高さ
保護司の男性を殺害したとして保護観察中の35歳の容疑者が逮捕されました。
報道によると、容疑者は保護司の男性の支援で、建設会社で働くようになったものの「正当な評価をしてもらえない」などとしてすぐに退職。保護観察への不満をSNSに投稿し、殺害をほのめかす文言もあったとされています。
保護司は立場上は国家公務員ですが、実際にはボランティアです。性善説に立ち、人の可能性を信じ、塀の外に出てきた人に「傘」を差し続ける。裏切られることがあっても「依存の先にこそ自立はある」と過ちを犯した人を支え続けます。
そんな心優しい人が、なぜ刃を向けられてしまったのか。10年ほど前に「塀の中」でキャリア支援を少しだけお手伝いさせていただいた経験があるだけに、今回の事件は残念でなりません。
「働く」という行為がいかに更生に役立つかは、再犯率を見れば一目瞭然です。
一般刑法犯全体の再犯率は1997年以降、一貫して上昇を続け、2019年にわずかに低下したものの、20年には過去最高の49.1%に達しました。
刑務所再入所者のうち、再犯時に仕事がある人は27.9%に対し、仕事がなかった人の割合は72.1%と、約3倍にのぼります。つまり7割が無職。社会との接点のない状況で、再犯に及んでいたのです。
私は実際に「塀の中」に足を踏みいれて気付いたのが「私の中の無意識の偏見」でした。
受刑者のキャリア支援の一貫として、講義でお話をさせていただいた際に、受刑者の方たちの真っ正面に立った瞬間、えらく緊張し、私の頭は真っ白になってしまいました。
受刑者にとって、「仕事」がどういった意味をもつのか?「仕事」に対して、どんな絶望を抱いているのか?そもそも「働きたい」という気持ちがあるのか?
そんないくつもの「?」が受刑者と面と向き合った途端、私の脳内を埋め尽くし、どんな話をすればいいのかわからなくなった。そこで私は「仕事をしたいですか?」などと、ストレートすぎる質問をしてしまったのです。キャリア支援の講義で、仕事したいですか?ってわけがわかりません。愚問の極みです。しかも、どんな答えが返ってくるのか想像がつかず、かなりビビってしまいました。
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居場所を求め刑務所に戻る」。刑務官が話してくれた現実
ところが、そんな私の心配をよそに受刑者全員が「はい」と答え、仕事をしたい理由を次のように答えました。
「仕事をしてお金を稼がないと、生活できない」
「仕事をして、自立したい」
「仕事をして、普通の生活をしたい」
「仕事をして、人を喜ばせたい」
……などなど。
返ってきた答えは、ごくごく普通のものでした。いったい私は何を恐れていたのか。
私は無意識に「私たちとは違う」と偏見をもち、無意識に「特別な人たち」と区別していたのです。
世間の受刑者への偏見が彼らの生きづらさの大きな要因になっていると、頭ではわかっていたはずなのに。私自身が、彼らを偏見のまなざしでみていたのです。実に情けないというか、しょうもないといいますか。深く深く反省しました。
保護司は「この無意識のまなざし」を持たない人たちです。そして、この無意識のまなざしに負けることなく、贖罪の心をもって改心した「人」と共に歩き、「社会の一員として生きていいんだ」と彼らが確信できるまで背中を押し続けます。
そんな温かい心を持つ人に「刃」が向けられてしまったという事実を「私」はどう受け止めればいいのか。
メディアは「保護司になり手がますます減ってしまう」ということばかりを報じていますが、改心した人を「受け入れる」社会になっているのでしょうか。
刑務所を出て保護観察の対象になった人を雇い、立ち直りを支援する「協力雇用主」の登録は全国で約2万4,000社ですが、実際に雇用しているのは約1,200社で、全体の5%程度です。
「刑期をおえて出所するときには『二度ともどってきません』と言う。その気持ちにウソはないと思います。でも、また戻ってくる。特に正月が近づくとアンパン一個盗んで、塀の中に戻ってくる。なんとか生活できるヤツも多いのに戻ってきちゃう。居場所を求め刑務所に戻る。これが現実なんです」
刑務官の方がこう話してくれました。
みなさんのご意見、ぜひお聞かせください。お待ちしています。
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