先日掲載の記事でもお伝えしたとおり、戦術核兵器の配備を進めすでに臨戦態勢に入っているとも伝えられるロシア。もはや核による威嚇は使用をほのめかすステージからさらに悪い方向へ進んだと言っても過言ではないようです。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、自身が参加した核不拡散条約の関連会合で軍縮・安全保障の専門家から直接耳にしたという、我々日本人の想像をはるかに超える「核兵器による抑止」の国際認識を紹介。さらに北朝鮮が我が国に核攻撃を加える可能性もありうるとして、想定されるシナリオを記しています。
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※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:Point of No Return?! 緊張が高まる国際情勢と核兵器の存在が示すもの
国際交渉人が恐れるシナリオ。北朝鮮“日本核攻撃”という起こり得る最悪の事態
「核兵器による抑止というのは、核兵器を使わないことを前提とはしておらず、安全保障体制の堅持のためには、有事において核兵器の使用を含むすべての選択肢を用いて対応する決意を明確に示すことで、容易に核兵器を使わせないことを目指すものだ」
NPTの際にお目にかかった軍縮と安全保障の専門家が解説してくれた“核兵器による抑止”の意味する内容です。
必ずしも100%この認識に同意するわけではないのですが、この解釈に触れて、今週話題になった日米間での核兵器を含む拡大抑止の背後にある考えが少し明確に見えた気がしましたし、現在、複数の国際紛争が同時進行で進み、混乱を極める国際情勢を分析する上で、新たな視点を与えてくれたように感じます。
同じ専門家が加えていうには「核抑止において、核兵器を持っていることだけでは十分な力としては作用せず、いつでも要せば(必要であれば)即時に使用できる状態を作ることによって、強い抑止力が作用する。もちろん、使うような事態が起きないことを切に願うが、核兵器保有国として国際安全保障に対する責任こそが、核兵器による抑止力の提供だと考える」とのことでした。
核兵器(原子爆弾)を投下された広島と長崎、戦後、P5諸国の核実験の場となり、死の灰を浴びた国々(カザフスタン、マーシャル諸島など)、そして核兵器を持たない大多数の国々にとっては、「核兵器は悪魔の兵器ほか何でもない」という認識が広がっていますが、核兵器保有国にとっては「多種類の兵器の中で、核兵器は有効な手段の一つ」という認識が一般的になっており、それをベースに考えると、ロシアによる度重なる核兵器の使用を仄めかす脅しは、私たちが考える以上に、現実のものとなる可能性があると感じます。
二大核兵器国であるアメリカとロシア(旧ソ連)の間ではNo First Use(先制核攻撃の禁止)や、相互に核兵器を使うような極限状態でかつ相互破壊に導く事態を事前に防ぐ認識(Mutually Assured Destruction-MAD)という冷戦時からの体制がまだかろうじて機能していますが(とはいえ、2026年以降START IIがどうなるかは未定です)、中国が急速に核戦力を増大し、核のバランスが崩れる恐れがある今、米ロ中の核のトライアングルすべてをカバーする相互のassurance体制が出来ない限りは、核兵器の管理の観点からは、とても心もとないと言わざるを得ません。
その影響をもろに受けるのが、米国の核の傘に入るNATO諸国(アメリカと核共有のスキームにある)や日本、韓国、オーストラリアなどの通称Umbrella諸国です。
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周辺国にとって完全なる「今そこにある危機」となった中ロ
主要核保有国であるロシアが2022年2月24日に隣国ウクライナに侵攻したという事態は、核兵器の存在が戦争の抑止という当初の目的から、相手に自国のエゴを押し付けるための恐怖の根源として作用する事態に変化し、一気に欧州および中央アジア地域の安全保障環境を緊張させることになりました。
ロシアによるウクライナ侵攻において、欧州各国が思い切って厳しい対応を取れない一つの心理的な理由は、ロシアが地理的に陸続きであり、多くの欧州諸国がロシアおよびベラルーシと国境を接する現実から、意図的か事故かの別なく、本当にロシア・ベラルーシがたとえ超小型・低出力の戦術核兵器であったとしても、核を使うような事態になれば、欧州各国は何らかの悪影響を被ることは避けられないとの認識がベースにあるからです。
以前にも触れましたが、ウクライナに対してロシアが核兵器を直接的に使用するかどうかはわかりませんが(自国への影響を考慮するとしづらい)、Pro-NATOの周辺国、特にバルト三国を恐怖に陥れ、国内での混乱を引き起こす起爆装置としての核使用はあり得ないシナリオとは言えないという分析が多数あるため、あまりロシアを過剰に刺激したくないという、見えない恐怖に基づく反応が、欧州各国に共通して存在します。
もちろん恐怖の度合いはロシアに近いほど大きく、フランスやドイツ、英国などの西欧諸国にとっては、ドイツを除けば自らも核保有国であるうえに、ロシアによる安易な攻撃を受けづらいという地の利からあまり実害はないと考えられますが、ポーランドやバルト三国、モルドバやハンガリー、ルーマニアなどの東欧諸国にとうっては、まさに“今そこにある危機”の典型例と言えるでしょう。
同様のことは北東アジア地域に位置する日本や韓国、東南アジアからオセアニアに属する国々にとっても言えます。
中国の核兵器能力が格段に上がり、着実に核兵器大国になるための階段を急速で上がっている現状は、実際に中国が核兵器をアジア諸国に用いることはないと考えるものの、常にそこに存在する安全保障上の脅威であり、中国に対して敵対的な威嚇を行うことを躊躇わせるに十分な状況を作り出しています。
そこにロシアの助力を受けて急速に核弾頭の小型化に成功し、核兵器運搬能力である弾道ミサイルの性能も格段に上がっている状況は、北朝鮮を過激な行動に走らせる危険性をはらんでいます。
中国政府は決して北朝鮮の核開発を良く思っていないという状況に鑑みると、もし核兵器を盾に中国に楯突くような態度を取るようになると、中国が核兵器を使用することはないと思われますが、北朝鮮の核能力を国家安全保障上の危機として攻撃して破壊するようなシナリオは十分に考えられます。
そのような事態が生じる場合、ロシアはどう出てくるでしょうか?
中ロではなく日韓に向けられる北朝鮮の怒りの矛先
先日、プーチン大統領が北朝鮮を訪問した際に、ロシアと北朝鮮の間で有事の際に相互に支援する同盟国的な条約が締結されましたが、その取り決めに準ずるとロシアは中国と対峙しなくてはならなくなりますが、実際には本格的な戦闘には至らず、形式上どこかに攻撃をすることで約束を果たしたことにし、中国との間での緊張状態を可能な限り作らずに済ませようとすると思われます。
ロシアにとって中国は大事なパートナーであり、中国にとってもロシアと密接な関係を維持しておくことは、互いの存続のためには必須ですし、欧米諸国に対して共同戦線をはるためにはロシア・中国間の絆は必須となります。
そして一見、ロシアに約束を破られたように感じる北朝鮮の怒りの矛先は、日韓に向く可能性が高まり、何らかの軍事行動に出る可能性は否定できません。
これはあくまでも想像の域を出ませんが、その際、北朝鮮が何らかの核攻撃を行うことを選択した場合、ロシアにとってのウクライナと同じく、韓国に対する核攻撃は避け、代わりに日本に対して核攻撃を仕掛けるかもしれないという非常に危ないシナリオもあり得るかもしれません。
そんな事態になると、アメリカは核兵器を用いた手段を含む形で報復する必要が安保条約上発生しますが、このような状況になった場合には、もう誰も止めることが出来ないドミノが生じることになってしまい、他の戦争を誘発することになるでしょう。
そのような地獄のドミノを起こさせないために、日米間で核兵器の拡大抑止に向けた協議が始まっていくのだと理解していますが、これが冒頭でご紹介した専門家の解釈に繋がります。
どこまで戦略的に考えているかは分かりませんが、ロシア政府も中国政府もこのようなシナリオは十分に想定しており、実際には有事の際に有効に反撃・報復に移れない欧米諸国とその仲間たちのジレンマを読みきって、勢力圏の拡大に勤しんでいるように見えます。
今週、非常に驚いたニュースが中国による仲介でハマスとファタハ、そして14のパレスチナのグループがunited forceとして連携し、One Palestineとして振舞うという合意が成立しました。
(メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』2024年7月26号より一部抜粋。続きをお読みになりたい方は初月無料のお試し購読をご登録下さい)
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