週明け5日の東京株式市場はパニック売りが殺到し大荒れ。日経平均株価は4451円安(-12.4%)を記録し、下げ幅で史上最大、下落率でも歴代2位の大暴落となった。世間からは「令和のブラックマンデー」「リーマンショックの再来」の声も聞こえてくるが、いったいマーケットで何が起きたのか?ブーケ・ド・フルーレット代表で経済アナリストの馬渕治好氏は、今回の相場急変は過去の金融危機とは性質が異なると指摘。メディアが常套句のように報じる米景気不安、日銀利上げ、インテルショックなどの諸要因よりも、「日本をよく知らないまま、日本株の上値を“誤って”買い続けてきたツーリスト投資家」の勘違いが大きく影響しているのではないかと分析している。(メルマガ『馬渕治好の週刊「世界経済・市場花だより」』より)
※本記事のタイトル・見出し・図版等はMAG2NEWS編集部によるものです
プロフィール:馬渕治好(まぶち・はるよし)
ブーケ・ド・フルーレット代表、米国CFA協会認定証券アナリスト(CFA、Chartered Financial Analyst)。1977年東京教育大学(現:筑波大学)附属高等学校卒業、1981年東京大学理学部数学科卒業、1988年米国マサチューセッツ工科大学経営科学大学院(MIT Sloan School of Management)修士課程修了。1981年に(旧)日興証券入社。1986~88年は2年間休職し、米国留学。他の期間は、ほとんど調査関連諸部門を歴任。2004年8月~2008年12月は、日興コーディアル証券国際市場分析部長を務めた。2009年1月より、独立した形で経済・市場分析業務を行なっている。日本経済新聞夕刊のコラム「十字路」の執筆陣のひとり。テレビ・ラジオ出演多数。
異常ではなく正常化、上がりすぎた株価が「普通に戻っている」
「過ぎし花~先週(7/29~8/2)の世界経済・市場を振り返って」より
先週の主要な株価指数の騰落率ランキング(現地通貨ベース)で、ベスト10は、
エジプト
ニュージーランド
ハンガリー
中国
タイ
台湾
インドネシア
パキスタン
豪州
ポルトガル
でした。なお、先週株価が上昇した国はこの10か国にとどまり、世界的に下落した株価指数の数が優勢であったことがわかります。
一方、ワースト10は、
アルゼンチン
TOPIX
イタリア
日経平均
スペイン
デンマーク
ドイツ
イスラエル
オーストリア
ペルー
でした。
日本株の下落率が高くなりましたが、過去に日本株ばかりが(海外投資家の上値買いにより)高い上昇率を遂げた局面がありましたので、その修正運動だと解釈します。
先週の外貨相場(対円)の騰落率ランキングをみると、先週対円で上昇した(円安になった)外貨は、先々週に続き、一つもありませんでした。全面的な円安の巻き戻しが優勢であったことがわかります。
一方、ワースト10は、
イスラエルシェケル
メキシコペソ
コロンビアペソ
ブラジルレアル
ハンガリーフォリント
トルコリラ
豪ドル
英ポンド
アルゼンチンペソ
チリペソ
でした。
米景気、日銀、インテル。メディアが報じる「株安・円高の理由」は眉唾もの
さて、こうした株安・円高が生じた要因として、「世間では」次のようなものが挙げられています。
1)米国の経済統計、たとえば8/1(木)発表の週次の新規失業保険申請件数や7月のISM製造業指数、8/2(金)の7月の雇用統計などが弱く、米景気悪化への懸念が広がった。
2)7/30(火)~7/31(水)の日銀金融政策決定会合で利上げが決定されたため、それが日本の株価全般を押し下げたとともに、日本の金利上昇が円高をも加速させて、それが日本の輸出企業の株価の悪材料となった。
3)インテルが8/1(木)に決算を発表し、4~6月期の最終利益が赤字であった旨を公表したうえ、人員削減計画や配当の停止を打ち出したため、同社の株価のみならず半導体関連株全般の押し下げにつながった。
他にも株安・円高材料を挙げることが可能でしょうが、主なものはこの3つでしょう。ただ、いずれも市場変動の真因かどうかは怪しい(単に売買のネタとして使われた感が強い)と判断します。
1)については、前述のように、7/31(水)のFOMCの結果により、「米景気は堅調に決まっているのに、パウエル議長は9月の利下げもありうると明言した、利下げはほぼ確実だ、一段と米景気は底堅くなるから株価は上昇だ」と浮かれまくっていたわけです。
これが、8/1(木)には、週次の失業保険申請件数とISM製造業指数という、たった2つのデータの弱さを受けて、「米経済はすさまじく悪化している、9月に利下げしてももう間に合わない、手遅れだ」という大騒ぎになったという次第です。そこに、8/2(金)の雇用統計の弱さが重なりました。しかし、わずか一日で、米経済は底堅い展開から後退間違いなしになるものでしょうか。そんなことはあるはずがありません。
そもそも、悪材料視されたISM製造業指数ですが、確かに6月分の48.5から7月は46.8に悪化しました。しかし、このように景気の好悪の分岐点とされる50を下回ったのは、2022年11月から直近の2024年7月までの21か月中20か月(今年3月だけが50超で、あとはずっと50割れ)と、ほぼずっと製造業景気の不振が示され続けていました。
また、ダメ押しとなった雇用統計ですが、確かに7月分の失業率の上昇が、話題となっています(それについては、サーム・ルールという法則が注目されており、後の「理解の種」をご覧ください)。
ただ、それを横においても、たとえば人材派遣業の雇用者数は2022年3月をピークに減少基調にあり、「派遣切り」が長い間進展していて、いずれ正社員雇用に陰りが出ることは自然でした。週当たり労働時間前年比も、2021年8月以降直近までの36か月中、プラスがわずか2回、プラスマイナスゼロが7回、あとの27か月はマイナスです。つまり景気の鈍化による仕事量の伸び悩みに対応するため、企業が時短を進めていたことがわかります。
そうしただいぶ前から自明な景気不振を、米株価は無視し続け、買われ過ぎの上に買われ過ぎを乗せ続けてきたわけです。そうした実態から乖離した実力不相応な株高が、とうとうこのタイミングで破綻した、ということだと判断します。
日本株を買い続けてぶん投げた「ツーリスト投資家」の勘違い
2)の日銀の利上げが悪材料、というのも、不可解です。金融政策決定会合直後の7/31(水)は、前述のように、日経平均はその日のザラ場安値からザラ場高値に大きく持ち直しました。円相場も、同日15時辺りまでは値を保っており、大きな円高とはなっていません。それが、そのあとで円高と日本株安が進行した形です。
決定会合直後は利上げは株安・円高の材料ではなかったが、ある時刻からどろんと化けて株安や円高の最大の要因となった、というのは、怪しい主張だと言えます。
そもそも、短期金利が0.0~0.1%なら日本経済は順調で日本円は下落し続けるに決まっているが、それをわずか0.25%に引き上げただけで、日本経済はガラガラと音を立てて崩れ、日本円は暴騰が妥当だ、などということは考えにくいです。
おそらく、買われ過ぎの日本株や売られ過ぎの円相場が、巻き戻った、ということなのでしょう。
日本株の買い過ぎを手仕舞っているのは、昨年4月から今年7月まで上値を買い続けた、ツーリスト投資家(日本をよく知らないし、日本株投資の経験も乏しいが、日本株の上値を「誤って」買い続けた海外投資家)の投げ売りでしょう。
ということは、既に7月前半の買われ過ぎは吹っ飛びましたが、さらに少なくとも今年1~3月の株高も手仕舞いで消えうせる(結果として32000円辺りまで日経平均は下げる)ことになると見込みます。
もし昨年4~6月の上昇まで消し込まれるとなると、27000円辺りに下がることになりますが、当時から1年近く経っており、その間企業業績が1割程度は増えていますので、それを加味すると、3万円ちょうど辺りに下落する可能性はあると懸念します。
円相場の巻き戻りについては、先物のデータから推察すると、投機筋の円先物売りの反対売買が中心だと判断します(新NISAをきっかけとした、日本の個人投資家の海外証券買いは、円安の要因として誇張され過ぎていると判断しますし、そもそも個人が金融資産を国際的に分散することは、適切なことです)。
「インテルショック」がなくとも半導体セクターは早晩調整していた
3)については、確かにインテルの業績不振の度合いやリストラなどはネガティブサプライズだったと言えます。ただ、一頃まで「AI祭り」とでも呼ぶべき、AI関連の半導体が有望だとの観測を頼みに、半導体企業の株(その企業の半導体の販売先がAI分野であろうとなかろうと)や半導体製造装置など関連産業の株を、何でもかんでも買い上げるような投資家の行動が、あまりにも行き過ぎでした。
そもそも、PC向けやスマホ向けの半導体の需要は、持ち直しつつはありますが、決して手放しで順調だとは言えません。
こうした「AI祭り」の株価上昇が、維持不能だったので、インテルの業績不振がなくても、何か別のきっかけで半導体関連株の株価下落がどこかで生じ、それが株価全般の悪材料になったことでしょう。
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今週(7/29~8/2)の世界経済・市場の動きについて
「来たる花~今週(7/29~8/2)の世界経済・市場の動きについて」より
今週は、先週に比べると、材料が少ないです。
日本のマクロ経済統計では、8/8(木)発表の景気ウォッチャー指数が注目されます。これは、国内の業者(現場で働く人たち)の景況感を示しますが、現状判断DIは6月の47.0から7月は47.5に、先行き判断DIは同じく47.9から48.5に、改善すると見込まれています。
ただ、両DIは最近のピーク(現状判断DIは2023年8月の53.5、先行き判断DIは2023年4月の54.6)に及びません。インバウンド消費が好調だ、国内消費者も賃上げを受けて支出を増やしている、などと掛け声ばかりが勇ましいものの、市井の業者は景気はそれほどは良くはない、と実感しているようです。
米国のマクロ経済統計では、8/5(月)に、7月のISM非製造業指数が公表予定です。前月6月は、ISM指数は製造業、非製造業ともに、景気の好悪の分岐点である50を下回りましたが、市場では非製造業指数は6月の48.8から7月は51.0と50超えに復帰するとの予想です。
もし予想を裏切って50割れとなれば、景況感の悪化に拍車がかかると懸念されます。
日米では、4~6月期などの企業決算発表が、最盛期は過ぎたものの、続きます。
このように、先週に比べると今週の材料は少ないです。このため、引き続き投資家の心理やポジションの都合が優先する形で、不安定な株価や為替相場の推移が続きそうです。
とは言っても、先週末(8/2、金)の米国市場では、日経平均先物が34800円近辺と、東証の先週の終値を1000円以上下回っています。また米ドル円相場は、1ドル146円半ばで週を終えています。こうした流れを受けて、今週以降もしばらくは(ただし、もうあまり長い間ではないかもしれません)、株安・円高基調が持続すると懸念します。
「そろそろ株式買いの準備を」盛りの花~世界経済・市場の注目点
この続きはメルマガ8/4号でご覧いただけます。
「盛りの花~世界経済・市場の注目点」のコーナーでは、リーマンショックでもコロナ禍でもない現在の株価急落局面における適切な投資行動について解説。また、「理解の種~世界経済・市場の用語などの解説」のコーナーでは、米国の景気後退を示唆するとされ注目度が高まっている「サーム・ルール」について詳しく取り上げています。
※本記事は有料メルマガ『馬渕治好の週刊「世界経済・市場花だより」』2024年8月4日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。
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