とうとう「マイナ保険証」の本格利用がスタートし、利用者の混乱が伝えられています。しかし、今回のメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』で健康社会学者の河合薫さんが不安視するのは、そのせいで「廃業」に追い込まれるクリニックや診療所が多いこと。受け入れる側の深刻な問題について詳しく解説しています。
マイナンバーカードついに「マイナ保険証」としての本格利用がスタート。大きくて、強くないとダメなのか?
すったもんだ続きだったマイナンバーカードが、ついに「マイナ保険証」としての本格利用がスタートしました。
利用する側の問題ばかりが報じられていますが、受け入れる側の問題はかなり深刻です。昨年4月、政府が医療機関に対し、患者の保険資格をマイナ保険証によりオンラインで確認することを原則義務化。さらに、今年4月には診療報酬を請求する際に、医療費を計算したレセプト(診療報酬明細書)をオンラインで請求することも原則義務化したことで、廃業に追い込まれるクリニックや診療所が相次いでいるのです。
先月、医師ら1415人が、「マイナ保険証の利用の義務づけは違法」として、国に義務の無効確認と1人当たり10万円の損害賠償を求めていた裁判で、東京地裁は「違法とは言えない」として請求を棄却しました。
一方で、2023年度の医療機関の休廃業・解散件数は709件で、最多だった19年度の561件より大幅に増加。今年1~10月の医療機関の倒産件数も過去最多の55件で24年度の休廃業・解散件数も過去最多を更新しそうです。
主な原因は高齢化や後継者不足ですが、マイナ保険証などデジタル化への負担感が後押ししたのも大きな要因とされています。
実際、東京都内の開業医らで作る東京保険医協会によると、22年12月~24年5月に退会した258人のうち、9%にあたる23人はオンライン確認の義務化を廃業理由のひとつに挙げたそうです。
むろん国もシステム整備への補助金を支給しています。しかし、導入コストが補助金額を上回り自己負担を強いられるケースが多く、その割合は6割弱にのぼるとの結果もあります。中には顔認証付きカードリーダーの導入や、ネット回線の整備、電子カルテシステムの改修などで、補助金を大幅に上回る180万~200万円の見積もりを提示されたケースもあったそうです。
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私のかかりつけの歯医者さんによると、システム導入やデジタル化に伴い、パソコンなどすべての機器を買い替える場合もあるとのこと。また、メンテナンス費用も高く、「金がかかって仕方がない。負担感は半端ない」と言っていました。廃業を余儀なくされたクリニックの多くは、地域に長年尽くしてきた高齢の医者さんたちです。その中には、後継者問題を抱えながらも、「患者さんたちを見捨てられない」とふんばっている医師がたくさんいます。
最新の統計ではクリニックや診療所で働く医師の平均年齢は60.4歳。60~69歳が全体の29.7%、70歳以上が全体の23.0%と、ベテラン医師が半数以上を占めています。
年を取るとかかりつけの医師を変えるのは大変です。
高齢の医師たちのがんばりに、「自分もがんばろう!」と励まされる患者もたくさんいます。
デジタル化は時代の流れですし、利用者にとってプラス面が多いことはわかります。しかし、大きなものしか生き残れない社会になっていないか? 国は小さなもの、弱きものを、しっかりと支えられているのか?
私には忘れられない“悲鳴“があります。東日本大震災のあと、石巻の渡波地域に通っていたときのこと。震災前にご夫婦で中華料理店を営んでいた70代の男性がこう嘆いていました。
「店をもう一度やろうって気持ちになったのに、補助金がおりない。後継者のいない個人商店にはカネがでないんだよ。津波で生き残っても国に殺さるんだ」ー。
みなさんのご意見も、お聞かせください。
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