トランプ米大統領が20日就任し、第2次トランプ政権を発足させた。就任演説で「アメリカの現体制に挑戦する」と断言し、次々に大統領令に署名しているトランプ氏は今、「何があっても逮捕・起訴されない」反則レベルの無敵状態にある。これに関して「トランプ2」を第1次政権の延長で考えていては国益を見誤ると指摘するのは米国在住作家の冷泉彰彦氏だ。もともと第2次政権は微妙な“反日性”を抱えている。そこに複数の要因が絡み合うことで、トランプ氏の矛先が日本に向けられる可能性も否定できないという。(メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』より)
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:1期目とは大違い、トランプ2始動
「過去とまったく違う」第2次トランプ政権5つのポイント
第2次トランプ政権が発足しました。アメリカでも日本でもトランプ「2.0」という言い方がありますが、そんなに「こまめにアップデート」する人ではないので、小数点以下はいらないでしょう。「トランプ2」でいいと思います。
といいますか、1から2というのは、まったく違う性格を持った政権であり、1期目の延長で考えていては見誤る部分が多いと思います。そんなわけで、本稿では「トランプ2」としますが、では何が違うかという点について、まず最初に整理しておきましょう。5点指摘ができます。
(1)何があっても逮捕・起訴されない「無敵状態」にある
1点目は、トランプはこの間に最高裁で勝訴しており、とんでもないパワーを身につけたということです。それは「大統領としての不訴追権」というものです。よく不逮捕特権などと訳されますが、逮捕されないだけでなく大統領の任期中に行った「あらゆること」について訴追されないという権利を、最高裁から「判例」という形でもらってしまっています。
例えば、「トランプ1」のときは、ちょうど4年前の2021年1月6日に起きた議事堂乱入暴動事件に関して、当時は「2度目の弾劾」が模索されましたし、トランプ自身も捜査対象になりました。その他のものも入れて計4つの訴訟を抱えていました。そのうちのNYにおける事件では有罪(ただし、犯行は就任前で、しかも連邦法でなくNY州法による判決)になっています。
ですが、これから4年の任期の間は「何をやっても逮捕されないし、起訴もされない」ということになります。あわせて、過去の問題もすべて「自己恩赦」ができるので、性暴力も、選挙資金を不倫口止めに使った犯行も抹消できるようになります。
何しろ最高裁は判事の意見として「仮に大統領が任期中に政敵を暗殺したとしても起訴されない」と明言しているぐらいですから、その効力は絶大です。
民主党や、一部の反トランプの共和党、そして法曹界では「これでは独裁者が生まれてしまう」ので、憲法改正をやって大統領の「法の上に超越」した権限を弱めようとしています。そのぐらい、このパワーは大きなものです。
では、実際にトランプが政敵を暗殺するかというと、そこまではやらないと思います。ですが、とにかく「あらゆる法律の上」に立っているということは、例えば議会の立法権が及ばない権力を得たと「少なくとも本人と周囲は思っている」わけですから、極めて要注意です。
(2)暴走と隠居、真逆の可能性がある「4年のタイムリミット」
2点目は、4年のリミットがあるということです。今回の政権は2期目ですから2028年の選挙にはトランプは立候補できません。ですから、任期は4年限定です。
普通の大統領は2期目に入ると、まずは2年後の中間選挙での勝利を目指し、その他には歴史に残る「功績」づくりに努力するようになります。
例えば自分に有力な後継者がいる場合は、その人物が次の大統領選で勝つように応援することもできますが、多くの場合は「それは控え」ます。なぜならば、大統領を退任した後の元大統領というのは、党派を超えてアメリカのために貢献することが求められる、つまり大所高所に立つことが要求されるからです。例えばカーターという人は、それを半世紀近くやったのでした。
ですから、権力という意味では俗にいう「レイムダック化」をするし、「キングメーカー」にもならないのが通例です。
では「トランプ2」はどうかというと、その反対になる可能性があると思われます。まず、現在の状況では2026年11月の中間選挙は、「トランプへの信任投票」とは違う形になりそうです。単純にトランプに批判的な民主党と、トランプ与党の共和党の戦いにはなりません。
まず、トランプは自分の言うことを聞かない共和党議員は、予備選に刺客を送って候補の差し替えを狙うでしょう。そこがむしろ主戦場になります。仮に、そこでトランプ派が勝てずに、クラシックな共和党候補がたくさん残って、結果的に民主党に勝ったとしたら、それがトランプの最悪シナリオです。ポスト・トランプの主導権を「ヴァンス後継」も含めてクラシック共和党に奪われるからです。
仮に予備選でトランプ派が勝って、「それでも」本戦で共和党が勝てばトランプは益々「キングメーカー」になるでしょう。その場合は、最初の2年間でヴァンスが「必要以上に常識的な動き」をして、自分を裏切ると思ったら、ヴァンスを切ることも考えるかもしれません。ヴァンスへの信頼は今は非常に強いようですが、「ポスト・トランプ」を巡る争いは単純ではないと思います。
とにかく、トランプを2度も大統領に押し上げた不満と劣等意識の塊である「巨大な陰キャ票」をトランプは恐らく裏切ることはないし、そのために「キングメーカー」の権力を維持しようとすると思います。ですから、レイムダック化はしないという考え方ができます。
ただし、この説には真逆も成り立つのです。トランプの場合は、まず、最初に申し上げたように不逮捕・不起訴特権を手にしてしまいました。また、今回の「トランプ2」就任前の問題もすべてチャラにできます。ですから、今回の選挙のように選挙に勝たないと自分の身が危なくなる、というリスクは消滅しています。また、巨大なファン票の存在がありますから、退任後も安全は確保されるでしょう。
物理的にはシークレットサービスが厳重警護をしてくれるし、名誉や世評という意味でも1期目の後とはまったく景色が違います。さらにに、カネという面でも「トランプ1」の場合は、個人も家業も事実上の債務超過でアップアップしていました。ですが、現在は巨大なマスク・マネーに支えられて心配はありません。
ですから、2029年以降の政局などという面倒なことを考える必要はなく、サッサと次世代に権力を委譲するという可能性も十分にあります。いずれにしても、キングメーカーを目指して頑張るか、サッサと引っ込むか、御大の健康次第ですが、両極端があり得るということです。いずれにしても、余裕のなかった「トランプ1」とは大違いです。
(3)「マスク派 vs.泥臭いトランプ支持者」共和党内は内紛含み
3つ目は、内紛含みということです。これが恐らく、「トランプ2」の大きな注目点になると思います。その内紛含みということでは、かなり複雑な構造があります。三重構造といってもいいでしょう。
まず外側には先ほど申し上げたように、クラシック(親NATO、親日、グローバリスト)な共和党vs.トランプ派という共和党内の内紛があります。
その内側のトランプ派の中では、クラシックな性格をもつイヴァンカ夫妻などは排除されていますが、新しいメンバーとしてマスク派など「知的グループ」が台頭しています。
マスク派にはラマスワミ元大統領候補などもおり、とにかく政府の過激なリストラ、SNSの支配、ポリコレ追放などをやりながら、ローテク的な政治経済の徹底排除を狙っています。
このマスク派(ハイテク派)と、泥臭いトランプ支持者には、かなり水と油の対立構図があると思います。ヴァンス副大統領が、そのどちらに就くのか、あるいは両者の「架け橋」となっているのかは不明ですし、今後の動きを注目するしかないと思いますが、とにかく対立は顕著でどこかで爆発する可能性は否定できません。
そしてもう1つ、トランプ家の中でも対立があるようです。イヴァンカ夫妻はとりあえず今回の政権からは排除されており、と言いますか自分たちが一線を画しているようです。その上で選挙戦の中で見えていたのは、長男のドン・ジュニア、次男のエリックの2人は、まずヴァンスを副大統領候補に擁立するのに尽力したとか、マスクとも親しい、つまりトランプ陣営の「知性に屈している」ように見えます。
裏返して見ると、ドン・ジュニアとエリックの両名は、「少なくとも自分たちは政治家の器ではない」ということを理解しているように見えます。だとしたら「トランプ家の人間にしては、驚くほど優秀」とも思えますが、そこにとんだ伏兵がいたのでした。それはエリックの妻、ララという存在です。
元TVプロデューサーであったララは、かなりの野心家で「自分は初の女性大統領になる」などと公言しています。その布石がどうか分かりませんが、何と共和党の全国委員長(共同代表)になっているのです。この間、ララは上院議員の候補を狙って活動しており、2回も噂になっているのですが、結果的に周囲に止められています。
例えばですが、ララが「ヴァンスやマスクは難しいことばかり言っていて庶民の味方ではない」などと主張して、「後継狙いのお家騒動」を起こす可能性はあると思います。ララの権力の背後には義父による寵愛があり、また義父のトランプが適度に調節している中では、ララとしては増長できない構図も見え隠れしています。
仮にトランプの判断力が鈍ってきた場合には、ララが「勝負に出る」中で一家がガタガタになる可能性も否定できません。その場合ですが、マスクとヴァンスが結託して、そこにイヴァンカ夫妻が加わる中で、トランプ陣営を「クラシック共和党」にシフトさせながら2028年に向かうというシナリオも、そんなに荒唐無稽ではないと思います。
いずれにしても、トランプの共和党、そしてトランプ陣営とトランプ家は、「トランプ1」の時期よりも、はるかに強大であり、少なくともカネや票には困っていない中で、今度は内部抗争により崩壊する危険を抱えていると言えます。
クラシックな共和党の政策と一線を画する「トランプ主義」
4つ目は、これは強味と弱味の両方なのですが、トランプ1の時代とは違って、クラシックな共和党の政策とは「一線を画したトランプ主義」というのが、明らかになっているということです。1期目は、なにはともあれ「共和党の大統領」であり、「トンデモ政策」は選挙に勝つ、あるいは人気を維持するための方便だと思われていました。
また、トランプ政権の内部も、バノンなどトランプ主義者はむしろ少数であり、多くはクラシックな共和党の人材が多かったのでした。御大の政策や言動も、時々はトンデモであっても、多くの場合は「安全運転」に戻ってバランスを取ったりしていたのでした。
ですが、今回は違います。過激なトランプ流の公約を数多く掲げて当選しており、支持者はその実行を期待しています。さらに時間稼ぎのために、グリーンランド、カナダ、パナマ運河、メキシコ湾など北米大陸の内紛とNATO崩壊の危険な綱渡りゲームまでプレイを始めています。
こうしたトンデモ政策は、求心力になりますが、同時に猛烈な弊害、副作用をもたらすものでもあります。また、一期目と比較して「トンデモ政策」の効き具合が「インフレ化」しているとも言えます。これは麻薬のようなもので、1つが上手くいかないと別のトンデモ政策を出さないといけないなど、倒れるまで過激化ゲームを続けないといけなくなるということです。これは1期目にはなかった不安定要因です。
さらに、1期目の後半はコロナ禍だったという点も、大きく違います。私たちアジア系としては、「武漢ウィルス」というような公言で差別を呼び込んだので、まだまだ許せない面はあります。ですが、コロナ禍のために、トランプは「ワクチンを特急開発」して「支援金をバラまく」というクラシックな政策を行わざるを得なくなりました。危機であったために「強制的に常識的な政策」を取ることになったのです。
ですが、仮に今後の4年間、パンデミックなどの世界規模での危機が起きないとなると、トンデモ政策に期待する有権者と、本当は実行不可能という現実の中で、問題の先送りと口先だけの過激化が必要になってきます。
(5)日本が警戒すべき「極端な安全保障政策」
5番目の問題は安全保障です。これは日本にとって非常に警戒すべき危険な状況です。まず、1期目の場合はロシアとの癒着はスキャンダルで逮捕されて実刑となる者も出ました。ですが、現在はウクライナ戦争の継続する中で、トランプはプーチンとの親近感を隠そうともしないし、それでも当選してしまい、有権者の信認を得ています。
その上でNATO加盟国であるカナダとデンマークを敵視しています。例えばですが、NATO条約というのは「一国への攻撃は全体への攻撃とみなす」という条項を含んでいます。ですから、トランプがカナダを併合しようとしたり、グリーンランドに軍を上陸させたら「西欧全体を敵に回す」ことになります。そうなれば、誰が喜ぶかは明白です。
デンマークとの紛争は、舌戦に終わるだけでも、下手をすると、スウェーデンとフィンランドがNATO加盟した効果を帳消しにする以上の効果があるとも言えます。
なぜトランプ派は“反日性”を帯びてしまうのか?
危険なのは、日本がターゲットになる可能性が増しているということです。例えば、日鉄のUSスチール買収問題に関しては、とにかく「政治外交問題と切り離す」のが鉄則なのに、石破政権がブツブツ発言を続けるので、良くない雰囲気になってきています。例えば、今回は、買収提案のライバルである「クリーブランド・クリフス」のブラジル人であるゴンカルベスCEOが「日本は中国より悪い」などと言っています。
これはゴンカルベスがブラジル人だから、余計に過激な発言をしたがるとか、特に母国での日系の真面目な働きぶりに悪意を持っているという可能性はあると思います。ですが、それとは別に、トランプ陣営の中にトリシ・ギャバードというハワイ選出の元連邦下院議員(当時は民主党)で、その前は軍人だった女性がいるのですが、彼女の反日発言が影響している可能性があります。
つまり「トランプ派が抱えている微妙な反日」をゴンカルベスが意識しての発言ということです。日本は「安い値段で在日米軍に守ってもらっている」から「ズルい」ということで、圧力の対象になる危険がありますが、これはまだカネで解決できる話です。ですが、ギャバードのように「日本の防衛費増額はハワイ再侵略の野心の現れ」などという言いがかりになるとまったく捨ておけない話になります。
もちろん、これによって誰が得をするのかは明らかで、とにかく危険極まりない話です。ギャバードについては、疑惑がたくさんあるのですが、仮にCIAとNSAの上司にあたる情報長官になってしまうと大変です。
最悪のケースとしては、NATO解体は政治的に無理、ならば日米安保破棄で日本を孤立させ、さらにダークサイドに追い詰めれば「面白えや」といった劇場政治の「晒し者」にされる危険もゼロではありません。
日米中韓台の複雑な関係性など、勉強しないと分からない話にはトランプ派は興味ないので、軍国日本が復活して単純な悪役を演じてくれたら「面白い」などという話には簡単に飛びつきます。
日本としては、これが最悪シナリオで、それと比べれば防衛費負担の話などは条件交渉で済む程度問題です。少なくとも国家が孤立して吹っ飛ばされるような話ではありません。では、日本は大騒ぎをするべきかというと、これは逆です。そうではなくて、何も言わず、言われず、静かに時間が経過するのを待つのが上策です。ただ、危機意識は持っておくべきだと思います。
2025年1月20日「大統領就任式」で垣間見えた人間模様
さて、そんな中で、2025年1月20日の午前11時半から、大統領就任式が行われました。とにかく、北米東部は大寒波に襲われており、就任式の時点での首都ワシントンDCの気温は摂氏マイナス4度となっていました。こうした状況が予報されていたので、通例となっている議事堂前の屋外ではなく議事堂内の円形のホールに会場が移されています。これは1985年(レーガン2期目)以来だそうです。
その就任式ですが、開始前の表情から様々な人間模様が透けて見えました。
「バイデンとハリス、バイデン夫人とハリスの夫のダグ・エンホフはお互いに険悪な雰囲気。バイデンが『俺なら勝っていた』という発言をしてしまい、ハリス夫妻は根に持っているということと、根に持つということは、イコール28年への野心をハリスは捨てていないという印象」
「ヴァンス夫妻は野心と自信でキラキラした表情、夫婦が同じ表情していていかにもパワーカップルという印象」
「ヴァンスは何度もトランプに親しく耳打ち、関係は緊密な印象」
「バイデンのジル夫人は、民主党のカラーである鮮やかな青を身にまとい、サバサバした表情」
「ハリスは極めて表情が固く、怒りと野心のエネルギーはまだまだ残っていそう」
「イーロン・マスク、ジェフ・ベゾスはニコニコ、ティム・クックは表情固い」
「イヴァンカ夫妻も表情が非常に固い」
「トランプ本人はリラックス(しすぎ)という感じ」
「クリントン夫妻は達観」
「オバマ(ミシェル夫人は欠席)は、ブッシュと談笑」
就任式そのものについては、まずヴァンスが宣誓式を無難に終了。夫人が3人の子どもをあやしながら、夫の宣誓にあたっては聖書を支え、しかも、例の野心の表情と微笑をたたえていたのが印象的でした。トランプの方は2度目なので慣れたものですが、事務的という印象。メラニア夫人は深い帽子に顔を隠して存在感を消そうとしている感じでした。
意外だったのは、3男のバロン・トランプが退任するバイデンとハリスに丁寧に握手をしに行ったことで、これは母親のメラニア夫人の差し金なのかもしれません。バロン氏は、2メートルを超える長身に育っており、存在感はかなりのものでした。ところで、宣誓後も、トランプはヴァンスとずっと喋っていました。ヴァンスの「爺転がし」技術はもしかしたら相当かもしれません。ヴァンス夫人の強い目線も含め、この人たちは相当な「タマ」という感じです。
実現可能性に疑問符、トランプの「インフレ退治」宣言
今回のトランプの就任演説では、いきなり「黄金時代が始まる」「アメリカ・ファースト」から始まり「司法省の我々への攻撃は終わり」などとド直球の闘争宣言が来ました。
全体のトーンは、1回目のダークな就任演説よりも、さらにダークで挑戦的でした。LAの大火については、「この場にいる富豪の中にも家を失った人がいて興味深いが、あってはならないこと」などとヌケヌケと言っていました。
その上で、「アメリカの衰退は終了」と言いつつ、自分の暗殺未遂について告発するような口ぶりで、とにかくアメリカの現体制への挑戦をすると断言。そして、前回の選挙でアメリカは「人種、年齢にかかわらず」我々のアジェンダへの合意で完全に統一されたとしていました。この日は「キング牧師の誕生日」でしたが、彼の説き続けた「夢」を実現するなどとも言っていました。
常識の再定義をするとして、まず最初に「南部国境への非常事態」を宣言。不法移民の追放、移民政策の厳格化をするとしていました。1798年の「敵性者追放令」を根拠に、国を移民による侵攻から守るというのです。
第2には、なんと驚いたことに「インフレ退治をする」としていました。そのためには「国家エネルギー非常事態宣言」を行い、ジャンジャン化石燃料を掘るとしていました。そして、政府の過剰浪費を止めて、エネルギー価格を下げることでインフレを退治するというのです。
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グリーン・ニューディールとEV優遇を即日停止する、だから好きな車を作って良いし買って良いということも言っていました。海外から税金を徴収するために、ERS(外国歳入庁)を作るということも演説で言及、さらに政府効率化を行うとしていました。
また過去続けてきた「言論統制」をすべて排除するとしていました。都市には法と秩序を回復するとして、同時に人種ではなく徹底した能力主義で政策を進める、また男性と女性以外の性は認めないとも言っていました。軍のコロナ接種強制も廃止。軍はアメリカの敵を倒すことに専念させ、そしてアメリカは「あらゆる戦争に巻き込まれない」と宣言していました。
自分たちは「平和を作り、統一を作る」存在だとして、ガザの人質交渉についても自分たちの功績だとしていました。メキシコ湾を「アメリカ湾」にするとか、アラスカの「マッキンリー山」の名前を回復するなども明言。さらにパナマ運河の経営権を取り返す、ついには火星に星条旗を立てるとも宣言していました。
その後は、非常に儀礼的、抽象的になり、本人もやや淡々と喋っていただけでした。就任演説の後で、歌手のキャリー・アンダーウッドが出てきて「アメリカ・ビューティフル」を歌う場面では、軍楽の指揮者が行方不明になって音楽が鳴らないというハプニングがありました。
もしかしたら軍のささやかな反抗だったのかもしれませんが、アンダーウッドはすぐにアカペラで熱唱して「事なきを得」ました。ちなみに、このアンダーウッドのアドリブのアカペラですが、昔のアメリカ人ならこの種の気転には熱狂したところですが、陰キャが支配的な現在では大盛り上がりにはならなかったのは興味深かったです。
トランプとヴァンスは大喜びで、アンダーウッドを称賛していましたが、なかなかどうして、これからの4年間へ向けて「波は荒そうだ」という感じがしたのも事実です。軍楽の指揮者が消えたというのですから、決して単純なミスではないと思います。指揮者が倒れても任務は遂行する、これが軍というものだからです。
歴史的な一日。アメリカに冬の時代がやってきたのか?
と思ったら演説はこれでは終わりませんでした。その30分後に、トランプは議事堂内に現れて、共和党の議員団などを前に今度は「原稿なしの」スピーチを行いました。
最初はヴァンスを持ち上げて、「奥さんがすごいので大統領継承順位に加えたいぐらい」などと言っていました。またジョンソン下院議長への称賛など、徹底的なヨイショをやり、その後にメラニア夫人の持ち上げをやっていました。ヴァンス夫人を褒めすぎたのでバランスを取ろうというのでしょう。
CNNは退任したバイデン夫妻が、ヘリでDCを離れてアンドリュー基地に到着した映像と、気楽に放談しているトランプを横に並べて放映していました。しかし、快晴なのに摂氏で零下5度という中、寒風に吹かれたバイデン夫妻はなんともいたわしい限りでした。そのバイデンは、基地内で非公式の退任演説を行っていましたが、CNNはその音声は流さず、映像も切っていました。
それはともかく、トランプの演説は政敵リズ・チェイニー氏の悪口とか、ナンシー・ペロシ前下院議長への悪口など、まったくの放言で政策的に目立った内容はありませんでした。この放言アドリブ演説ですが、最近のこの人の「ラリー形式」の演説もそうですが、放談が止まらなくなり、その割には内容が大したことはないので、冗長な感じは否めませんでした。その間に、どんどん事前にセットしていた大統領令が発動されて、例えばパリ協定からの離脱が宣言されました。
さて、公式な就任演説に話を戻して整理すると、下記の4点に集約されると思います。
1)移民追放と国境厳格化は程度の問題もあるとは言え、相当にヤル気
2)メキシコ湾とパナマ運河の話はしたが、グリーンランドとカナダの問題は言及せずに、話が「火星」に変わっていた。即座にNATOを刺激することは控えた模様
3)驚いたことにインフレ退治を公約した
4)幸いなことに日本については一言も触れず
ということで、とりあえず3)以外は想定内ということだと思います。それにしても、非常に難しいインフレ退治をわざわざこの就任演説で明言するというのは、やはりトランプというのは相当なタマだと言わざるを得ません。と同時に、もしかするとこの点が政治的には失点につながる可能性も残しています。
いずれにしても、この2025年1月20日に歴史は大きな節目を超えました。式典を通じて、そしてその日一杯をかけて米国東部はどんどん気温が下がっていきました。現在は、米国東部時間の20日の午後5時ですが、私の住むニュージャージーは摂氏で氷点下7度、明日の朝は氷点下14度まで下がるようです。アメリカは何か大切なものを失い、冬の時代がやってきたのかもしれません。
※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2025年1月21日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。「能登抜きの震災ストーリーには違和感」「渋滞税導入で、大混乱のニューヨーク市」もすぐ読めます
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