米大統領選は“歴史的大接戦”の前評判をよそに、蓋を開けてみればトランプ氏の圧勝で終わった。アメリカの有権者は何に怒り、何を期待してトランプ候補に一票を投じたのだろうか。物価・雇用・住宅の3点から詳細に分析すると、意外な事実が見えてきた。実はハリス候補の敗因となったこれらの問題はトランプ氏にも到底解決は不可能なのだ。いわばトランプ新大統領は「戦う前から負けている」状況と言える。米国在住作家の冷泉彰彦氏が詳しく解説する。(メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』より)
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:トランプの勝因はそのまま弱点に
大方の予想を裏切り「早期決着」となった理由
それにしても、選挙全体が極めてスムーズに進行したこと、そして早期に結果が出たというのは意外でした。何よりも、今回の大統領選は、決戦州を中心に両陣営が拮抗していると伝えられていたからです。直前に共和党系の選挙アナリストであるカール・ローブ氏が指摘していたように、異常なまでの拮抗状態があり、それが長く続いていた点が珍しかった、そのように見られていたのは事実です。
ですから、相当に時間がかかるという見立てを多くのメディアは言っていました。例えば4年前の2020年の場合は、当確が出たのは投票日の4日後の土曜日でした。また、大昔になりますが、2000年の大統領選でブッシュとゴアが争った際には、フロリダを巡る戦いは12月に最高裁が判断するまで時間がかかったわけです。ですから、最低でも数日はかかると予想されていたのです。
にもかかわらず、結果的には当日の深夜から早朝で決着がついたわけで、これはサプライズでした。
これはやはり、各州の選管が頑張ったことが大きいと思います。例えばジョージア州では州法を改正して、期日前投票の集計を投票日前から実施して、即日開票にすぐに含めるようにした、これは効きました。
一方で、最も激戦が予想されたペンシルベニアでは、この種の法改正に失敗しており、期日前の投票の集計は投票日にならないとできないという法律に縛られていたのでした。ですが、選管は当日の朝7時から巨大なマシンを使って集計を開始して、即日開票に間に合わせました。当日深夜に当確が打てたのには、このペンシルベニアの選管の努力もあったのだと思います。
もう一つは、特に前回の2020年の選挙では、共和党サイドは郵送や期日前の投票に極めて懐疑的で、トランプは全部インチキだなどと言っていたわけです。ですが、今回は積極的に活用を推進したのでした。素直になったというよりも、とにかく積極的に集票できるツールだと判断したのだと思いますが、これが彼らに有利に働いただけでなく、当日の投票と併せて集計作業全体を前倒しすることで混乱を避けることに寄与したのでした。
共和党にとって画期的だったトランプの圧勝劇
以上はもちろんなのですが、とにかく意外な大差になったこと、何よりもこれが早期当確に至った主因でした。勿論、ほぼ集計の終わった現時点では、トランプ候補は決戦州で全勝しており大差での勝利となっています。ですが、それ以前の問題として、各州における差もかなり広がっていました。
決戦州の場合も、ペンシルベニア+1.9%、ミシガン+1.4%、ネバダ+3.1%、アリゾナ+5.7%、ジョージア+2.2%、ノースカロライナ+3.3%、という具合で、非常な大差になったと言えます。競っていたということではウィスコンシンが+0.8%でしたが、それでも2万9千票差ありました。
もっと顕著なのが、全国における総合計(ポピュラー・ボート=PV)です。
2024年:全体の投票率=65%(暫定値) トランプ 7千480万票(50.4%) ハリス 7千120万票(48.0%) 2020年:全体の投票率=66.6% バイデン 8千120万票(51.3%) トランプ 7千420万票(46.8%) 2016年:全体の投票率=60.1% クリントン6千580万票(48.2%) トランプ 6千300万票(46.1%)
民主党は2020年と比較して、大きく票を減らしました。一説によれば、2020年の場合にはコロナ禍の中で郵送投票が大きく推奨されて、通常は棄権に回る層まで票になったという解説があります。その真偽はともかく、共和党の場合は、21世紀に入ってのブッシュの2回、一期目のトランプが勝った際には、PVでは負けていたのですから、今回のPV圧勝は画期的とも言えます。
トランプ勝利の原因は経済、何よりも物価
何よりも、内政、とりわけ経済の問題が大きく勝敗を分けたと言えます。この点については、1992年の選挙で、ビル・クリントンが「冷戦勝利より経済が大事」と主張して勝ったケースに酷似しています。また、2008年の選挙におけるオバマの勝利も同様で、「反テロ戦争よりリーマン後の経済」を懸念する票を集めて勝ったとも言えるでしょう。
今回の場合は、物価、雇用、住宅の3点セットだと思います。これが大きな国民の関心事というよりも、困窮の原因となっているわけですが、この点をハリス候補は訴えることができませんでした。トランプ陣営にも具体的な対策があるわけではないのですが、とにかく現政権批判をすれば、ハリス氏は現職の副大統領ですから簡単に批判できてしまうわけです。そんな選挙戦では、民主党に勝ち目はなかったのだと言えます。
とにかく物価高への怨念が全国に渦巻いていたこと、この点を政権がしっかり認識して国民に説明することができなかった、これが一番の敗因だと思います。
今回のアメリカの物価高は、非常にタチが悪い現象です。とにかく多くの要因が複合しているからです。
まず、ウクライナ戦争を契機として原油価格が高止まりして、エネルギーのコストが上昇しました。その結果として、国土の広いアメリカの場合は運送費の高騰がダイレクトに価格に転嫁されています。特に、重くて安い商品ほどこの影響は大きく、ミネラルウォーターや炭酸飲料などはコロナ禍前の倍となっています。
また、スーパーの価格の中では、特に卵の値段が突出しています。コロナ禍前は、1ダース1ドル99とか、場合によっては1ドル前後だったのですが、現在は4ドルが最低で、NYの市内では8ドルとか10ドルになっています。これは輸送費の高騰に加えて、鳥インフルの問題があるのですが、バイデン政権は問題の所在も言わないし、解決に動く気配もありませんでした。アメリカ人は、特に朝食に卵料理を好むわけで、自宅でもダイナーなどの外食でも卵の高騰は顕著であり、これが静かな怒りとなっていたのですが、政権はこれに気づいていなかったのです。
この点では、トランプの側も卵高騰への怨念を利用することはありませんでした。物価の痛みを庶民感覚で理解するわけではなく、ただ、現職批判を繰り返せば票が自動的に入ってくるのですから、結果から見れば楽な選挙だったとも言えます。
物価高の要因ですが、更に人件費の高騰が値段に転嫁されていっています。輸送費にはトラック運転手の給与アップが、通販商品には配送コストのアップが上乗せされています。つまり、全国で最低賃金が上昇したことがダイレクトに価格に影響しているわけです。特に顕著なのは外食です。ファストフードも高くなっており、ランチを外で食べるとすぐに20ドルを超えてしまいます。まともなレストランのディナーだと、一人50ドルというのが最低かもしれません。
こうした状態は恒常化していますが、では全国的に「慣れてしまった」のかというと、全くそういうことはなく、スーパーのレジで、また外食の精算の際に、ほとんどのアメリカ人が静かに怒りをためていたのです。