雇用の痛みとはなにか
次に雇用に関してですが、数字的には悪くありません。今でも失業率は歴史的と言えるぐらい低いわけで、大都市では人手不足になっています。ですから、パートタイムの時給はアップした最低賃金の水準よりかなり上になっています。サービス産業の場合、例えば時給が20ドルで、年間2000時間働くと4万ドルになります。
ですが、前述した物価高、そして後に述べる住宅事情のために、年収4万では生活は成り立ちません。また、パートタイムの内容としては、機械化の進む中で、人間が機械に使われるような非人間的な職場も多くなっています。民主党左派のグループが、アマゾンの倉庫や配達における労働の質を問題にしたりしていますが、アマゾンだけでなく、ウーバーやドアダッシュの配達員、UPSやFedexのドライバー、そして多くの外食産業などの現場では、やはりストレスの高い労働が多くあります。
全く仕事がないわけではないが、不本意な仕事に就いて、将来への不安や現在のストレスに悩む若者は多いのです。アメリカの場合は、新卒一括採用というのはなく、多くの若者は大学で専攻した専門分野でフルタイムの職につくことを目指すのですが、実際にそのようなキャリア形成ができるまでには、時間がかかります。その間は、サービス産業で生活費を得るという人は多いのです。
トランプの場合は、そうした若者の苦労に寄り添うような人物ではないのですが、例えば「チップは非課税にしよう」というムチャなスローガンを言うだけで、集票ができてしまうような状況は確かにありました。
では、大卒のフルタイム職になれば、雇用が安定していて、トランプのレトリックには引き寄せられずに行くのかというとそうでもありません。というのは、シリコンバレーのテック系などを中心に大規模なリストラが進んでいるからです。シリコンバレーのリストラは一巡してはいるのですが、一時期のような好況ではありません。新規採用は非常に狭くなっています。
テック産業の問題ですが、一つは需要が一巡しているということがあります。スマホにしても、タブレットにしても、あるいはモニターやヘッドホンなどの周辺機器にしても、多くの消費者は満ち足りてしまっています。ですから、これを突き破る新しい商品サービスのブレイクスルーが必要なのです。
シリコンバレーとしては、この点で苦しんでいます。当面のテーマは、メタバースとAIですが、まずメタバースについては、アップルが参入したもののデバイスが高額に過ぎて不調です。先行していたメタは、サングラスで有名なレイバン社と提携して、メガネ型端末を出そうとしていますが、少し以前にグーグルが失敗したようにプライバシーやコンプラの問題に引っかかりそうで懸念があります。
一方で、AIについては、各社が実装に向かっていますが、そもそも事務仕事の軽減ツールとしてしか使途が考えられない中では、ニーズは限られます。その一方で、ChatGPTが最も最初に大きな規模で雇用を潰しているのは、実はテック業界だと言われています。言語は言語でも、コンピュータ言語、つまりコーディングの生産性向上ツールとして非常に使い勝手がいいので、こうしたAIが普及することで、最初にカットされるのが中級から初級のプログラマだという皮肉な状況があるというのです。
自動車や航空機などのエンジニアリング関連も構造的に難しい状況ですし、自動運転車やEVなども踊り場に来ています。そんな中で、若い人の間にも漠然とした雇用への不安が広がっています。こうした点については、民主党の動きは極めて鈍感であったと言わざるを得ません。就職に苦労してバーテンダーをしていたという、AOC(アレクサンドリア・オカシオコルテス)議員の話は有名ですが、彼女のような左派でもない限り、若者の雇用についてはほとんど関心を払っていなかったようです。