どうしても必要な「劇場」政治
景気、雇用、物価、いずれも成果を出すのが難しいとなれば、どうしても有権者の不満をなにか別のものに「振り向ける」ことが必要になります。過去の歴史において、内政に苦しむ多くの政治家が使ったのが戦争という手段でした。現在のプーチンは、国内求心力の維持のために戦争に訴えているわけですし、中国が79年にベトナムに懲罰攻撃を行ったのもカンボジアを助けるためというよりも、鄧小平と華国鋒の暗闘の結果でした。
ですが、トランプ政権というのは、対外戦争という面ではアグレッシブではありません。アメリカの伝統的な孤立主義が濃縮されたような部分があり、とにかく欧州やアジア、あるいは中東のトラブルは「他人事であり」、アメリカとしてはカネも血も流さないというのが、かなり強い信念になっています。
ということは、選挙戦を通じて訴えてきた公約らしきもの、例えばウクライナ戦争の凍結だとか、北朝鮮や中国との手打ち儀式だとか、不法移民の摘発と国外退去といった政策を「何らかの派手な芝居」として劇場型政治の材料にする必要があります。
第二次トランプ政権は、再選を気にしなくていいとか、トランプ自身が高齢でスローダウンするであろうことから、意外と常識的な共和党政権になるという可能性も議論されています。ですが、経済の問題で成果を出すのが難しい以上は、どうしても激しい劇場型政治をしなくてはならない宿命があります。何かを仕掛けてくるというのは避けられないでしょう。
その場合に問題になるのが、政権の陣容です。1期目は長女のイヴァンカ・クシュナー夫妻や、ペンス副大統領(当時)が「現実との橋渡し」の役を務めていたわけです。この中で、まずペンス氏は、議会暴動に際して実際に「殺害予告をされた」経験を契機として完全にトランプからは離れています。クシュナー夫妻は、6日未明の勝利宣言集会に参加していたので、もしかしたら影で何か協力をするかもしれませんが、今のところはなさそうです。
一方で、ポンペイオ元国務長官は、ジュリアン・アサンジの追及を行ったことで、トランプ派の不興を買っています。ニッキー・ヘイリー元国連大使は裏表の使い分けが露骨ということで、やはり無理でしょう。この2人は要職復帰はないと言われています。
現時点では、首席補佐官に選挙参謀のスーザン・ワイルズ氏を任命というニュースが出ています。ですが、彼女が首席補佐官に指名されたということは、とにかく選挙を一緒に戦ったメンバー以外には、まだブレーンらしいブレーンがいないことの証明とも言えます。
では、イーロン・マスク氏はどうかというと、政権内に入る場合には巨大な資産であり、企業の経営権であるテスラとスペースXの経営を誰かに委ねる必要があります。これはハードルが高い話です。トランプ本人は超法規的にやろうとするかもしれませんが、不透明な部分が大きいです。
JDヴァンス氏はもしかしたら、昔のディック・チェイニー氏のように実力副大統領になるかもしれません。能力的には相当な人物ですが、政治的手腕については未知数です。ただ、トランプ氏本人には次の選挙はない中で、トランプ家の信任を得ているというのは、やはり存在感として大きなものがあります。
とにかく、現時点では政権の陣容は全く流動的なようです。いずれにしても、経済問題を中心に現状不満を結集して選挙に勝った、つまり経済が勝因だというのは間違いなさそうです。ですが、その経済において全員を満足させる政策というのは難しい中で、過激な劇場型政治への誘惑を抑えるのは難しいでしょう。その意味で、今回の二期目の政権が、より穏健になるとか常識的になるという見方は甘すぎると考えるべきです。
※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2024年11月12日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。連載コラム「フラッシュバック79」もすぐ読めます
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