36人もの犠牲者を出した、京都アニメーション放火殺人事件。発生した2019年7月18日から7年以上が経った1月27日、青葉真司被告が控訴を取り下げたことで、青葉被告の「死刑」が確定しました。この凶悪事件について、大火傷で瀕死状態であった青葉被告の治療をしたある医師のもとに、世間から批判的な声が届いていたことも。メルマガ『長尾和宏の「痛くない死に方」』の著者であり現役医師でもある長尾和宏先生は、このニュースを元に、読者から届いた「医者人生で“本当は助けたくなかった患者”はいましたか?」というストレートな質問に真摯に回答しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:京アニ事件・青葉被告に思う 「助けたくない患者」はいるのか?
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命のQ&A:長尾先生の医者人生、「本当は助けたくなかった患者」はいましたか?
先日、2019年に起きた京都アニメーション放火殺人事件で、殺人などの罪に問われた青葉真司被告(46)が控訴を取り下げたことがニュースになっていました。
1審では求刑通り死刑が言い渡され、2審でも刑事責任能力の有無や程度が争点になる見通しだった。控訴は被告本人が取り下げることが可能で、死刑が確定した。27日付。
一方、被告の弁護人が取り下げの効力について、無効だと訴える可能性は残されている。
この報道を受けて、青葉被告の命を取り留めた上田敬博医師(鳥取大学医学部附属病院高度救命救急センター長 兼 教授)のネットニュースが流れてきて心を動かされました。
以下、2月4日のABEMA TIMESより抜粋。
青葉被告は2019年7月20日、当時上田医師が勤務していた近畿大学病院救命救急センターに運び込まれた。その時の様子は「もしかしたら助かるというような感じではなく、ほぼ救命が厳しいだろうなという状態だった」という。 ヤケドは体の93%までおよび、予測死亡率は97.45%だった。一命を取り留めた青葉被告は、涙ながらに「世の中には優しくしてくれる人もいるんだ」と話した。
上田医師は三浪を経て、近畿大学医学部に合格。当初は心療内科医を目指していた。しかし在学中に阪神・淡路大震災が発生し、ケアをした女性が自ら命を絶った事をきっかけに、救急や災害医療へ転向する。その後は、池田小学校事件(2001年)、福知山線脱線事故(2005年)、熊本地震(2016年)といった命の現場に関わってきた。
青葉被告のヤケドは、3段階に分類されるヤケドで最も重い「III度熱傷」。限られた無傷の皮膚を用いて、培養表皮を作って、移植する特別チームを組んで対応した。患者の体力を考慮して、一度の皮膚移植手術は3時間まで。約20%ずつ複数回に分けて進められた。 チームの医師に対して、上田医師は配慮を欠かさなかった。患者が放火で36人もの命を無差別に奪った凶悪事件の容疑者(当時)であることから、当時は世間からの批判や、SNSでの心ない声が広がっていた。
事件から数カ月後、青葉被告は言葉を発した。「痛い」だった。上田医師によると、久しぶりに声が出て、ずっと泣いていたという。「『なんで泣くんだ?』と話を聞いたら、『世の中には優しくしてくれる人もいるんだ』と、ずっと泣いていた」と振り返る。以来、1日2回ほど青葉被告の話を聞いたという。 ある日、青葉被告は「なぜ自分を治療するのか。自分を救うのはリスクしかないはず。まったく理解できない」と話してきた。これに上田医師は「損得勘定だけで付き合う人間も多いが、そうでない人間も世の中にいるということは知るべきじゃないか」と返した。 搬送時の青葉被告は、死亡する確率が97%以上だった。「正常な皮膚がほとんどない状況で、ちょっと手が付けられないが、何とかしないといけない。自信はなかったが、もし彼を救命できるとすれば、謙虚さがないかもしれないが、自分たちのチームなのではという気持ちがあった」。
(中略)
青葉被告が発した「なぜ治療するのか」との言葉には、「事件の容疑者だから特別扱いしているのではなく、他の傷病者と同じ。目の前で瀕死状態の人がいれば救わなければいけない職務だ」と返答したという。 治療を通じて、青葉被告の気持ちに変化は出たのか。「礼節は最初から保たれていて、劇的に変わったイメージはない」。事件については警察から触れないよう言われていて、一切触れなかったが、上田医師は「人を傷つけたり、命を奪ったり、罪の意識がもしあるとすれば、どんな理由があったとしても許されない」と繰り返し話したそうだ。
※出典:青葉被告の元主治医が語る当時のリアル 怪文書や誹謗中傷も…「毎日悪夢を見ていた」 京アニ放火殺人事件(ABEMA TIMES)より一部抜粋
さて長尾先生は今まで、「絶対に助けたくなかった患者さん」はいましたか? もしそういう人が目の前に現れたとき、どのような気持ちで対応するのでしょうか? 今だから言えるお話を、こっそり教えてください。
長尾和宏先生からの回答
A. はて、僕の40年間を振り返ってみても、「本当は助けなくなかった患者さん」は、ひとりもいませんでした。いくら記憶の糸をたどってもひとりもいないので、ゼロです。短い回答で申し訳ありません。
仮に僕が、青葉被告の主治医になっても上田医師と同じように行動したでしょうね。上田医師に限らず99%の医師は、たとえ重大被告人であっても淡々と医療を提供するでしょう。
「罪は罪、医療は医療」
医者は、患者がどんな人でも同じように接する習性がある、と思います。
金持ちでも貧乏でも、政治家でも犯罪者でも(一緒のことがありますが)、同じように行動します。
そんなに聖人君子なの?と思われるかもしれません。しかし、聖人君子というよりも、職人気質、と言うほうが近いかもしれませんね。
外科・内科など関係なく、医療者というのは、「職人」の血が流れているものだと考えています。個人的な感情に左右されずに、淡々と、誠実に、患者と向き合い続けることが求められるのです。
命を助ける以外のその人の事情は、誰か(警察や司法)に預けるべき仕事である、と割り切っています。では逆に「この人だけはなんとしても助けたい」と、特別視をしたことも記憶にありません。
ただ、青葉被告の命を助けた上田医師に、誹謗中傷がたくさんあったというのはオドロキでした。呆れてモノが言えません。真剣に命に向き合う医師に文句を言う名もなき人たちの精神状態が心配です。被害者の家族だって、ちゃんと裁判を受けて、なんでこんな痛ましい事件が起きたのかその経緯を知りたいし、法の下で裁いてほしいと思っているはず。
それを「俺たちの税金で助けるな!」と叫ぶことの意味がわかりません。
「俺たちの税金で…」と叫ぶ場所はもっと他にたくさんあるはずですよ。
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