ウクライナ戦争の終結に向け、いよいよ本格的に乗り出したアメリカ。トランプ大統領は解決に自信をのぞかせていますが、先日提示した米国主導によるガザ再建案は各国からの批判を浴びているのも事実です。はたしてトランプ氏は国際社会の混乱を収束に導くことができるのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』で元国連紛争調停官の島田さんが、さまざまな要素を総合しつつ「トランプ劇場」の行く末を占っています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:常識外れ連発のトランプ劇場‐世界に安定を取り戻す特効薬となるか?それとも破滅の扉を開くのか?
良くも悪くもトランプ劇場。「常識外れの連発」は国際情勢安定の特効薬か劇薬か
「戦争をすぐに終わらせなければならないし、すぐに終わるだろう」
トランプ大統領がSNSに投稿した内容です。これは直接的にはウクライナ戦争の停戦を指していると思われますが、恐らくイスラエル絡みの中東における武力衝突の“解決”も指しているのではないかと考えます。
2月4日のネタニエフ首相との首脳会談でも、12日に“初めて”行われたプーチン大統領との電話会談でも、その“戦争を終わらせるシナリオ”について持論を展開し、高めの条件を複数提示してディール・メイキングのためのお膳立てをしたのではないかと思います。
その結果、和平協議を行うための場を早期に設定し、「まずは面と向かって話し合わせる」という機会を創出して、成果をアピールする狙いが透けてみえます。
ただ、この時点で評価したいなと思うのは、これで【21世紀のヨーロッパにおける戦争】と呼ばれるロシア・ウクライナ戦争(2014年のクリミア戦争含む)も新たな局面に向かっているということが出来、今後、早期に新たなゲームチェンジャーとしての役割を果たすことになるのか注目です。
ただ、すでにミュンヘンでの停戦協議を前に12日に開催されたNATO閣僚級会合でのヘグセス米国防長官の「ウクライナ侵攻前の国境に戻すことは非現実的である」(「ウクライナが、南部クリミア半島をロシアに一方的に併合された2014年以前の領土の状態に戻すことは『非現実的』で『幻想的』な目標である」)という見解と、「ウクライナのNATO加盟への否定的な見解」は、ロシア・ウクライナという当事者を交えたこの交渉がいかに難しいかを提示しているように思います。
ヘグセス国防長官が言うように、“非現実的な目標”を追求し続けることは、戦場での犠牲を増やし続けてしまうという見解は理解できるのですが、ロシアがウクライナの主権や領土を蹂躙することを事実上容認するようにとられかねない発言をアメリカの国防長官がここまで公然と述べることのインパクトも、本当に戦争の終わりを願うのであれば、慎重に考えられなければならないと強く感じます。
それでも、ロシアによるウクライナへの侵攻直後にトルコ政府による仲介で直接的な協議が行われて以降、Front-Channelでの協議が一切行われていない状況下で(back-channelでの協議は何度かあったかと思いますが)、アメリカ・トランプ大統領の手腕で、当事者を交渉のテーブルに就かせることになったのは、とりあえずスタックしていたものを動かす(前方なのか後方なのかは分かりませんが)きっかけになると期待はしています。
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プーチンとゼレンスキーの回答如何で決まる両国の次のステップ
これまでに伝えられている内容を総合すると、「トランプ大統領は、これまでバイデン政権時にウクライナに供与された支援を取り戻すことを念頭に、支援相当額のレアアースをアメリカに提供することを、ウクライナに要求しており、ウクライナ政府は前向きに検討している」「ロシアによるクリミア半島侵攻と一方的な併合以前の状態に戻すことは、もはや困難だとトランプ大統領は考えており、戦争を終わらせるためには、すでにロシアが一方的に編入したウクライナ東南部4州とクリミア半島を“公式に”ロシア領としてウクライナから切り離すのが現実的だと言われている」「ロシアもウクライナも、トランプ大統領が提示する停戦合意案に抵抗する場合には、容赦なくアメリカからの制裁に直面することになると、アメリカ政府が脅している」といった状況だと思われます。
一つ目については、背に腹は代えられないとゼレンスキー大統領は考えているのかもしれませんが、これはどう見ても停戦成立後のウクライナ復興の財源となり得るレアアースの貿易の芽を摘むことを意味するため、中長期的には望ましい条件だとは考えられません。
ただ、その見返りにアメリカによる対ウクライナ軍事支援の拡大と維持が条件として示されているのであれば、“ウクライナの存亡”に自身の政治生命を賭けていると思われるゼレンスキー大統領は、とりあえずのメイクアップとして飛びつき、トランプの4年間を生き延びることができれば、反転の機会があると考えているのかもしれません。もちろん、それまでゼレンスキー政権が生き延びることができていればいいのですが。
二つ目については、プーチン大統領的には自身の面子を保ち、“ロシア国民及び同胞たちの安全を守り抜いた”というアピールが出来、“特別作戦”の実行によって生じた犠牲に対する非難をかわすことができるため、大いに喜ぶかもしれませんが、ゼレンスキー大統領とウクライナにとっては、キーウが位置するウクライナ中部(ウクライナ正教会エリア)と西部(カソリックエリア)を守り抜くことが出来たとはいえ、大きな失態を犯したと捉えられ、確実に政治生命を失うことに繋がると思われます。
三つ目については、プーチン大統領とゼレンスキー大統領のどちらが先に、トランプ大統領にYESの回答をするかによって、両国が直面する次のステップが決まるものと考えられます。
もし、二つ目の条件が提示され、かつその受け入れと引き換えにアメリカ政府がロシア政府に課す経済制裁の解除(たとえ一部であったとしても)が同時に提案されるのであれば、ロシアがここでNOを突き付ける可能性は低いかと思います。
もちろんすんなりとYESとは言わず、「いかにこれが苦渋の選択だったか」的なアピールを行い、その上で「和平実現のためには致し方ないと考えた」と、いったいどの口が言うのだろうか?という形式で合意するのだと思います。
逆に、トランプ大統領が以前提案していた“ロシア・ウクライナ間に緩衝地を設け、そこに欧州軍が平和維持軍として駐留し、戦闘の再発を防止する”というアイデアが提起され、その規模が、ゼレンスキー大統領が各地で求めているレベルにまで達する内容であれば、ウクライナが先にYESを宣言することになるかもしれません。
実際には一つ目から三つ目までの内容が複合的に混じった内容がテーブルに置かれるのではないかと推察しますが、14日(今日)にミュンヘンでどのような条件が協議にかけられるのか?そしてそれを誰が持ち出すのか?によって今後の展開が大きく変わります。
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トランプが下しかねない米国の軍需産業を潤わせるような決定
【誰が】については、恐らくトランプ大統領の名代としてバンス副大統領が「これがアメリカ政府が支援できる案である」とでもいいながら、ロシアとウクライナの当事者に提示するものと思われますが、そのinitial planの内容如何では、交渉が完全に決裂し、後戻りできない状況に陥る可能性があります。
ロシアとしては、トランプ大統領に敬意は表しつつも(ゆえに交渉のテーブルにはつく)、アメリカおよび欧州各国による対ロ制裁の継続の可能性は織り込み済みで、受け入れ得る条件のレベルは下げるつもりがありません。それはつまりすでにロシア軍が占拠し、一方的にロシア領に編入した地域とクリミアを恒久的にロシア領とすることと、ウクライナのNATO入りを恒久的に認めないという条件です。
後者については、ヘグセス国防長官の発言内容から推測するに、すでに“合意”できるものだと思われますが、前者についてはまだどのような条件がアメリカから提示されるのか、全く分かりません。
これまでロシアとの交渉も行ってきた経験に照らすと、いろいろと言いながら、交渉を引き延ばし、時間稼ぎをしつつ、ロシア軍の体制を整えたり、相手側の不利になるような情報を探り出して揺さぶりに出たりするという手法に出るのだろうと見ているため、交渉のテーブルにロシアが出てきたこと自体は前向きな発展だと思いますが、この協議はかなり長引くことになるだろうと予測しています。
問題はそれにゼレンスキー大統領が耐えられるか?そしてトランプ大統領が耐えられるか?です。
特にトランプ大統領については、実は当初の「就任から24時間以内に」を「半年以内に」条件を後退させましたが、これはいかにこのロシア相手の協議が難航しそうで、状況がいかに複雑になっているかの情報に触れたからだと考えられますが、その“複雑で”かつ“強烈に難しい”状況は今後もしばらくは変わらないと思われます。
その場合、一刻も早く目に見える成果を積み上げる必要があると考えているトランプ大統領が(理由は2年後の中間選挙でも、4年後の次の大統領選挙でも共和党が勝利を収めることで、自身の保身が叶うと見越しているため、「ほら、私が大統領をすればこんなに素晴らしい成果がでる」というアピールをしたいから)、プーチン大統領の百戦錬磨の技と揺さぶりに絡めとられ、“合意”を条件として、ロシアの条件を飲まさせるような状況に陥る危険性があると懸念します。
逆に「トランプ大統領がキレて、ロシアに攻撃を加えるのではないか」と主張する専門家もいらっしゃいますが、個人的にはその可能性は限りなく低いと見ています。
それは、トランプ大統領自身、アメリカを戦争に直接介入させることに全く関心がないことと、明確に戦争嫌いであり、戦争が全くアメリカの、そして自身の利益にならないものと知っているため、実際にロシアと一戦を交えるようなことはしないと考えます。
しかし、世界最強の軍隊と軍事力を誇るアメリカの力は、ロシアや中国に対して誇示して、アクティブな抑止力として用いることには大きく力を注ぎ、そのためには核兵器も含めて、最新兵器の開発と配備を急ぎ、アメリカの軍需産業を潤わせるような決定は大いに考えているように思います。
続々とミュンヘン入りしている友人たちと関係者たちの緊張した様子が伝えられてきていますが、今はただ、協議の再開が次につながるようなポジティブなものであることを祈っています。
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同盟国を呆れさせ親米アラブ諸国を激怒させたトランプのガザ再建案
では、もう一つの案件であるガザおよび中東全域の安全保障へのコミットメントについてはどうでしょうか?
これについては、皆さんも想像に難くないと思いますが、ロシア・ウクライナ案件に比べてもさらに複雑かつ困難な見通しが存在します。
その元凶はハマスによる急襲と誘拐であり、それにno mercyで反撃し、その後、自衛の範囲を遥かに超えるレベルでハマスの壊滅と、パレスチナ人に対する大量殺戮を実行したイスラエルの暴走で、その後、イスラエルが一気に予てからの頭痛の種だったヒズボラへの大規模攻撃と弱体化、イランに対する牽制的な攻撃とハマスとヒズボラのリーダーの暗殺実行によって突き付けた最後通牒、そしてそれらに対して、効果的な行動をしてこなかったサウジアラビアをはじめとするアラブ諸国、そして明らかにイスラエルの暴走に加担したアメリカのバイデン政権の中途半端な介入です。
イスラエルのネタニエフ首相は、敬愛し庇護を求めるトランプ大統領に敬意を表する意味も込めて、就任に合わせてハマスとの一時休戦と人質交換に合意して花を持たせて、一応停戦を持続させていますが、ハードライナーなスタンスもまだ取り下げておらず、いつ停戦を放棄し、再度、ガザへの攻撃を再開するかは分からないという牽制も忘れていません。
そのような中、訪米時に金のポケベルを贈ったトランプ大統領が自らの横で、世界に向かって「アメリカはガザを所有し、再開発する。そしてすべてのガザ住民は周辺国に引き取らせ、恒久的に移住させる」という無茶苦茶な暴論を聞き、驚きつつも笑いをこらえきれなかったネタニエフ首相は、「これでアメリカはイスラエルの味方として動く」と確信したものと思われます。
しかし、このトランプ大統領の発言は確実に欧州の同盟国を呆れさせ、親米のアラブ諸国を激怒させることになり、果たして賢明な動きだったかどうかは分かりません。
国連事務総長はこの発言を民族浄化の提案と激しく非難し、サウジアラビア王国やアラブ首長国連邦、トルコなどは「パレスチナ人の自決権の原則を踏みにじる愚かな提案であり、決して受け入れることができないだけでなく、考慮するにも値しない」と激しく反発していますが、トランプ大統領自身はこれらの“外野の声”に耳を貸さず、ただ宣言の通り、隣国エジプトとヨルダンに180万人超のガザ市民(パレスチナ人)を恒久的に受け入れることを迫まっています。
今週、訪米中のヨルダンのアブドラ国王は、トランプ大統領からの依頼を非難しつつも、20万人ほどの重病や重症の子供たちの受け入れについては合意し、トランプ大統領の押しに屈する部分も出てきています。
人道的観点から、ヨルダンの動きは誇るべきものと考えますが、その背後にはヨルダンが抱える国内外でのジレンマが複雑に関係しています。
まず人口の70%ほどをパレスチナ人が占めるため、王室に対する求心力を保つためにはアブドラ国王としてはパレスチナ人の権利や宿願を無にするようなことを受け入れることは自殺行為となるという国内事情が存在します。
しかし、中東においてイスラエルに次いでアメリカからの支援額で第2位を占めるという現状もあり、アメリカのご機嫌を損ねて対ヨルダン支援が萎むようなことがあると、国家経済の運営が滞るか、一気にスランプに陥るという危険性に直面することになります。
これについては、サウジアラビア王国をはじめとする周辺諸国が経済的なテコ入れをすれば何とか乗り切れる可能性もありますが、アメリカからの支援漬けになっている中東諸国の現状に鑑みると、それもまた非常に難しい選択肢と言えるでしょう。
ゆえにアブドラ国王としては返答に困ることになり、結局、「最終的な判断はエジプトの動きを見てから決める」とエジプト任せという苦し紛れの対応に終始することになったようです。
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核兵器保有国を複数巻き込む世界戦争に発展する恐れも
もしエジプト、ヨルダンが、程度こそ低くなったとしても、トランプ大統領がぶち上げた計画の片棒を担ぐような事態になれば、中東地域におけるタブーをアメリカが中心に破ることに繋がってしまい、これまでデリケートなバランスで保たれてきた安定のための“壁”が一気に崩れ去り、中東地域は混乱の渦に巻き込まれることになります。
これまでその混乱が利するのはイスラエルとイランと言われてきましたが、今では、中国の仲介もあり、サウジアラビアを中心とするスンニ派諸国とイランが外交関係を構築し、関係の改善に乗り出していることもあり、中東の混乱とパンドラの箱から漏れ出す反イスラエルの炎がアラブ諸国とイランを結びつけ、それが隣国トルコにも広がりAnti-Israelのunited frontが成り立つようなことがあれば、イスラエルは大きな壁に阻まれ、かなりの損失と損害を覚悟しないといけない事態に直面することになります。
そしてトルコとイランが関わるということは、そこに期せずしてロシアと中国が引き寄られ、思わぬところで欧米と中ロの対立が再燃することになります。そしてそれはまたトルコの隣国でもあるウクライナに飛び火し、その炎がロシア・ウクライナ周辺国に広がるような事態になれば、もう誰も手が付けられない事態になります。
最悪の場合、核兵器保有国を複数巻き込む初めての世界戦争に導かれていくことになりかねません。
ガザ所有に関するトランプ大統領の発言と行動、そして今日行われるロシア・ウクライナの和平協議前に出てきたヘグセス国防長官の発言は、アメリカによって保障されてきた国際秩序の崩壊を示すだけでなく、揺らぎ続けてきたRule of Law(法の支配)の基盤をさらに損ない、中国など、他地域で拡張主義的な行動を続ける大国への危険なメッセージとなり、取り返しのつかないほど、国際社会の分断を鮮明にすることになるかもしれません。
トランプ大統領は自らのレガシーづくりのために「力による平和」を推し進める方針のようですが、イスラエルという例外を除き、どの国がそれを本気で支え、アメリカと共に新しい国際秩序を構築する未来図を描くのでしょうか?
それとも挙ってアメリカ、いやトランプ大統領と距離を置き、崩れ行く国際秩序を、手をこまねいて嵐が過ぎ去るのを待つかのように、ただ指をくわえて眺めるのか?
トランプ大統領とプーチン大統領のように、ある程度、個人の方針で決めることができるリーダー同士の折衝ならば、一気に物事が動くことも考えられなくもないのですが、その奇跡的な状況に希望を託すだけで良いのでしょうか?
皆、危機を重々感じながら身動きが取れず、運にすべてを任せているように見え、それに恐怖を感じているのは、果たして私だけでしょうか?
以上、今週の国際情勢の裏側のコラムでした。
(メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』2025年2月14日号より一部抜粋。全文をお読みになりたい方は初月無料のお試し購読をご登録ください)
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image by: Presidential Press and Information Office, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons