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ゴールはウ国の“属国化”か?独裁者プーチンが目論む「自らの目標達成をトランプに認めさせる作戦」の地獄シナリオ

アメリカとロシアの高官により開始されたウクライナ停戦交渉。一方の当事者抜きで行われたこの協議は、識者の目にどう映ったのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、「完全にロシアのペースで進んでいる」としてそう判断せざるを得ない理由を解説。その上で、功を焦るトランプ大統領が国際社会を崩壊させる可能性すらあるとの指摘を記しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:トランプが破壊する国際秩序と安定‐戦争の再燃・拡大とロシアの高笑い

響き渡るプーチンの高笑い。トランプが破壊する国際秩序と世界の安定

「今回の米ロ協議は非常に満足のいくものだった」

14日にミュンヘンで行い、そして18日にリヤドでおこなった米ロ間による“ウクライナ戦争の停戦のための協議”の後、協議に参加したロシアのウシャコフ大統領補佐官が発した言葉です。

ただ“満足”はしていても、アメリカ側が画策する米ロ首脳会談(サウジアラビアで開催予定)の今月中の開催については、「近日中の開催の可能性は極めてゼロに近い」と否定して見せ、ここで完全に“ロシア流の交渉術”の戦略が実施されることになりました。

その背景には【公約に基づき、早期の交渉妥結を必要としているのはトランプ大統領側であって、ロシアではないこと】や【ロシアはなお、恐らく数年単位の継戦能力を維持しているとみられ、現時点で停戦合意を急ぐ理由がないこと】などがあると考えられます。

そして今回の米ロ間に限った和平交渉の実施に対しても、それに乗るかどうかの可能性は示すものの、最終的なYESは与えず、停戦協議の実施に合意する条件として、先にアメリカから大きな譲歩を引き出したのも、ロシア流の交渉術です。

ロシアはすでにトランプ大統領に「ウクライナのNATO加盟を恒久的に認めない」という言質を求め、かつ「すでに押さえたクリミア半島やウクライナ東南部のロシアによる支配と領有についても同意させた」と思われる譲歩を引き出すことに成功し、また米ロ間の外交関係の修復や経済協力に向けた枠組みの構築も提案させました。

その半面、今回、協議には臨んだものの、ロシアは何一つお土産を用意せず、従来の主張を繰り返し、そしてお得意の引き延ばし戦略として繰り返し使われてきた「全当事者が受け入れ可能な方法での紛争解決」や「新たな高官級協議を設置することに合意」という美辞麗句で、交渉の引き延ばしに入ったと見ています。

プーチン大統領とトランプ大統領の首脳会談はいずれ開催されることになると思われますが、その実施の可能性をギリギリまで引き延ばし、その間に高官協議を連発しつつ、アメリカからの譲歩を引き出し、ロシア側は全く譲歩しないか、表面的に譲歩したかのように見せる“何か”をアメリカ側に土産として持たせる交渉戦略を続けるものと思われます。

「こうなったら俺がモスクワに乗り込んでやる」というくらいにトランプ大統領が焦った頃合いを見て、首脳会談を提案し、“合意”をアメリカ側(トランプ大統領)にプレゼントする代わりに、プーチン大統領は自らの目標達成をトランプ大統領に認めさせる作戦を目論んでいるように見えます。

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もはやまともに戦いを続けられる状況にないウクライナ

ところで“プーチン大統領の目標”とはどのようなものが考えられるでしょうか?

これまでの状況と様々な分析を見てみると、大きなゴールは【ウクライナをロシアの属国化すること】だと思われますが、そのためにウクライナのNATOへの非加盟の確約やウクライナ軍の規模制限(もしくは解体)、そしてゼレンスキー大統領の退陣を求めてくるものと思われます。

その意図はすでにトランプ大統領に届いているのか、今週になって、自身を非難したゼレンスキー大統領を“権限のない大統領”としてこき下ろし、「ゼレンスキー大統領はすぐに総選挙を行い、国民の信を問うべきだ」と発言していますが、それはプーチン大統領が描いたシナリオ通りになってきているように見えます(それにゼレンスキー大統領の任期が切れた2024年5月以降、繰り返しプーチン大統領が述べており、「ゼレンスキー大統領を交渉相手と見なさない」という挑発の内容とも合致します)。

これについてはアメリカの同盟国である英国のスターマー首相が非難し、「ゼレンスキー大統領は民主的なプロセスで選出された大統領であり、戦時中に選挙を先延ばしにするのは、英国も第2次世界大戦時にチャーチル首相が行って戦時内閣を率いているので、何らおかしなことはない」と応戦してみるものの、アメリカ側は反応せず、もしかしたら合意を急ぐあまり、トランプ大統領が“首の据替”を合意している可能性を疑いたくなる事態になっています。

このような状況に、プロセスから疎外されたウクライナはもちろん、欧州各国も非難を強めていますが、米ロのプロセスがこのまま進む抑止力にはなれそうにない理由がいくつか存在します。

ゼレンスキー大統領については、すでにトランプ大統領が彼の姿勢に対して嫌悪感をあらわにしており、上から目線で欧米各国に「~すべき」と指示してくることに耐え切れない様子で、実質的にディール・メイキングのプロセスから排除したいという意図が明確に見て取れます。

また“合意している”と豪語したウクライナのレアアースの50%を戦争終結後にアメリカに差し出すというディールをゼレンスキー大統領が蹴ったと伝えられるや否や、トランプ大統領によるゼレンスキー大統領批判が活発化しています。

そのような中、戦況に関する様々な分析から明らかになってきたのは、ロシア・ウクライナ前線での戦況が明らかにウクライナに不利になっていることと、ウクライナ側の戦意消失と5万人に届きそうな戦死者と40万人強の重傷者、そして戦線からの離脱と逃避、さらには徴兵逃れが連発し、「まともに戦いを続けられる状況にない」ということです。

その情報はもちろんアメリカ政府にも入っていますし、EU各国にも共有されており、EU各国の内政的な問題と絡んで、支援遅れが顕著になっています。

トランプ大統領とプーチン大統領が、ゼレンスキー大統領を飛ばして合意しようとしている中、そのプロセス、特に大きな利益を生むと思われる戦後復興への関与から欧州が排除されることを極めて懸念するEUは、協議と並行してパリで首脳会談を開き、欧州としてウクライナの今後にコミットすべきとの姿勢を打ち出していますが、これまでのところ米ロ共に気にもかけていないそぶりを続けています。

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プーチンの企てを直接的に挫ける「唯一の策」

その背景には、トランプ大統領が提唱した“欧州各国軍のウクライナへの駐留”というアイデアに前向きなフランスと英国に対し、今週日曜日(2月23日)に総選挙を迎え、政権交代が確実視されるドイツは、派兵の話題は時期尚早として、本件での議論に加わることはしておらず、欧州の分裂が鮮明になっています。

またウクライナの隣国であるポーランドも派兵については「考えていない」と述べ、欧州は足並みが揃わない事態が露呈しています。

そのような中、トランプ政権内でロシア・ウクライナ問題の特使を務め、今週の協議にも参加しているケロッグ特使は「欧州が交渉のテーブルに参加することはない」と明言し、「今後、米ロ間の交渉に参加するべきなのはウクライナのみ」という方針を示しています。

ケロッグ氏の周辺からは「ロシアに対して非常に厳しい態度を取り続ける欧州が参画すると、ロシア側からの反感が高まり、交渉がまとまらないと考えている。ウクライナは当事者なので排除することはないし、するべきではないが、あまり米ロをこれ以上刺激すべきではない」と釘を刺していることが伝わってきます。

この事態に、調停グループとしては非常に懸念をしており、米欧のスプリットが鮮明になればなるほど、戦後プロセスにおいても米欧を切り離すことができ、「停戦監視のための軍事・経済コストを欧州に負担させる」と述べているトランプ大統領の意向に真っ向から欧州が反対する事態になれば、停戦後も空白が生じ、ウクライナを従属させるためのプロセスを淡々と進めやすいというプーチン大統領の思惑が叶ってしまう状況が生まれるのではないかと考えます。

唯一、プーチン大統領の企てを直接的に挫ける策があるとすれば、米軍のウクライナへの派遣というウルトラCの賭けだと考えますが、これはロシアに対して非常に厳しかったバイデン政権でさえ「第3次世界大戦を引き起こしかねない」と選択肢から排除したものですが、現在、その可能性を否定しないバンス副大統領と、絶対にないと断言するヘグセス国防長官の意見のずれが生じており、トランプ政権内でまだ方針が固まっていない様子もうかがえるため、これもまたプーチン大統領を利することに繋がっていくように考えられます。

ロシアのラブロフ外相は18日の協議後、「欧州各国が停戦管理のための平和維持軍をウクライナに展開するという米国の案は全く受け入れられず、NATO加盟国の軍派遣を容認することはない」と明言して明言していますし、その後、「アメリカが軍を派遣するというアイデアも荒唐無稽な話で全く考慮すべき内容でもない」と全否定して、アメリカにも欧州にも圧力をかけています。

これらを見ても、停戦協議は完全にロシアペースで進んでいることは否定できず、このままだと中身がなくても、停戦合意が実現することを重んじかねないトランプ大統領と政権がロシア側の要求を丸のみして形式だけの停戦を実現する、という地獄のようなシナリオも想定できる事態になってきているように見えます。

そうなると、トランプ大統領が退陣後、ロシアが一気に動き出し、ウクライナの属国化を進め、隙あらば周辺国にも攻撃を加えて一気に内部崩壊を誘発するような作戦(ピンポイントで侵略し、しばらく当該地を占領し、現地住民に屈辱的な危害を加え、ある日一気に撤退して、当該国政府への不満を煽って内部崩壊を誘発する工作)に出る可能性があります。

「24時間以内に、いや半年以内に」といっていたウクライナ戦争の停戦に向けたトランプ政権の行動は、下手をすると、紛争の拡大につながり、欧州との決別を決定的にし、ロシアの脅威を再燃させる恐れがあります。

(中略)

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トランプとプーチンの接近に大きな危機感を抱く習近平

就任演説において「私は第3次世界大戦を防ぐ」と宣言し、安定と和平をもたらすと約束したトランプ大統領ですが、就任から1か月でその約束は破られそうな気配です。

この1か月はまさにトランプ劇場と呼んでいいほどジェットコースターのような国際情勢が続きましたが、その劇場の主役の座を今、最近の動静があまり伝えられないロシアのプーチン大統領が奪いかねない事態が生まれてきています。

それに危機感を感じるのが、ロシアを守り続けてきた中国の習近平国家主席と、欧米でウクライナの抵抗を助けてきた欧州各国です。

中国は米ロが接近することで、ロシアにとっての中国の存在価値が下がり、対ロ影響力が一気に下がることを恐れています。ゆえにミュンヘン安全保障会議に参加していた王毅外務大臣は繰り返し「ウクライナの和平プロセスに欧州が加えられるべき」と述べ、米ロの接近に釘を刺そうとしていたのが印象的です。

中国にとっては、実はロシアとウクライナの戦争の行方はどうでもよく、すごく気にしているのはウクライナの戦後復興のプロセスに中心的に関わることの確保であり、一帯一路の枠組みにウクライナの復興プロセスを組み込むことと思われます。

欧州については、すでに存在感と影響力の地盤沈下が顕著になっており、国際情勢において声を挙げても置いてきぼりにされている現状に大きな危機感を感じているため、何としても欧州がウクライナのプロセスを主導しないといけないという、必死の思いが感じられます。

ただ、ドイツがウクライナ支援から距離を置き始めていることに現れていますが、すでに欧州は一枚岩ではなく、恐らく23日のドイツ総選挙の結果を受けて、ドイツは“欧州の枠組み”から外れるような事態が待っているのではないかと予想しています。

そうなると、南欧が脱落し、北欧はEUよりもNATOを重視する姿勢を取り、東欧はロシアとのバランスを模索し始めることとなり、EUはすぐさま空中分解の危機に瀕することになります。

米ロが急接近し、諸々の国際案件が再び米ロの意向で決められるような事態が再来した場合、今度は中国と欧州は抵抗するでしょうが、恐らく米ロはお構いなしに進み、アメリカは欧州を捨ててアジア太平洋との結びつきを強め、かつ中国を包囲する体制を築くことになり、中国も国際システムから切り離す方向に進むのではないかと危惧します。

そうなると太平洋沿岸地域が今後、国際情勢の中心となり、米欧を繋ぐ大西洋の重要性が薄れるというアメリカの方針が強化されるのと並行し、復活してきたロシアが欧州を飲み込むような事態が生まれるのかもしれません(完全な妄想だと批判されそうですが)。

日本のGWごろにはトランプ政権発足から100日の節目を迎えることになりますが、その時、トランプ大統領は宣言通りに戦争を終わらせ、結果として自らが切望する盤石な基盤を確立し、2年後の議会中間選挙の勝利と、自らの後任大統領の座を共和党に与え、自らと家族の財産を守り、死ぬまで権力の座に居座るという夢を手に入れているでしょうか?

そのために今、焦っていろいろなことに手を出していますが、もし失敗した暁には、自身の破滅はもちろん、下手をするとアメリカ合衆国と、国際社会の崩壊に繋がるような、uncontrollableな世界が生まれてくるかもしれません。

派手さが目立ち、ニュースのネタを与え続けるトランプ大統領。主役の座をプーチン大統領と分け合って、結果生まれてくる世界はどのような世界なのか。

ゆっくりと落ち着いて考えたいのですが、紛争調停案件が一気に同時進行的に増えて、その余裕はいただけなさそうです。

以上、今週の国際情勢の裏側のコラムでした。

(メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』2025年2月21日号より一部抜粋。全文をお読みになりたい方は初月無料のお試し購読をご登録ください)

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image by: Below the Sky / Shutterstock.com

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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