ホワイトハウスにゼレンスキー氏を招いた米ウ首脳会談では、大国の指導者らしからぬ対応で世界を驚かせた米トランプ大統領。一部からは「粗暴に過ぎる」との声も上がっていますが、何がこのような事態を招いたのでしょうか。今回のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』ではジャーナリストの高野孟さんが、その背景にある3つの要因を解説。殊にSNSとAIの悪影響を強調しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:「怒りと憎しみ」に溺れていく米国の政治と社会――ネットとAIがそれを加速させる
プロフィール:高野孟(たかの・はじめ)
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。
ネットとAIが加速。「憎悪と怒りと憎しみ」に溺れゆくアメリカ
ウクライナのゼレンスキー大統領をワシントンに迎えたトランプ政権の態度を見ていると、今なお戦場で人が死んでいる最中だというのに、鉱物資源の利権を掴みたいという自分勝手な欲望を剥き出しにし、本来は協力し合って戦争終結への道筋を探っていくべき相手に「怒りと憎しみ」の言葉をぶつけ、支援停止の「恐怖」を与えて屈服させようとする――まあ「はしたない」としか言いようがない粗暴さに驚くばかりである。
この背景には少なくとも3つの大きな要因がある。第1は、「帝国」としての米国が「普通の大国ではあるが十分に世界一の大国」へと自らを軟着陸させることに失敗し続けた結果としての自己喪失である。
本誌が何度も語ってきたことをまた繰り返して申し訳ないが、CIAはじめ米政府のすべての情報機関が結集するNIC(全米情報評議会)が4年に一度発表する未来予測レポートを振り返ろう。
▼2004年12月の『2020年の世界』:中国とインドが新しいグローバル・パートナーとして台頭し、ロシアも制約はあるが中印欧米にとっての重要なパートナーとなり、欧州は地域統合のモデルとしてウェイトを増す中で「米国は2020年においても最も重要な単独の大国に留まるであろうけれども、その相対的なパワーは徐々に衰えていくのを自覚することになろう」(本誌No.257=2005年1月27日号、及び『滅びゆくアメリカ帝国』(にんげん出版、06年刊)
▼2008年12月の『世界潮流2025』:中印などの台頭により世界の富と影響力の重心は「西から東へ」と移動し「第2次大戦後に構築された国際体制はほとんど跡形もなくなる」と予測し、「その多極化した世界で米国は経済力も軍事力も低下した『主要国の1つ』として振る舞わなければならず、ドルも唯一の基軸通貨としての地位を失いかねない」(本誌No.474=08年12月26日号)
▼2012年12月の『世界潮流2030:世界の選択肢』:「今後15~20年間に米国の国際的な役割はどのように進化するか──それが1つの大きな不確実性だ──、また米国は国際システムを作り直すために新しいパートナーたちと共働することが出来るのかどうか、それが将来のグローバルな秩序の姿を決める最も重要な変数の1つとなるだろう」「2030年の世界は、今日の世界とは根本的に様相を異にしているだろう。2030年までに、米国にせよ中国にせよ、それ以外の大国にせよ、いずれの国も覇権国となっていないだろう。個人の力の増大と、国家相互間および国家から非公式のネットワークへの権力の拡散とが劇的な効果を発揮して、1750年以来の西洋の勃興の歴史を覆し、グローバル経済におけるアジアのウェイトを復活させ、さらに、国際と国内の両レベルにおける“民主化”の新しい時代の到来を告げることになるだろう」(本誌No.661=13年1月7日号)
ご覧の通り、冷戦終結の際にブッシュ父大統領が「これで米国は『唯一超大国』になった」という大錯覚に陥ったことを米国のプロのインテリジェンス世界は何としても修正しなければならないと思い続けていて、04年報告書ではまだおずおずと「最も重要な単独の大国」に留まるだろうが「徐々に衰えていくのを自覚」せざるを得ないとしていたのを、08年にはもっとはっきりと「『主要国の1つ』として振る舞う」ことを学ぶべきだと「ワンノブゼムの米国」を主張し始めている。
ところがそれがなかなか上手くできず、12年にはついに米国がそのような「主要国の1つ」に軟着陸できるかどうかは「1つの大きな不確実性」だと、自虐的な言い方にまで踏み込んでいる。
で、17年の第1期トランプ政権以後、バイデン政権を挟んで現在の第2期トランプ政権の発足までは、もはや「不確実性」というレベルを遥かに通り過ぎて、「死んでも死に切れない元覇権国ののたうちまわり」に世界が振り回されてきた8年間だった。その帝国断末魔の病がますます重症化しつつあることが、米ウ首脳会談で世界に知れ渡ったのである。
「憎悪と怒りと欲望剥き出しの政治」の道に堕ちゆく米国
第2に、トランプ個人の幼稚さ、認知障害の進行という特殊要因がある。歴代NIC報告が言うように、こういう時期だからこそ米国は余計に謙虚になって他国の声に耳を傾け、世界の一角に居場所を見つけるよう振る舞わなければならないというのに、トランプはそれと真逆の「MAGA」をスローガンにして人々を惑わせた。
「関税」を米国蘇生の特効薬のように言い、支持者も今はそれを信じているけれども、それで世界からモノが入ってこなくなって困るのは米消費者であり、それでもどうしても入用なモノを輸入せざるを得なくなった時にその関税分を負担するのは米消費者であるという単純な事実に支持者たちが気付くには、中間選挙までの2年間を必要としないのではないか。
第3に、第1期のトランプより第2期の方がさらに酷くなっているのは、イーロン・マスクの我が物顔の跳梁跋扈が象徴するように、SNSなどネット文化の刹那主義にさらにAIの濫用が加わったことによる「憎悪社会」化という要因がある。
『サピエンス全史』(河出書房新社、16年刊)の世界的ベストセラーで知られるユヴァル・ノア・ハラリは今年1月1日「クーリエ日本版」のインタビューでこう述べている。
▼アルゴリズムによって動くソーシャルメディアが世界中の民主主義や社会を不安定化させているという大きな災難が、私たちにはもう降りかかっています。XやYouTube、Facebookなどのアルゴリズムは、ユーザーのエンゲージメント〔意訳:関心の惹きつけ〕の向上や、それらメディアの利用時間を延長させるというタスクを与えられました。
▼それが間違いなのです。なぜなら、ユーザー・エンゲージメント向上のいちばんの近道は、憎しみや恐怖、欲を撒き散らすことだと、AIは知ってしまった。人の心の中にある憎しみのボタンを押せば、彼らはスクリーンに釘付けになります。そして、ソーシャルメディアを閲覧している時間が延び、アルゴリズムはその間に広告をせっせと表示します。
▼憎しみや怒りを広がるようAIに指示を出した人などひとりもいません。しかし、アルゴリズムは予期せぬ行動に出てしまった。だって、AIなのですから……。
そして、マスクはそのソーシャルメディアの最強の1つであるXのオーナーであり、その彼を事実上の政権最高顧問としてホワイトハウスに招いたのがトランプである。ここから米国はいよいよもって「憎悪と怒り、下品な欲望剥き出し」の政治への下り坂を転げ始めたのである。
さあて、これに対抗しそれが米国のみならず全世界に被害をもたらし始めている被害を食い止めるのは「愛と微笑み、品格と慎ましさ」の政治でなければならないが、それは日本から立ち現れるのだろうか。
(メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2025年3月3日号より一部抜粋・文中敬称略。ご興味をお持ちの方はご登録の上お楽しみください。初月無料です)
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