アメリカの覇権を脅かすと見る中国のみならず、日本をはじめとする「同盟国」にも高関税を盾に揺さぶりをかけるトランプ大統領。はたして彼は、どのような主義を拠り所に国際関係を考えているのでしょうか。今回の無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』ではジャーナリストの北野幸伯さんが、自身が専門とする国際関係論の観点から「理想主義」と「現実主義」のそれぞれを解説。その上で、トランプ氏が「何主義者」であるかを考察しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:トランプは何主義者?リアリスト?理想主義者?それとも…
現実主義者か理想主義者か。トランプは何主義者?
全世界のRPE読者の皆様、こんにちは!北野です。
国際関係論には大きく二つの主張があります。理想主義(アイディアリズム、リベラリズム)と現実主義(リアリズム)です。
これ、一般社会の理想主義者、現実主義者と意味が異なります。
たとえば、「愛がすべてさ!」と誰かがいえば、「嗚呼、あの人は理想主義者だ」と呼ばれるでしょう。
たとえば、「金がすべてさ!」と誰かがいえば、「嗚呼、あの人は現実主義者だ」と呼ばれるでしょう。
国際関係論における理想主義者は、「国際法、国際機関、経済の相互依存性などを強化することで平和が維持できる」と考えています。
国際関係露における現実主義者は、「国際法とか国際機関はアテにならない。勢力均衡(バランス・オブ・パワー)を維持することによって平和は維持できる」と考えます。
どちらが正しいのでしょうか?たとえば、ウクライナ戦争を見てみましょう。
プーチン・ロシアは2022年2月24日、ウクライナ侵略を開始しました。もちろん、これは国際法違反です。そして国連は、侵略国ロシアに、制裁を科すこともできませでした。なぜなら、ロシアは、国連安保理で拒否権を持つ常任理事国だからです。こうして、ウクライナ戦争によって、「理想主義は無力であること」が証明されたのです。
もちろん、私は「現実主義者」です。ですが、私は、現実主義的手法で理想を目指す、「理想を目指す『リアリスト』」です。
勝つためなら主義主張は関係なしというリアリズムの真骨頂
それは、ともかく。
では、現実主義(リアリスト)は、どう戦うのでしょうか?
たとえば、19世紀末から20世紀初めにかけて、欧州の勢力均衡(バランス・オブ・パワー)が崩れていました。ドイツ帝国が強くなりすぎたのです。イギリスは、どうやって対抗したのでしょうか?
- 日本と同盟を組んだ(これは、主に対ロシア帝国でしたが)
- フランスと和解した
- (日露戦争後)ロシア帝国と和解した
- アメリカと和解した
イギリスは、すでに落ち目の覇権国家でしたが、リアリズム国家でもありました。それで、日本、フランス、ロシア、アメリカと組むことで、「バランス・オブ・パワー」を回復させたのです。それでも、第一世界大戦勃発は防げませんでした。ですが、イギリス、日本、フランス、ロシア、アメリカを敵にしたドイツ帝国に勝ち目はなかったのです。これが、「リアリストの戦い方の基本」になります。いわゆる「同盟戦略」です。
イギリスは、第一世界大戦で勝利しました。しかし、ライバルドイツは、また復活してきました。ナチスを率いるヒトラーは、イギリスにとって大いなる脅威になったのです。
イギリスは、ヒトラー懐柔を試みるも失敗。1939年、第二次世界大戦が勃発したのです。
チャーチル・イギリスは、二つの大国との同盟によって、なんとか勝利することができました。二つの大国とは、アメリカとソ連です。
アメリカは、わかるでしょう。しかし、ソ連は、無神論ベースで「万民平等」を主張している「共産国家」です。「万民平等」ということで、「世界中の王制を消滅させてしまえ!」と主張している。しかし、「リアリスト」のチャーチルは、独ソ戦がはじまった時、迷うことなくソ連と組むことを決断したのです。これが、「リアリズムの真骨頂」です。勝つためなら、相手の主義主張は、関係ありません。
イギリスは、アメリカ、ソ連と組んだおかげで、ナチスドイツを倒すことができました。しかし、第二次世界大戦で疲弊し、植民地を維持していく力がなくなった。覇権は、アメリカとソ連に移っていきました。
イギリスの現実主義を継承したのが、アメリカです。第二次大戦時、ソ連と組んでいたアメリカ。ところが、戦後は、敵国だった日本、そしてドイツ(西ドイツ)と同盟を組むことにしたのです。相手の主義主張に関係なく、勝利のために、組むべき相手と組む。まさに、アメリカは、リアリズム国家です。
「国際関係論的リアリスト」とは言えないトランプの振る舞い
ところで、トランプさんは、「国際関係論的リアリスト」なのでしょうか?
「金がすべてだ!」といえば、この世的には「リアリストだ」と呼ばれます。しかし、国際関係論的リアリストは、「バランス・オブ・パワー」によって平和を達成しようとします。
トランプさんが、「中国は敵ナンバー1だ」と認識していることは間違いないでしょう。なんといっても、中国に145%の関税をかけるのですから。
ですが、トランプさんの振る舞いは、「国際関係論的リアリスト」ではありません。「国際関係論的リアリスト」なら、同盟国を脅したり、高い関税をかけたりすることはないでしょう。
トランプは、中国と戦っている。さらに、同盟国カナダに「アメリカの51番目の州になれ」といい、トルドー前首相を「カナダ州知事」と呼んで、辱めました。メキシコ湾の名称をアメリカ湾にかえて、メキシコを激怒させました。「グリーンランドを購入したい。売らないのなら軍事力行使もありえる」といって、同盟国デンマークを恐怖させました。「パナマ運河を取り戻す!返さないのなら軍事力行使もあり得る」といって、パナマを脅しました。「ガザはアメリカの所有になる!パレスチナ人は出て行ってもらう」と主張し、全イスラム教徒を敵に回しました。
これは、とても「国際関係論的リアリスト」のやり方ではありません。リアリストなら、敵を中国だけに絞るでしょう。同盟国、日本やNATO諸国に相互関税を課すことはないでしょう。米中の間で揺れているインドや東南アジア諸国に優しくし、アメリア陣営に引き入れようとするでしょう。そのうえで、プーチン・ロシアと和解して自陣営に取り入れる試みをする。
これは、「あり」だと思います。実際、アメリカはこれまで、敵だった日本、ソ連、ドイツと組んできたのですから。
ところがトランプさんは、中国と戦いつつ、ロシア、イスラエル以外のすべての国々にケンカを売っています。トランプが理想主義者でないことは、すぐわかります。ところが彼は、国際関係論的リアリストでもありません。
では、トランプは、どんな人なのでしょうか?
「資本主義者」(キャピタリスト)です。
資本主義者は、「ポケットにお金を入れてくれる人、モノは資産、ポケットからお金をとっていく人、モノは負債」と考えます。
そういう意味で、NATOは、アメリカからお金を奪っていくので、「負債」に思える。全ての貿易黒字国は、アメリカからお金を奪っていくので、「不公平」に思える。彼は、資本家の視点から、「負債を整理し」「不公平を改めなければならない」と考えているのです。
というわけで、トランプは、理想主義者でも現実主義者でもなく、資本主義者でした。
(無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』2025年4月12日号より一部抜粋)
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