自身の「目玉政策」であったはずの相互関税を巡り、迷走状態にあると言わざるを得ないトランプ大統領。中国相手にだけは強気の姿勢を崩しませんが、習近平政権にまったく焦りは見られないようです。今回のメルマガ『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』では著者の富坂聰さんが、中国政府に慌てる様子がない理由を考察。さらにトランプ氏が習近平氏に贈ってしまった「最高のプレゼント」について解説しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:中国から見たトランプ関税は、「自傷行為」か「オウンゴール」か
「自傷行為」か「オウンゴール」か。中国から見たトランプ関税
トランプ大統領はいったい何がやりたいのだろうか。市場が迷っている。
世界の警察官であることを止め、安全保障面での支出を見直し、同盟・友好各国に防衛費の引き上げを要求するというのは分かりやすい選択だった。アメリカ・ファーストを掲げるのなら合理的な判断だ。だが、政権の焦点が関税に移って以降の迷走ぶりは目を覆うばかりだ。
関税政策の入り口のフェンタニル問題では「ディール」と「制裁」を叫び、相互関税の発表前後になると、「製造業のアメリカへの回帰が目的」と説明が変わった。
相互関税は「ほぼ全ての国・地域が対象」とトランプは勢い込んだが、その直後からニューヨークをはじめ世界中の株式市場が全面安の展開に陥り、発表からわすが13時間で「一部の適用を90日間一時停止する」と軌道修正を余儀なくされた。一部となったのは中国への相互関税は強行されたからだ。
株価はその後、トランプの言葉を受けてジェットコースターのような乱高下を繰り返している。
当初から「美しい結果のための痛み」を予告していたトランプだったが市場の圧力には配慮せざるを得なかったのか、と勘繰る声も聞こえてきたが、トランプ政権を動かしたのは、実は株価ではなかったようだ。「債券市場の混乱の兆候に対する財務省内の懸念が大きな役割を果たした」(CNN 4月9日)との声が根強いのだ。
なぜ債券市場の動きがそれほど重要なのか。それは制御不能な金融危機へと向かう可能性が垣間見られたからだ。
米国債はこれまで戦争や株価の大暴落など危機に際して逃げ込める安全資産だった。その公式が今回、完全に失われてしまったのだ。「歴史的に見られた状況とは正反対」(同CNN)の反応で、当局者が動揺するのも無理からぬ展開だった。
ノーベル賞経済学者のポール・クルーグマン氏が「完全に狂っている」(ニュースレター)と評した関税政策への、市場からのこっぴどい評価といえよう。
トランプ政権下で関税政策を担当するスコット・ベッセント財務長官は9日、「『同盟国と貿易協定を結び、その基盤を築いてから、中国に対して不均衡な貿易構造を是正するよう集団でアプローチする』との構想を示した」(Bloomberg 4月9日)と、あたかも現状を想定していたかのように語ったが、無理のある説明だ。
そもそもトランプ大統領は相互関税の発表に際し、「アメリカでビジネスをして、長年にわたり雇用と富を奪ってきた国々に関税を課す。敵も味方も同じだが、率直に言えば味方の方が、ときに敵よりも酷かった」と自ら語っている。
つまり13時間で修正せざるを得なかった失策を、対中国を強調することで何とか体裁を繕おうとしたのである。
相互関税の大半は延期されたとはいえ、二大経済大国の摩擦は残り、世界経済の見通しは相変わらず暗く、市場も安定していない。
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