アメリカとの闘いのために「痛み」を覚悟した中国国民
米中の直近の関税戦争は、まず相互関税に反発した中国がアメリカからの輸入品に84%の関税をかけて対抗。これにトランプが税率をさらに145%まで引き上げて応じ、中国もすぐさま125%にまで税率を引き上げるという展開を見せた。
今後トランプ政権は中国を除く70カ国以上と交渉を進めるのだが、こうした現状はあたかもベッセントが語った中国包囲網の形成のようでもある。だが、習近平政権が慌てている様子はない。
なぜだろうか。
理由の一つは、やはり中国が準備をしっかり整えていたことが挙げられる。8年間かけて関税の影響を精査し、対米依存を着実に減らしてきたのだ。
また米中貿易を単純な金額でみると中国の圧倒的な出超で、関税を掛け合えば中国のダメージの方が大きいとの指摘も、現実はそうでもなさそうなのだ。
というのも中国からの輸出品は主に電気設備、スマートフォン、家具、オモチャ、プラスチック製品などで、そのほとんどは消費者と直接つながっているからだ。つまり関税が価格に転嫁されれば、インフレを嫌うアメリカの消費者の懐を直撃することになる。
もちろん予想された関税戦争に備えて企業もストックを積み上げているので、短期間にその影響が表れるかどうかは不明だ。しかし製造業がアメリカに回帰するまで関税政策を続ければ、家計へのダメージは回避しようがないのだ。
トランプ政権が突然、スマートフォンやパソコンなどを除外すると決めたのも、そのためだ。
翻って中国のアメリカからの輸入品は半導体、自動車、薬品、大豆、石炭、綿花などだ。なかでも綿花と大豆が大きなボリュームを占めてきた。
並べてみれば明らかなようにどの品目をとっても代替可能で、値段が上がれば別の国から調達すればよいだけの話だと理解できる。値上がりの影響ははるかに軽微だ。
つまり関税は、ジャネット・イエレン前財務長官が言うように「最悪の自傷行為」に他ならないのだ。
だが、「自傷行為」をオウンゴールと言い換えるならば、トランプ関税が習近平政権に吹かせた最大の追い風は、これではない。中国国民を本気で怒らせ、かえって団結させてしまったことだ。
コロナ禍でのロックダウンのダメージから立ち直るのに苦労し、その苦しみや不満を政権へと向けてきた中国国民の大半が、いまではかえって習近平を支え、中国をターゲットに関税戦争を仕掛けてくるアメリカとの闘いのために「痛み」を覚悟したようなのだ。
示唆的であったのは4月10日に中国外交部の毛寧報道官がSNSにアップした毛沢東の動画だ。
想起されるのは毛沢東が決断した朝鮮戦争への人民志願軍の派遣だ。これをきっかけに中国共産党は中国国民からの圧倒的な支持を得て、国内を団結させることに成功する。
レーダーもなく、爆撃機を撃ち落とす対空砲もない中国が世界最強のアメリカと干戈を交えるのは狂気の沙汰だ。しかしその決断に国民の多くが熱狂し、共産党を強く支持するようになるのだ。
ちょっとした景気の低迷にも怒り、習政権を批判していた都市住民さえ、いまでは対米関税戦争に勝つための忍耐モードに入っている。これこそトランプが習近平へ贈った最高のプレゼントだ。
(『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』2025年4月13日号より。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をご登録ください)
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